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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 20

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「大丈夫か?」
 倒れそうなのは春名も同じだが、今は小春の方が心配である。
「止め……ないと……」
 荒い呼吸で、小春が言った。どうやら擦り傷程度で済んだようだが、肩で呼吸をしながら立ち上がり、まだ前へ進もうとする。
「森がどこなのかは知らないが、ずっと走り続けるのは無理だ」
「サクちゃんが……」
「サクちゃん? サクちゃんは生きているのか?」
「……」
 小春は無言で、道を辿った。
「君は、今、正気だね?」
「……」
 その問いかけにも応えない。
「森に何があるんだ?」
 横に並んで春名が訊くと、
「お願い、何も訊かないで……。私がまともだと知られたら、自由に歩けない……」
 本当に小さな声で、周囲を気にするように、小春が言った。
 朝のためか村は静かだが――いや、この小さな村は、いつもこんなものなのかも知れない。街のオフィス街ではないのだから、通勤、通学時間帯でもなければ、人通りもないのだろう。もう少しすれば、田んぼや畑に農作業をする村人たちが訪れるのかも知れないが。
「――解った」
 春名は、今は何も訊くのをやめ、速足で歩き続ける小春の後に、ただ続いた。
 森、というのだから、村の外れにでもあるのだろう。寺も外れと言えば外れだが、あそこは山なので、その先がないだけに過ぎない。
 森の中には何があるというのだろうか……。
 サクちゃんたちが住む里があるのだとしたら、何故、その森はこの村の人たちから禁忌とされているのだろうか。
 山と田畑に挟まれる道を時には駆け、速足で進んでいると、背後から車のクラクションの音が聞こえた。
 振り返ると――、
「先生! 乗ってください!」
 仁が助手席から顔を出した。
 見れば、運転席には、昨日、世話になった榧野医師が乗っている。車も見覚えのある往診車だった。
「診療所を開ける前に、寺に寄ってみたんだよ。ひどく腫れていたから、熱が出ていないかと思ってね」
 春名が後部座席に小春と一緒に乗り込むと、榧野医師がその時の状況を口にした。仁の様子を見に寺へ行き、そこで、有無を言わさず車で森へ連れて行くように言われたのだと。
「別に僕は無理に頼んでなんかいませんよ。榧野先生に『一人?』って訊かれたから、皆が森へ行ったことを伝えただけです」
 自分一人が蚊帳の外に置かれる不満もあったのだろう。榧野医師と仁の言い分は、まあ、半分半分に聞いておくとして、
「榧野先生は、その森をご存じなんですか?」
 特に道を尋ねるでもなく運転をする榧野医師に、春名は訊いた。
「春になると白い花が一斉に咲く所でしょう? 赴任してきた時に、ドライブがてら村を見て回って、思わず車を止めましたよ」
「そのまま、森の中へ?」
「中? いいえ。小川越しに花を眺めただけですよ」
「――そうですか」
 まあ、花の見事さに車を降りたとしても、普通は眺めるだけで終わるだろう。好き好んで鬱蒼とした森の中へ入ろうとはしないはずだ。
 小春は聞いているのかいないのか――いや、聞いているだろう。ぼんやりと窓の外を眺めるように、いつもの空虚な顔で座っていた。
 そして、車はすぐに森へと着いた。


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