上 下
305 / 350
Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 13

しおりを挟む


「サクちゃん……」
 少女の目から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。
 きっと、今まで誰も、彼女の話をまともに聞いてくれなかったのではないだろうか。
 彼女の声など聞こえていないように、皆が彼女の言葉を無視したのでは――。或いは、否定し続けたのでは。
 まるで『サクちゃん』などという人物は存在しなかった、とでも言うように……。
「サクちゃんは……いたの……。私といっしょに……遊んでたの……」
「――友達だったんだね?」
「なんども言ったのに……だれも……」
「サクちゃんのことを聞かせてくれないか? 君の話を聞くために来たんだ」
 春名が言うと、少女はぺたんと座り込み、長い間の空白を埋めるように、忘れたくても忘れられないその日の記憶を語り始めた。ゆっくり、ゆっくり、ひと言ずつ、自分が見たものを確かめるように。
「サクちゃんは……」
 その少年は、小川の向こうに広がる森――そこを隔てた里に住んでいる、と言ってた。少女自身は行ったことはなかったが、サクちゃんがそう言っていたのだ。自分たちは、森に囲まれた里に住んでいるのだと。
 森の周囲は、春には山査子の白い花が咲き、きれいだった。
 秋になると、赤い実がたわわに生って、小川のこちら側から、皆でその実を眺めていた。
「――眺めて?」
 普通、子供なら、その実を採って口に含みたい、と思うのではないだろうか。
「山査子の実は……」
 少女が遠くを見るように――いや、記憶にある山査子の木を眺めるように、言葉を続ける。
 山査子の実は毒だから、鳥たちすらついばみに来ない。もし、啄む鳥がいたとしても、少しずつ、中毒を起こさないように口にする。
 だから、小川の向こうの山査子の森に近づいてはいけない、と大人たちは言っていた。
 森には恐ろしい化け物がいて、森に入った子供を食べてしまうから。
 だが、ある日――。
 一人の少年と目が合った。
 かごめかごめ……そんな遊びをしている時に、小川を越えた森の中から、たった一人でこちらを見ていた。
 知らない少年だった。村では見かけたことがないし、学校で会ったこともなかった。
『どこから来たの? 森に入っちゃいけないのよ』
 少女が言うと、
『ぼくたちは森の中の里に棲んでるんだ。――でも、誰にも言っちゃダメだよ。森から出ちゃいけない、って言われているんだ』
『入っちゃいけない森から、出ちゃいけないの?』
『ここでは、昔からそう決まってるんだ』
『……昔?』
『ああ、昔』
 何だかお互いに変な決まりを守っていることがおかしかった。そして、お互いに決まりを破ったことが、特別な秘密になっていた。
『こっちに来たら?』
『山査子の木は越えられないよ』
『わたしは小川を越えたわ』
『いいの……?』
『うん。――わたしは、小春っていうの。みんな、ハルちゃん、って呼ぶわ』
『ぼくは、イサク……』
『じゃあ、サクちゃん!』
 それから二人は秘密を共有し、小春は禁断の小川を越え、イサクは森から姿を見せ、誰にも内緒で何度か遊んだ。あやとりや折り紙――村の男の子がやりたがらない遊びにも付き合ってくれて、『かごめかごめ』の遊びのことも興味深げに訊かれた。
『意味? かごめかごめの? ――さあ。きっとだれも考えないよ、そんなこと。遊びの歌だもん』
 何も悪いことなどしていなかった。ただ、二人で会って、話をして――本当に、ただそれだけのことだったのだ。
 それが……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...