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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 22
しおりを挟む「春名先生――! どこですか――!」
山査子の木の裏に広がる森へ入り、仁は先に入った三人を探すために、声を上げた。
だが、
「声を出すのは危険だ。やめた方がいい」
榧野医師に止められ、
「熊は賢い動物だから、声や音が聴こえたら、自分の方から離れますよ」
「それは、人を襲ったことのない熊だ。さっきも言ったように、人が簡単に殺せる獲物だと知った熊は、逃げずに襲い掛かって来る」
「……」
そんなことを言われても、この木々の生い茂る森の中で、目だけを頼りに探し回るのは困難でしかない。
「森の外で待とう。怪我をしている君が森に入って来たと知ったら、彼らも心配するだろう」
悔しいが、松葉杖をつきながら、森の中を探し回るのは、確かに無理がある。
「解りました」
仁はもどかしさを呑み込んで、森の外へと足を向けた。まだ十分に、山査子の向こうの光が見える場所である。その光を頼りに森を戻ると、数人の男たちが二人を待ち構えるように立っているのが目に入った。
「困りますね、先生。この森は立ち入り禁止ですよ」
畑仕事の最中なのか、鋤を担ぐ一人が言った。
「ええ、解っています。――ですが、小春ちゃんが入ってしまったもので」
その言葉に、村人たちの間に動揺が走った。
「小春が……」
「まさか、あいつらに……」
「いや、あいつは頭がおかしくなって……」
ひそひそと、善からぬ話をするように顔を合わせる。
それにしても、仁がここに着いて、森に入ったのは、ついさっきのことだというのに、もう村人たちはここへ駆けつけ、こうして睨みを利かせている……。
「熊が出ると聞きました。ぼくは怪我をしているので榧野先生と戻ってきましたが、中にはまだ春名先生と、沼尾先生がいるんです。――探すことは出来ませんか?」
仁が言うと、村人たちは再び顔を見合わせて、
「森の中はあいつらの――質の悪い熊たちの領域だ。入るわけにはいかん!」
「でも――」
「入った者の命だけじゃなく、村そのものが危険になる! あいつらは人間の味を覚えて――」
「おい、やめておけ、余所者に!」
「……。そういうことだ。すぐに村を離れる人間に、引っ掻き回されたくない」
「……」
そう言われると、返しようがない。無責任に熊を村に近づけて、知らん顔をして帰ってしまうわけにはいかないのだから。
「地元の猟友会に頼むわけには――」
「そんなものの手に負えるか!」
「え……?」
熊が恐ろしい生き物だということは解っているが、村人たちは必要以上にそれを恐れているようでもあって……どこか不自然なほどの怯え方だった。――そう。彼らは確かに怯えていた。
「やっぱり、ぼく、もう少し探しに――」
不安に駆られて仁が言うと、ガツッ、と足元に鋤が刺さった。男たちの一人が手にしていたものである。それは地面に鋭く食い込み、人間の体など簡単に貫くであろうことを示していた。
「いいや、戻ってもらう。さあ、さっさと小川の向こうへ行くんだ」
半ば脅すような顔と仕草で、仁の顔を睨みつける。
彼らは本気で言っているのだ。熊を村に近づけないためなら、余所者に怪我をさせても構わない、と。――いや、もしかしたら、命さえも……。
榧野医師に促され、仁は黙って小川を越えた。
――春名先生……。
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