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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 10
しおりを挟む口を開いたのは、榧野医師だった。
「ああ、籠目紋か」
「籠目紋?」
「魔除けのお守りだよ。六角形に編まれた竹籠の目の形をしているだろう? 魔物は視られるのを嫌うから、昔は玄関に竹籠を置いていたんだ。今はその代わりに、籠目紋を書いた札を貼ったりする。――この提灯はまだ新しいものだから、きっと沼尾先生が調達して来たんだよ。神社や寺の注文を受けて作っているところもあるし、近頃はネットでも手に入るらしいからね」
「籠目紋……」
シカゴで生まれ育った仁には、Star of Davidとして認識しているものであるし、日本のモノ、というよりも、ユダヤ教の象徴やイスラエルの国旗に描かれている六芒星、という意識の方が強い。それに、日本の童謡の由来についてはさして興味もなかったために、ここに来るまでに調べて来ることもしていなかった。もとより、ここへ来たのは、匿われている少女の治療が目的だったのだから――。
それに、元々あった提灯ではないというのなら……。
「じゃあ、この寺が、童謡の『かごめかごめ』と関係しているという訳じゃないんですね」
「『かごめかごめ』? 聞いたことはないね。まあ、僕も赴任して来て一年も経っていないけど」
「……」
なら、この籠目紋の提灯は、沼尾の単なる演出であって、特に意味のあることではないのかも知れない。――それとも、沼尾は本当に何かの魔物をここから遠ざけるつもりで、この提灯を門前にかけているのだろうか。
そして、ふと不安になったのだが、無住寺院で持ち主――娘たちは余所へ嫁ぎ、誰も住まず、手入れもされず……そんなところに電気、ガス、水道等のライフラインが通っているとは思えない。この提灯も、陽が暮れたら中の蝋燭に火を点けて、門灯代わりにしているのかも知れない。そんなところで寝泊まりしなくてはならないのだとしたら……。
「沼尾先生、ご在宅ですか!」
一刻も早く、少女のことを解決して、帰りたい。
山門を潜り、本堂ではなく、寺の厨房や住居に当たる庫裏の前に来て、中にいるかいないか判らない沼尾匡に呼びかける。無論、インターホンもないので、大きな声で呼びかけるだけである。
しばらくたったが、返答はない。
「お邪魔します」
押しかけたのではなく、招ばれて来たのだから、戸を開けて中に入ったとしても、許してもらえるだろう。外から声をかけただけでは、聞こえていないかも知れないのだから。
「沼尾先生!」
三和土に立ち、もう一度中へ呼びかけてみる。小さな寺なので、庫裏も普通の民家のような造りだった。左手に竈があり、正面に上がり框とボロボロの障子……。その障子の穴の向こうに、人の動く気配がした。
「ごめんください」
誰かいるのなら、と勝手に障子を開けてみる。上がり框は、古い家特有の高さで、腰かけるのにちょうどいい位置、沓脱石には一揃えの靴が置いてある。大きさからして、沼尾匡のものだろう。
そろりそろりと障子を開けると、そこには卓袱台を書き物机代わりにして、何やら一心不乱にPCに打ち込む人物がいた。恐らく、沼尾匡であろう。――恐らく、というのは、春名と仁は、地下に監禁されて痩せこけ、ヒゲも伸びた惨憺たる姿の沼尾しか見たことがなかったからで……。部屋には、取り込んだまま畳んでもいない洗濯物が積まれ、インスタント食品の残骸がゴミ袋に詰め込まれている。
「沼尾先生――」
「ああ、ああ、解っている。だが、あと少しだけ待ってくれ」
「……」
筆が走っているのか、忘れないうちに書き留めておきたいのか、沼尾匡は振り返りもせずにそう言うと、そのままキーボードを叩き続けた。本当に『あと少し』なのかどうか、怪しいものだ。
春名と仁は顔を見合わせ、
「……いつ終わるんでしょうね?」
「さあな。――というか……」
部屋を見渡し(それほど広くはないが)、春名は、保護しているはずの少女の姿を探した。
もちろん、仁も春名も、お互いそのことは口には出さない。今、ここには部外者である榧野医師も共にいるのだから――。
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