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3.繋がないことの優しさ

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◻︎


「……着いた」

×駅から新幹線に乗れば、目的地には呆気なく辿り着いてしまった。此処から更にローカル電車で3駅くらいだと、玄関で慌ただしく準備していると瀬尾さんが教えてくれた。


『梶さんは兄弟いる?』

『はい、兄がいます』

『そっか、俺と一緒だ。仲は良い?』

『……どうでしょうか、暫く会ってません』

橙生は、大学進学で上京をしてそのまま会社の立ち上げに奔走して忙しくしているから、殆ど会ってない。

『兄弟って、たまに面倒だよね。俺の兄貴はとにかく怠そうで、なんか力入れてる感じがしないくせに結局なんでも出来るから、ちょっと腹立つ』

『……私の、兄もそうです』

橙生が、努力していないわけでは無いと知っている。
だけどいつも何処かで、“羨ましい“という感情も持ってしまっているのかもしれない。

『でも、大事でしょ?』

『……そうですね』

アーモンド形の瞳を細めてそう問いかける彼は、柔らかい笑顔の中に誤魔化したり出来ないような鋭さも宿していて、やっぱり少し雰囲気がシノさんに似てる。
私は、今まで橙生の存在を嫌だと思ったことは、一度も無い。それを本人に伝えたことも、気恥ずかしくて無いけれど。

『綾瀬は一人っ子だから。そうで無くても弱味とかあんまり見せたがらない奴なのに、家の問題も全部1人で背負う姿に心配になることはあった』

『……』

『梶さん、綾瀬をよろしくね』

そう言ってひらりと手を振りながら見送ってくれる瀬尾さんに、私はうまく返事が出来なかった。 




ローカル電車に揺られて、20分。辿り着いた無人駅は、新幹線のある大きな駅前とは様子が随分違って、田園風景が広がっている。秋が深まりを見せる田んぼは、こうべを垂れた稲穂が実って、まるで黄色の海だ。金風に揺られて穏やかな波のように寄せては返す様子をしばらく見つめていた。あの不機嫌な男が育ったとは思えない、泣きそうなくらいに優しい情景を目に映しながら、細道を歩いて、シノさんと瀬尾さんに教えてもらった、とある場所を目指す。


「……あった」

駅からそこまで離れてはいない。10分くらい歩いたところで決して大きいとは言えない、《久遠豆腐店》と書かれたお店に足をとめた。看板の文字は、長年雨風に長く晒されてきたのか、焦茶色の錆がしっかりと付いていた。

「───どういうことだよ」

「っ、」

近づこうとした瞬間、今の今まで思い出していた男のすっかり聞き慣れていた低く掠れた声が届いて、私は思わず側の電柱に身を隠した。


「……説明することは無い。そのままだ」

「ふざけんな」

「お前、何しに来たんだ」

「なんで急に決めてんだよ」

「……お前に、関係ないからだろ」

「……」

「俺はずっと言ってる。お前に関わらせる気は無い」

あまりに冷たく交わされる会話に、聞いている私まで身体が固まってしまう。店の前で会話をしている綾瀬と、もう1人。聞いた瞬間、声が凄くあの男に似ていると思った。そして、横顔だと一層目立つ高い鼻も、よく似ていた。


「…俺が継ぐって言ったらどうすんの」 

「そんなことは許さない」

「どこまでも俺は部外者なんだな」

ただ押し黙る男性を眼光鋭く睨みつけた綾瀬は、私が隠れているのとは別の方向へ苛立ちを露わにしながら去っていった。

シノさん。私はこんなところまで来て、本当に出来ることはあるのかな。あまりに緊迫した空間に呼吸することも憚られた。漸く深く息を吸って吐き出しつつ、ゆっくりと電柱から顔を出す。

「、」

「……随分若いお客さんだな」


バッチリとこちらを凝視する男性と、綺麗に眼差しが重なってしまった。私を見つめながらそう呟いた彼は、先程綾瀬と話して居た時はずっとあった目の険を僅かに解く。

「こ、こんにちは…」

電柱から顔を出した間抜けな格好で挨拶をしてしまった。正面から捉えたその男性が、少しだけ表情を柔らかくして喉の奥でクツリと笑うのを目の当たりにしながら、「嗚呼、やっぱりこの人は綾瀬のお父さんだ」と、なんの根拠も無くそう思った。



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