上 下
302 / 350
Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 10

しおりを挟む


 口を開いたのは、榧野医師だった。
「ああ、籠目紋か」
「籠目紋?」
「魔除けのお守りだよ。六角形に編まれた竹籠の目の形をしているだろう? 魔物は視られるのを嫌うから、昔は玄関に竹籠を置いていたんだ。今はその代わりに、籠目紋を書いた札を貼ったりする。――この提灯はまだ新しいものだから、きっと沼尾先生が調達して来たんだよ。神社や寺の注文を受けて作っているところもあるし、近頃はネットでも手に入るらしいからね」
「籠目紋……」
 シカゴで生まれ育った仁には、Star of Davidとして認識しているものであるし、日本のモノ、というよりも、ユダヤ教の象徴やイスラエルの国旗に描かれている六芒星、という意識の方が強い。それに、日本の童謡の由来についてはさして興味もなかったために、ここに来るまでに調べて来ることもしていなかった。もとより、ここへ来たのは、匿われている少女の治療が目的だったのだから――。
 それに、元々あった提灯ではないというのなら……。
「じゃあ、この寺が、童謡の『かごめかごめ』と関係しているという訳じゃないんですね」
「『かごめかごめ』? 聞いたことはないね。まあ、僕も赴任して来て一年も経っていないけど」
「……」
 なら、この籠目紋の提灯は、沼尾の単なる演出であって、特に意味のあることではないのかも知れない。――それとも、沼尾は本当に何かの魔物をここから遠ざけるつもりで、この提灯を門前にかけているのだろうか。
 そして、ふと不安になったのだが、無住寺院で持ち主――娘たちは余所へ嫁ぎ、誰も住まず、手入れもされず……そんなところに電気、ガス、水道等のライフラインが通っているとは思えない。この提灯も、陽が暮れたら中の蝋燭に火を点けて、門灯代わりにしているのかも知れない。そんなところで寝泊まりしなくてはならないのだとしたら……。
「沼尾先生、ご在宅ですか!」
 一刻も早く、少女のことを解決して、帰りたい。
 山門を潜り、本堂ではなく、寺の厨房や住居に当たる庫裏くりの前に来て、中にいるかいないか判らない沼尾匡に呼びかける。無論、インターホンもないので、大きな声で呼びかけるだけである。
 しばらくたったが、返答はない。
「お邪魔します」
 押しかけたのではなく、ばれて来たのだから、戸を開けて中に入ったとしても、許してもらえるだろう。外から声をかけただけでは、聞こえていないかも知れないのだから。
「沼尾先生!」
 三和土たたきに立ち、もう一度中へ呼びかけてみる。小さな寺なので、庫裏も普通の民家のような造りだった。左手にかまどがあり、正面に上がりがまちとボロボロの障子……。その障子の穴の向こうに、人の動く気配がした。
「ごめんください」
 誰かいるのなら、と勝手に障子を開けてみる。上がり框は、古い家特有の高さで、腰かけるのにちょうどいい位置、沓脱石には一揃えの靴が置いてある。大きさからして、沼尾匡のものだろう。
 そろりそろりと障子を開けると、そこには卓袱台を書き物机代わりにして、何やら一心不乱にPCに打ち込む人物がいた。恐らく、沼尾匡であろう。――恐らく、というのは、春名と仁は、地下に監禁されて痩せこけ、ヒゲも伸びた惨憺たる姿の沼尾しか見たことがなかったからで……。部屋には、取り込んだまま畳んでもいない洗濯物が積まれ、インスタント食品の残骸がゴミ袋に詰め込まれている。
「沼尾先生――」
「ああ、ああ、解っている。だが、あと少しだけ待ってくれ」
「……」
 筆が走っているのか、忘れないうちに書き留めておきたいのか、沼尾匡は振り返りもせずにそう言うと、そのままキーボードを叩き続けた。本当に『あと少し』なのかどうか、怪しいものだ。
 春名と仁は顔を見合わせ、
「……いつ終わるんでしょうね?」
「さあな。――というか……」
 部屋を見渡し(それほど広くはないが)、春名は、保護しているはずの少女の姿を探した。
 もちろん、仁も春名も、お互いそのことは口には出さない。今、ここには部外者である榧野医師も共にいるのだから――。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...