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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 3

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 笙子の話は、こうだった。
 大学時代の恋人、沼尾匡ぬまおただしから手紙が届き――いや、その前に付け加えておくが、この沼尾匡という男も、元々は医大を出て十数年は医師として勤め、その間に以前から傾倒していた民俗学にのめり込み、小説を書くために各地の伝承を追い求めて歩き、仕舞には医師を辞め、そちらを本業にしてしまった、という人物である。
 もちろん、笙子とは今はもう恋人でも何でもなく、街で偶然再会したことで、連絡先を交換し合っただけだというのだが……。
「何だかね、女の子を保護したらしいんだけど、どうも普通じゃないらしくて――」
「まだ懲りていないのか、あの『君の元カレ』は」
 話を全部聞くつもりもなく、春名は言った――のだが、
「匡は無責任になれない人なのよ」
 その笙子の一言に黙るしかなく……。
 何しろ春名は、結婚は出来ない、と笙子のプロポーズを断っておきながら、まだ関係を続けている、という無責任男の代表のようなことをしているのだから。
 挙句、もう結婚はいいから、子種だけちょうだい、と言われ、まだ返事も出来ていない状況で……。
「――で、俺は、『責任感が強くて、間違ったことを黙って見ていられない民俗学者の元医者』が匿っている女の子の診察をすればいいのか?」
「前置きが長いですよ、先生」
 つい口をついて出てしまう厭味を仁に窘められながら――、
 ――前にも、監禁されて行方不明になっていたその元カレを助けんだぞ、俺は。
 と、独り愚痴る。
 笙子の元カレ――沼尾匡が、民俗学に傾倒し、昔ながらの奇習を人知れず守り続けている集落に足を運び、その集落の秘密に触れ、危険な目に遭うのは、今回が初めてではないのである。前回は、その沼尾自身が生まれ育った村だったのだから、余計に見過ごしておけなかったのかも知れないが。
 今回は……。
「普通じゃない、ってどういうことなんですか?」
 春名の代わりに、とばかりに、仁が訊いた。こちらも、以前に春名と共に沼尾匡を探し出した時、村の奇習に苦しめられていた少女の淡い恋心に触れたため、今回のその女の子のことが気になるらしい。頭はいいが、人と向き合うことが何より苦手という一面も、日々進歩しているのである。
「高校生くらいの歳の子なんだけど、学校に行っている様子もなくて――」
「登校拒否ですか? それとも、虐待?」
「田舎町じゃあ、みんな口が堅いのよ」
 よくある話だ。余所者にペラペラと愛想よく村の住人のことを話してくれる人間など、恐らくどこにもいないだろう。しかも、何かの奇習や、秘密を抱えている小さな集落では――。
「その子はなんて言ってるんですか?」
 沼尾匡が匿っている、と言うからには、その子は自分から、沼尾の処に駆け込んだのだろう。
「それがねぇ……」
 笙子は困ったような顔をして、
「『かごめかごめ』を歌うだけで、何も喋らないんですって」
 お手上げ、という風に、肩をすくめた。
「――かごめかごめ? 何ですか、それ?」
 シカゴ生まれで、シカゴ育ちの仁には解らないらしく、
「童謡だよ」
 春名は言った。
「昔はその歌を歌いながら遊ぶ子供がたくさんいたんだ。一人の子供が目隠しをして真ん中に座って、他の子は手を繋いで輪になって、歌いながらその子の周りをぐるぐると回る」




 かごめかごめ
 籠の中の鳥は
 いついつ出やる
 夜明けの晩に
 鶴と亀がすべった
 後ろの正面だあれ?




「――と、自分の真後ろに誰がいるのかを当てるんだ」
「Ring around the rosyっぽいですね」


 Ring-a-ring o'roses,
 A pocket full of posies,
 A-tishoo! A-tishoo!
 We all fall down.

 ばらの花輪を つくろうよ
 ポケットに はなびらいっぱい
 はくしょん はくしょん
 みんないっしょに たおれよう


 子供たちがスキップをしながらぐるぐる回り、はくしょん、と言いながらしゃがみ込む遊びである。
 かごめかごめのように、輪の中心に鬼はいないが、よく知られた遊び歌だ。アメリカでは、Ring-a-ring o'rosesよりも、Ring around the rosy の方が一般的かも知れない。
「だとしたら、その歌を歌っていた子供時代に何かあったのかも知れないですね」
 幼少期の辛い思い出――。
 仁も、母親に捨てられたと思い込んで生きて来た十年間があるから、よく解る。心の痛みと共に歩んで来たようなものだったのだから――。いや、春名がいたから、痛みばかりではなかったが。
「――で、君の元カレは、そこに何を調べに行っていたんだ?」
 しばらく歌の話に逸れていたが、思い出したように、春名は訊いた。
 もちろん、行くつもりなどなかったのだが……。いや、断ることなど出来ないだろうと思ってはいたが。
「その『かごめかごめ』よ」


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