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34.アルケイド

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 帰り道についていた二人は、後ろから女の子に突撃された。涙も鼻水も出ていたのでクレアの羽織っていたローブは女の子の顔型に跡がついている。


「迷子かい?」


 クレアは屈んでそう問うけれど、女の子は黙って首を振るだけだ。何かを言いたいようではくはくと唇を動かすけれど、声が出ない。ただ必死に暗い路地裏を指差した。様子がおかしいと、「何があった?」と口に出す。少し目を閉じて魔力を探る。そこに気配を感じて、ソフィーに抱き上げた女の子を渡す。


「その子を連れて先に戻っていろ」


 ソフィーが何も言えないうちに、クレアは姿を消した。ムッとした顔で「もう!ご主人様ったらぁ!!」と頬を膨らませる。とても友好的とは言い難い目で女の子を見たソフィーは「せっかくので・ぇ・と。でしたのに」と口に出して走り出した。何はともあれ、ご主人様の命令は絶対なのである。

 一方、クレアと共に走る影もある。その男は少し小柄ではあるが、しなやかで美しい体つきをしている。その頭には猫科の黒い耳がついている。


「クレアさん、いいんスか?あのメイドさん返しちゃって」

「構わない。撒くだけなら一人で十分だ。……それに、姿を現したということは君も手伝ってくれるんだろう?」


 その声に「まぁ、そうっスけどぉ」と返した。アレーディアの部下である青年は諦めたように返した。
 少女が指差した場所に辿り着くと、警告なしにいきなり雷を落とした。普段温和なクレアの所業に青年は驚くけれど、それだけの相手なのだと身を引き締める。


「あの時以来だな、アルスター。てっきりそのような仕事からは足を洗ったと思っていたが?」


 その声音はいつになく攻撃的だ。まるで汚物でも見るかのような瞳はあの勇者と名乗る男にすら見せなかった。


「はは、引退とか言って亡命しちゃった魔導師に言われてもなぁ!」


 煙の中から緑の髪の男が現れる。アルスターと呼ばれた男はニッと笑いながら「久しぶり、クレア。元気そうだな」なんて友達に挨拶をするように言ってのけた。
 彼はアルケイド・アルスター。勇者一行で斥候を務めていた男だ。爽やかな笑顔とは裏腹に、国の暗部に居ただけあってそのやり方はむしろ暗殺者そのものだった。そしてその優秀さは勇者がいない時の方が発揮される。


「配置替えは叶わなかったようだな」

「まぁ、それ自体はいいんだけどね。向いてるし」


 そう言いながら黒いナイフを指先でくるりと回して投げ、綺麗にとって見せた。その目はまるで狡猾に隙を窺っているようだ。


「ところで、かわいい金髪の女の子知らない?王様が生意気なのもいいけど、好き勝手出来るちっこいのも欲しいって言うからさぁ」


 その言葉に黒猫の獣人である青年は嫌悪の表情を向けた。彼もまた、それなりの生まれではあるので、あまりそういった表情は出さないように訓練されている。そんな彼でも思わず眉を顰める醜悪さが出ていた。
 アルケイドを見ながら、クレアは「勇者一行だなんて胸を張れるものじゃないとつくづく思うよ」と毒づいた。もう少しで母の遺骨すら失うところであった森の件も含めて、クレアはだいぶ彼らを嫌っていた。


「そんなことを知ってどうする」

「クレアはやっぱりそうだよ、ねぇ!」


 予備動作なしでいきなりクレアの後ろに現れた彼はそのナイフを首に思い切り振り落とす。それは音を立てて弾かれた。そして、頭上から落ちる氷柱に気づいて舌打ちしながら避ける彼を蔓で絡め取ろうとする。手早くそれを切ったアルケイドは太腿に装着していた鞄から取り出した小型のナイフを投げるが、それは青年が弾いて肉弾戦に持ち込んだ。
 その隙に倒れている片目の男を見た。その片足は毒に侵されているのか紫色に変色していた。


「しつこいよ!」

「こっちのセリフっスわ!」


 クレアのバフ込みで戦ってはいるが、彼だって魔王と戦っていたメンバーの一人であるからか油断できない。身体能力でいうとヒト族よりも獣人族の方が上だ。だというのに、競り合っている。その異常さに青年は舌を巻く。

 一方でアルケイドの方もそろそろ撤退しなければと思いながら唾を吐いた。クレアを鬱陶しいものでも見るように睨む。
 聖女の祝福を思い切りかけてもらって挑んだ任務だった。それはクレアと遭遇した時の保険も兼ねてだ。それをクレアは獣人の男を相手取る間に少しずつ剥がして見せた。


(だから、最初にたらしこめって言ったのに)


 こと魔法においてクレアという女は天才だ。
 そうでなくてはあの性悪の稀代の魔導師が弟子になどとるものか。加えて、着飾った貴族子女と比べてもそれなりに見られる容姿をしている。もう少し頭が軽ければ転がしやすかったが、アルケイドに対しては初めから警戒した目で見ていた。


(相容れない、ってやつだろうな)


 アルケイドにしても、最初から気に食わなかった。だが、それはそれとしてあのメンバーの中で背中を任せられたのは彼女だけだと今でも思う。
 これから作る一瞬が最後の機会だろう。そう考えて切り結ぶその瞬間に薬を落とす。それがアルケイドの魔力に反応して黒い煙幕になった。しまった、と風で吹き飛ばすがその時にはアルケイドは消えていた。連れていた部下を残して。
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