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79.逃亡者
しおりを挟むユウタが呼び水となってレオニール王国との国交が始まった。
現レオニール国王はユウタに甘いらしく、向こうの使者が「陛下のためにたまーに顔出してくれませんかね?たまにでいいんですけど」とぼやいていたりするが、それはユウタには届いていなかったりする。流石に一応は勇者の称号を持つ人間を頻繁に他国には行かせたくない。仲が良いのなら尚更だ。
幸いと言っていいのか、クレアに仕える獣人の片割れに心惹かれる様子があった。だから簡単には完全に国を出るということはないだろうというのがドラゴレインの為政者たちの結論ではある。
「クレア、やっほー」
クレアたちがそうやって穏やかに暮らしていたある日、薬草を見ていた彼女に突如として短剣が投げつけられた。それはクロエによって弾かれて地に落ちる。
そこにいたのは間違いなくかつての戦友かつ、クレアが嫌う男だった。躊躇うことなく魔法を放とうとするクレアよりも先に上空から巨大な何かが落ちてきた。と同時に舌打ちの音がする。その気配に覚えがあって、「行儀が悪いぞ」と呆れたように言うと、砂埃の中から現れた少年は巨大な剣に足をかけて「はぁい」と不貞腐れたように口に出した。
剣の大きさを調整すると、勇者として召喚された少年ユウタはアルケイド・アルスターを思い切り睨みつけた。
「何、コイツ」
「元貴族のクズ」
「元旅仲間って言ってよ」
読めない笑顔でそんなことを述べたアルケイドにクレアはドン引きしていた。久しぶりに感情の見えた感情がそれでアルケイドは苦笑する。
「報復か?」
「いやあ、命懸けですることじゃないよね。正直なところ、あの色ボケには早く死んで欲しかったし」
予想内の発言ではあるけれど、そうであるならばなぜこんなところにいるのかとクレアは疑問に思った。ユウタは「やっぱり何、コイツ」と普通に口に出している。良くも悪くも素直である。ある意味では似たもの師弟であるのかもしれない。
「お金貸して」
にっこりとその綺麗な顔で微笑まれれば、意思の弱い娘であれば金品を差し出していたかもしれない。けれど、彼の目の前にいるのはマーリンという顔面だけは良い男に慣れたクレアと、ロルフレードに「胡散臭い美形は大抵詐欺師だよ」などと教えられたユウタである。駆けつけたとしてもご主人様至上主義の狼メイドだ。引っかかる者はいない。
「なぜ私が貸さないといけないんだ。だいたい、人に物を頼む態度か、それは」
「頭を地面に擦り付けて頼むのがお好みだったかい?ごめんね、特殊性癖に答えられなくて」
「特殊性癖っつーか、誠実さの問題じゃねぇのかな……」
ユウタの言葉の後に少しずつ、地面が冷気を発していることに気がついて、アルケイドは飛び退いた。追いかけるように水が彼を追うけれど、ギリギリのところで捕まることはない。
「面倒だな」
「ここまで追い込んでいただければ十分です」
飛び退いたところに氷柱が刺さる。
そこに現れたのはクレアの師であるマーリンと、行商人の青年レディアだった。その手に握られた細身の剣は碧玉が輝き美しい。
なぜ師と行商人の青年が組んでここにいるのだろう、と思いながらも自分の師のえげつない魔法で捕らえられた様子を見ながら「運が悪いなぁ」などと思う。
「待って待って、金さえ用立ててもらえれば俺さっさと遠くに行くし!!」
「クレア、どう思う?」
「ろくなことしないと思う」
「えー!!俺も被害者じゃん!!」
悪びれもせずにそう言うけれど、アルケイド・アルスターは保身のためにクレアを助けてはくれなかったし、情報も制限していたし、自分に害が及ぶまでは王に従ってあれこれやらかしている。
基本的に自己中心的な性格をしているので逃してもろくなことをしないとクレアにだって断言できた。それこそ、人道的によろしくないのでクレアはやりたいと思わないけれど、隷属の首輪でもつけてないと信用できない。
「もう少しちょろい女の子のとこ行ってれば、捕まらずに済んだかもしれないのに、なんで先生のとこきたんだろう?」
「私が甘く見られているんじゃないかな」
連れていかれるアルケイドを見ながら二人はそんなことを話していたし、それは真実である。比較的優しいクレアならなんのかんのお金くれそうと思われているだけだった。
そして翌日、彼はちょろそうなメイド数名からお金をせしめて逃げ出した。マーリンの手を離れたらさっさと逃亡できてしまうあたりが才能の塊であり、厄介なところである。
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