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8.リルローズ
しおりを挟むクレアが窓辺でゆっくりしていれば、幼女に「暇なの?」と言われた。迷子でぴぃぴぃと泣いていた彼女は、慣れるとあちこちを走り回るお転婆な女の子だった。クレアを怖い人間ではないと理解したのも大きいかもしれない。ねだると手製のクッキーすら分けてもらえるので、むしろちょくちょく突撃してくるようになっている。
「暇になるためにここに来たの」
「そう?」
深い意味はなかったのか、その解答にニっと笑う。それにしてもどこからきたのかは頑なに言わないというのに、警戒心が低い。知らない人から食べ物をもらってはいけませんと言われなかったのだろうか、とまで考えてクレアは考えるのをやめた。もし、親元に帰すまでに餓死なんてされれば溜まったものではない。
「クレア、リズはおまえが頑張っていることを知っているわ。今日も頑張って生きていることを褒めてあげましょう!」
頭を下げるように言われ、従うとリルローズと名乗る少女はクレアの頭を優しく撫でた。小さく、消えいるような声で「ありがとう」とクレアが呟くと、リルローズは「リズは与える者だもの!」とクレアを抱きしめた。
「ご主人様ー!あら、リルローズ様とご一緒でしたか」
ソフィーの声に頭を上げる。リルローズは少しだけ不服そうに頬を膨らませた。
「リルローズ様のご実家へは、ご主人様の指示通り、クロエが向かいましたわ。何も聞かずに手紙を書いてくださったこと、嬉しく思います」
「構わない。だが、リルローズは私に知られたくないようだったし、またこういうことがあったときに備えて、二人にも字を書く練習をしてもらった方がいいかな」
そう言ってクレアは考え込むように顎に手をやる。自分にだけ教えられないことを気に病むでもなく、当然のように受け入れるクレアに、リルローズは「怒ってはいないの?」と問いかけた。
「私がなぜ怒るのかな。むしろ、その警戒心にホッとした。ヒト族相手に、あまり気を許すものではないよ」
「いや、それを言うならおまえが私たちに気を許すな」
後ろから声がかかる。リヒトは「よいしょ」という掛け声と共に幾つかの木の実が入ったカゴを下ろした。
「魔法を農業に転用するとは、恐れ入った。ヒト族はこんなおかしな使い方をしているのだな」
「いや、ヒト族も他種族の者と魔法の使い方は変わらないよ。これは、お貴族様の可愛い嫌がらせにあったときの対策として考えた独自の魔法だよ。あまり長期的なことを考えて作った魔法ではないから、継続して使うことはおすすめできないが」
勇者たちがクレアを置いて貴族しか入れない店へ入ることだってあった。仕方ないと知恵を絞った結果がこれだ。帰ってきたら自炊している彼女の食事を摘んだりもしていた。自分達は食べてきたのに、クレアの作ったそれを勝手に持っていくことをクレアは嫌がらせと認識してそう話したが、本人達にそのつもりがないこともまた知っている。悪気がないというのは、タチが悪い。
「本当は継続的に使用するのであれば、肥料を自作する方がいいんだ。この魔法は大地の栄養を奪い取って早く成長させているのだから」
「だが、肥料を作って通常通りに栽培していては我らの食い扶持が減る。だから、か」
クレアの言葉に、リヒトは自分達の分まで考えて魔法を使用していたことを知る。すまない、と謝りかけて言葉を紡ぎ直した。
「ありがとう」
クレアに必要なものは自己肯定感ではないか、と彼は思う。お礼の言葉に少しだけ目を見開いて、彼女は「うん」と目線を下げた。少しだけでも変わった表情にまだ間に合うかもしれないと少しだけ心が上向いた。
姉のように強くなれ、とは言えない。だが、クレアは十分人を助け、守っている。そうであれば、感情が表せなくなるほどに心を追い詰める必要はないと考える。
「リズは林檎好きよ!!」
よくやりました、とばかりに彼女はウキウキで赤い果実を取った。
「リルローズ様、きちんと手と林檎を洗ってからお召し上がりくださいね」
無邪気にはしゃぐリルローズを見て、ソフィーも笑顔でそう伝え、その手を繋いで行った。
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