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6.愛しいことば

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「……お父さんも、お母さんも「頑張りすぎないで良い」っていつも言ってくれた。私のこと、心配してくれてるって分かってた。だけど、思ってたの」


"なんで、私は頑張らなくて良いの?"

抱えていた違和感は、どうしても言えなかった。




「あのライブ後に迎えにきてくれた時、言われた、言葉、」


『桔帆。頑張らなくて良い。何も、もう、頑張らないで。お願いだから、普通に生活して』


「私は、ずっと。──期待して欲しかった」


頑張らなくていいよ。それは今思えば、橙生を守る為とか、そんなんじゃなくて、両親なりの優しさだったのかもしれない。私も大丈夫だと笑って、答えてきた。


でも、いつも言いたかった。どこかで寂しかった。
私も、頑張るから。橙生には、追いつけないかも知れないけど、それでも頑張るから。勉強も、スポーツも、なんでも。頑張って、やってみるから。

無理しないでいいよって私の限界を見切らないで。不安にならないで。例えば失敗しても、そんな簡単に道を逸れたりはしない。


「──わ、私のこと、諦めないで」

震える声で告げて仕舞えば、ボロボロと一気に滝のように流れる涙が止まらない。私はそこでやっと、両親の方を初めて見向く。

「……桔帆…っ」

私が言葉を紡ぎ終えたその瞬間、名前を呼んだ母が、駆け寄ってぎゅうと抱きしめてきた。それに気づいて、驚いて、また涙は簡単に溢れる。

なんだ、簡単だった。

──私は、認めて欲しかった。この人たちに。



走った先に出来上がったイメージに追いつけなくなる、要領の良くない私だけど。上手く咲き誇れなくても、小さい蕾がほころんだだけでも。

「頑張ったね」

そう言って、一緒に笑って欲しかったの。




『花も、人間も、同じだよ。ここまで成長したんだって、認めてもらえれば、光を取り入れてまた頑張れるから』

シノさんの優しい言葉が響く中で、腕の力を緩めた母は、私に負けないくらいぐちゃぐちゃの顔で笑った。

「桔帆、ごめんね。いつも橙生に負けないくらい頑張ってるの勿論分かってた。だけどピンと細くて今にも切れそうな糸を張ってる様子があまりに危うくて。この子を解放してあげるべきだと思ってた」

父も、ソファに座る私の足元にしゃがんで、頭を撫でる。こんな風にされたのは、いつ以来だろう。

「桔帆には、桔帆らしく、楽しく生きていて欲しい。橙生の真似したりしなくていいから。"私なんか"なんて言わないで欲しい。お前が笑ってたらそれで良いから。伝えるのが下手で、ごめん」

届いた謝罪は、また簡単に私の涙を増やす。父が少し焦った様にティッシュの箱を差し出してくるのが少しだけ笑えた。



「今、私、高校もちゃんと行ってる、楽しいの。学校に行けば、大事な友達がいるから」

「そう」

「あの、補導された時一緒に居た子」

「亜久津さん?」

「…名前覚えてたの?」

「友達じゃ無いって言うのに、私達に桔帆より先に謝るんだなって。この子はきっと、すごく良い子だなって思ったわよ」

穏やかな声で母にそう言われて、私は深く首を縦に振る。私の、ちぐはぐで、大事な、かけがえのない友人だ。


「私が、居させてもらった家も、凄く大事で、」

大事すぎて、その場所から進みたくなくなってしまうほどに。

「……去年の8月の終わり頃、東明さんが訪ねてきた」

父が教えてくれた時期は、夏休みの2週間の契約を終える時に重なる。

『お嬢さんを、預からせてください。あんなに綺麗な花を育てられるあの子の、何をそんなに不安視されているんですか?』

「穏やかで優しい笑顔なのに、ハッキリそう言って頭を下げられた」
こっちはもう立つ瀬が無かったな、と父は困った様に笑う。

「……桔帆、あの時フルーツロールは食べた?」

母に聞かれて、私は涙を拭いながら記憶を辿る。実家から段ボールが届いて、当たり前のことなのにそれでも心に巣食う寂しさに気付いた。そしたらシノさんは優しく笑って、フルーツロールを食べようと提案してきたのだ。

「私達の手紙なんて入れても、今は読みたく無いかなと思って。だけど何かしたくて、ケーキを渡すよう東明さんにお願いしたの」

なんて分かりにくいんだろう。そんなの気づけない。

『回り道みたいな愛情が、不器用なあの子にやっぱりそっくりですね。必ず、届けます』

「そう力強く言ってくださったから、この方は大丈夫だと思ったのよ」と母は、やっぱり泣きながら笑った。溢れて止まらない涙を拭いながら、もう1人、私はどうしたって思い出す男がいる。


「……あの家には、変な院生も居て、」

「久遠 綾瀬さんだろう?」

「……え?」

予想していなかった男のフルネームに驚いて私は両親を交互に見てしまう。

「年明けの頃だったかな。ちゃんと挨拶に来てくれたわよ」

『暫く2人で生活することになります。東明さんと同様、彼女を守ると誓います。もう少しだけ側に居させてください』

嗚呼、結局。私はいつだって、2人の優しさに守られていたのだ。それに気付いたら、あの家へと今すぐ駆け出したい衝動に襲われた。



「……お母さん、体調は大丈夫なの」

「え?」

「橙生が、検査入院するって…」

「入院はもう終わったわよ」

「え?」

「橙生は、余計なこと言うわね…健康診断で引っかかっちゃってね。でも問題なかった」

「そ、か」

やはり腹黒い兄の、私の行動を促す嘘だったらしい。ほっと肩を撫で下ろすと、母は私の髪を丁寧に耳にかけて微笑んだ。

「……検査ってだけなのに、怖かった。もう、このまま桔帆に会えないままだったらどうしようって思った」

震える母の声に、私は今までの自分を顧みて、手を握りながらその温もりを確かめる。

「お母さん、お父さん、ずっと、ごめんなさい」

ぐちゃぐちゃの顔で告げれば、両親は涙の合間を縫うように柔らかく微笑んで、私を包んだ。




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