上 下
26 / 90

26.ついていけない

しおりを挟む



 帰れないのはわかってるけど、やっぱり一発くらい召喚したやつぶん殴れば良かったなと思いながら火打ちがねを打った。慣れてきたためかもう最初ほど時間をかけずに火を起こせる。ライターのような魔道具もあるのにとユウタは眉間に皺を寄せてからそっと首を振った。


「田舎とかじゃ、あんなんねぇだろうしなぁ」

「当然だ。彼女の魔道具に慣れてしまうばかりでは困るぞ」


 後ろからかかった厳しい声音に、ちょっとだけお前は暇なのかという気分になって振り向くと、黒髪の硬派系ストーカー王子様は霧吹きみたいなものを抱えて立っていた。何もかもがミスマッチすぎて目が悪くなった気がする。ユウタは目を擦ったがまるで現実が変わらないので「夢じゃないのかぁ」と少し遠い目をした。


「何ですか、その霧吹きは」

「霧吹き……?これはそんな名称なのか?クレアが欲しいと言っていたものを用意しただけだが」


 当然のように言っているが、彼の教師役であるクレアの性格を考えて、一国の王子に何かをねだるような性格ではない。そして、聞いて話によると、彼はクレアを遠くから見て満足して帰る……というようなことがそこそこの頻度であるという謎の人物であるらしい。


(大丈夫なのか、それ?)


 エリアスに向ける瞳がスッと冷たくなった。クレアも不思議そうな顔じゃなくてもっと怪しがってほしいし、怖がって欲しい。この王子意味わからんと思いながらユウタは鍋を火にかけた。
 レシピを広げると、お世辞にも綺麗とは言えない字が並ぶ。


「なんだ、その字は」

「クロエさんのレシピだよ」

「……独創的な字だな」


 うるさいなと思いながら、彼は下準備を始めた。ソワソワと落ち着きのないエリアスを放って。



「なかなか上達しないものですね」

「うるせぇ!ほっとけ!!」


 クレアのために習ってきた料理のメモを見ながらソフィーは「読めないのですもの」と困った顔をした。殴り書きの字は、癖があって読みづらい。後で清書するつもりではあるが、クロエはあまり字が綺麗ではなかった。


「ご主人は読めるからいいんだよ!」


 プイと顔を背けて、トマトを収穫しているクレアの方へ向かった。赤く熟れたトマトはとても美味しそうだ。


「やっぱり落ち着いて育てることができれば品質が違うな」


 どこか嬉しそうなクレアの声。しかし、虫や鳥に結構な数を食べられているのを知っているので、クロエは苦い顔をした。
 昨日も、熟れたトマトを収穫したが、甘くみずみずしいそれは非常に濃厚で美味だった。美味いということは、他の動物も狙うということ。特に鳥はしつこく狙ってきていた。最終的に罠を仕掛けて鳥も捕まえて食糧にしていたが、その中には魔物の鳥も混ざっていた。コルツ方面に生息することの多い魔鳥であることを怪訝には思ったが、この魔物は非常に美味なのでユウタの練習も兼ねて捌いた。結構な頻度で鳥の襲撃があるのでユウタもすっかり解体・素材剥がしが上達した。

 クレアたちが野菜を持って戻ると、鍋の前にユウタだけでなくエリアスもいることに驚く。クレアが小声で呟いた「なんかすごい頻度でここにいるな」という言葉に狼メイドたちの視線がより冷ややかになった。


「戻ったか」

「おかえり、先生」


 霧吹きをたくさん抱えた真顔のエリアスに絶句した。「これに希釈した薬を入れれば、花や野菜に均等に吹きかけることができるようになるはずだ」と差し出してきたエリアス。だいぶ前にポロッと溢しただけの独り言だったはずだ。少なくともクレアはそう認識している。


(この人、怖いな)


 不敬にあたるだろうからそのままだが、すでに何歩か離れたい気持ちになっている。欲しいものを作ってくれたのはありがたいかもしれない。だが、本人に伝えてもいないものを差し出されるのは普通に怖かった。

 丸ごと一羽突っ込んだ鍋の蓋を開けながら、自分の先生がエリアスにドン引きしていることに気がついたユウタは「そりゃそうだよな」と遠い目をした。
 元の世界でいうと、ストーカーだ。警察に御用の案件である。


「先生、クロエさん。鍋見てもらっていいですか」


 ユウタの言葉に我に帰ったクレアは、エリアスにお礼だけ言うとそそくさと鍋の方へ向かった。

 エリアスは城に戻ってから、「なぜだろうか」と首を傾げた。彼の中では女性はピンポイントで自分の望むプレゼントをもらえないとヒステリックに叫ぶものだった。だから綿密な調査の末に贈り物をしたのだが、反応が彼の思っているものとは違う。
 おかしいな、と思っていたら母より遠征を命じられた。凶暴な魔物が海辺から来ているらしく、救援要請が出ていたようだ。強い力を持った王族の義務だ、と彼は素直に頷いて軍を率いた。


「しばらく距離を置かないと嫌われちゃうものね」


 息子が何か拗らせてる事実に頭を抱えながら女王は呟いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...