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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 28
しおりを挟む謎ばかりが多すぎて――というか、確かなことが何もない、という今回の騒ぎは、本来、春名と仁には無関係なことのはずで――。そう。二人は小春の心の病のことで呼ばれたのだから、彼女が正気であるのなら、もう用はないはずなのだ。
「小川のこちら側は、『可』。山査子の向こう側は、『不可』。そして、『可不可』の狭間に位置する小川と山査子の間で遊んでいた子供たちは、それぞれの『可不可』のラインに連れ戻された」
「昔から、森には魔物がいるから入っちゃダメだ、って言われてたんですよね?」
「サクちゃんの方も、森から出てはいけない、と言われて来た」
「一体、あの可不可のボーダーラインは、何のためのものなんでしょうね?」
昼食を食べる間も、その話題から離れられず、消化不良気味になっていた時――、
かごめかごめ
籠の中の鳥は
襖の向こうから、その童謡が聴こえて来た。
「マズイ。襲われるぞ」
春名が言うと、
「女の子の力なんですから、不意を突かれない限り大丈夫ですよ」
自分は襲われる心配がないものだから、仁の方は落ち着いたものである。
沼尾もすっかり慣れているのか、慌てる素振りもない。今も昼食の素麺を、当たり前に食べている。
「――でも、サクちゃんは、このかごめかごめの意味を知りたがっていたんですよね?」
歌が聴こえる中、小春の話を思い出して、仁は言った。
小春の話では、イサクは、『これはきっと自分たちの里の歌なんだ』と言っていたらしい。だとすれば――。
「今も知りたがっているのな? それとも、もう解ったのか……」
熊に殺されたという小春の父親が、自ら森へ入ったのではなく、森から出て来た誰かに殺されたのだとしたら、彼らはもう籠の中の鳥ではなく、『いついつでやる』の歌詞の通り、そこから出て来たことになる。
「もしかすると、大人たちは出る方法を知っていたけれど、トラブルを避けるために子供たちには教えていなかったのかも知れませんよね」
襖の向こうの歌が止まった。
さすがに沼尾も食べるのをやめ、春名も立ち上がって身構えた。
襖が開き、小春が部屋から姿を見せた。
沼尾が動きかけたが、春名は片手でそれを制し、
「小春ちゃん」
目の前の少女を真っすぐ見つめた。
「君は後催眠にかかっている」
と、今の状態を静かに伝える。
小春は少し驚いているようだったが、それに構わず言葉を続ける。小春自身が暗示にかけられていることを認識し、それを解いてしまわなくてはならないのだ。
「もちろん君自身は、かけられた暗示を覚えていないだろう。忘れるように健忘暗示もかけられているはずだ。――君にかけられている暗示は、大人の男を殺すこと――。だが、もうその必要はない。君にかけられた暗示はすべて解かれた」
暗示の正体を明らかにし、その暗示が解かれたことを、きっぱりと伝える。
小春は憑き物が落ちたように、目の前の春名を静かに見ていた。
「私……」
「さあ、ちょうど昼ご飯を食べていたところだ。――座って」
と、小春の小鉢に麺つゆを入れる。
「仁くんが動けないと、素麺くらいしか出来なくてね」
「その素麺も、動けないぼくが作ったんですけど」
何気ない日常の会話に、催眠と覚醒の狭間で翻弄されていた小春が、誰に襲いかかることもなく、ぺたんと座る。
「さすがですね、先生。こんな田舎の村で後催眠なんていう発想、よく出て来ましたよね?」
薬味を小春に差し出しながら、仁が言った。
沼尾も、
「僕なんか、ここが街の中心部でも思いつかなかったよ」
「いや、俺も、彼女が正気だと気付く前は……」
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