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65.春は近く
しおりを挟む風が少し暖かくなってきた。クレアが魔法でざっと溶かしてしまうので実は三人とも雪にはあまり苦労していないし、だからこそ客人も絶えてはいなかった。シャルロッテがリヒトを連れてクレアの家に行きたがるので、リヒトも魔法で雪をざっと溶かして二つの家の往復には支障がなかった。
「ようやく暖かくなって参りましたね」
「そうだな」
春植えの薬草などの植えるタイミングを考えながら、クレアは頷いた。
「あちらもそろそろ収穫してしまわないと」
ゆっくりと庭を歩く。
寒い季節にのみ赤い花を咲かせる植物に手を添えると、一回頷く。すると、それを見たソフィーが花を根から収穫した。
この花は魔法薬にも使うもので、花弁から根まで役に立つ。クレアは自分の収納魔法があるからこそ、冬の庭にたくさんそれを植えていた。収納魔法で閉まっているうちは劣化もしない。
「ありがとう」
「いえ、ご主人様のお役に立てることがソフィーの喜びです」
「私もやる……」
「私にお任せください」
取り出したスコップを取られて少ししょんぼりとしながら「そうかい?」と言うと、頷いたソフィーはクレアを屋内へと向かわせた。
「趣味も兼ねているから、やらせてほしいのだけど」
ソフィーはなぜかクレアがあれこれするのを嫌がった。手が少しでも荒れると大袈裟に嘆くし、指を切ったりしたら大騒ぎだ。お姫様でもないので、そんなに騒がなくともと思ってしまう。
実際、クレアは幼い時はともかくとして、母が倒れてからは自分のことは自分でできるように。少しでも早く自活できるようにと気を張って必死に生きてきた。好きなことだけすれば良いという暮らしは理想ではあるが、それ以外をまるっきり取られてしまうとそれはそれで手持ち無沙汰になってしまう。
ふと、自分の手を見つめ直す。
旅をしていた時とは比べ物にならないほど綺麗になっている。姿だって随分と違うだろう。守るはずだった祖国は滅び、今は新しい体制になりつつあると聞く。
人は変わる。それは時間がそうするのか環境がそうするのかクレアにはわからないけれど。
「私も、変わったのだろうか」
窓から空を見上げて、つぶやいた。
扉が叩く音が聞こえて我に帰る。クロエの「ご主人を何だと思ってるんだ、アンタ」という呆れた声に誘われて扉の前に向かうと、エリアスが倒して血抜きした緑竜を台車に乗せていた。
「クレア」
「お久しぶりです。第二王子殿下」
「エリアスで構わない」
「身分が違いますので」
心なし嬉しそうな顔をしているのがどうしてか分からず困惑しながらクレアはそう返した。正直なところ、結構困っている。
割といつものことである。
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