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第百九十六話 せっかく来たのに出会えない

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「それじゃ、レクス。ファン、ディーレ、それにミゼ。この国にいる間は私のところにも遊びに来てね」
「ああ、時々遊びにくる。……もっと大賢者ラウトについて教えて貰えないのか」

「私はレクスと大賢者ラウトが会う未来をみただけ、どうやって大賢者ラウトからレクスが興味をもってもらえたのかは分からないわ」
「本当に難しい力だな、それじゃエルフの王国を見物でもするか」

ミュスに連れてこられたエルフの王国、ラウト国はいろいろと興味深い場所だった。まず『貧民街スラム』が無いことにはすぐに気がついたが、それは国の運営している様々な福祉施設があるからだった。孤児院はもちろんのこと、仕事のやり方を教える施設や病院などが充実していた。当然ながら図書館もあった、沢山の本達が綺麗に整然と並べられていた。国は大森林の中にある樹木の壁の中にあり、とても広くて川も流れており下水なども整備されていた。人間の国でもここまで綺麗に上下水道がある国はなかなかない、衛生面にもかなり気をつけているようで風呂なども宿屋にもあった。

その代わりに貨幣文化はあまり発達しておらず、旅人むけの宿屋や飯屋それに商店だけが貨幣を取り扱っていた。ミュスが雇われた洋服屋も商店の一つだった、彼女はにこにこと今までどおりに笑いながら裁縫の仕事をしていた。俺たちは見物するという言葉どおりにあちこちを見て回ったが、各々別れてすぐに俺が一番興味をもって向かったのは図書館だった。

「『大賢者ラウトの書』っていうのが多いな、いったい何巻あるんだ」

図書館の一角には『大賢者ラウトの書』という本がずらりと並んでいた、その数は軽く数百を超えていてどれだけすごい人物なのかと読んでみたら、本によって載っている知識の差がすごかった。子供向けのとても簡単な算数の本があるかと思えば、大人でも理解が難しい建築のための計算の書などがあったりした。とにかく思いついたことをそのまま書いたという様子でまとまりがなかった、ただ他の本を読んでいると引用した書物に『大賢者ラウトの書 第五十六巻三十七頁二十行』などと頻繁に書いてあるので、とにかく知識が深い大賢者と呼ぶにふさわしい人物には違いなかった。いやエルフには違いなかったか、それすらも分からなかった。

『大賢者ラウトの書』には知識は沢山書いてあったが、大賢者ラウト自身のことは何一つ書いていなかったからだ。ディーレのように速読はできないからさすがに全巻は読めなかったが、俺が読んだ何十冊かには載っていなかった。だがこれだけの知識をただの人間がもてるはずがないし、俺が会えるということは何百年か何千年か生きているエルフなのだろうと思った。そういえばエルフの寿命も俺は知らない、ただ長命であるとだけしか分からなかった。俺は多過ぎる『大賢者ラウトの書』に降参して、夜になって宿屋に戻ると俺はすぐにディーレに助けをもとめた。

「図書館は当たりだが、『大賢者ラウトの書』は数が多すぎて読み切れない。ディーレ、暇があったら助けてくれ、大陸語で書かれているものも多いが、古語も使われていて理解できないものもあった」
「はい、僕はかまいません。この国は福祉が発達しているみたいで、国の病院には回復の上級魔法を使える方々がいらっしゃいました。『貧民街スラム』もありませんし、レクスさんを手伝います」
「はーい、僕は狩りの仕事をしてくるよ。大陸語は覚えたけど、古語は苦手だもん」
「それじゃ、私はファンさんの護衛についていきます。この国の周りの森なら亡霊もいないそうです、安心してファンさんについていけます!!……あとは可愛いエルフのおにゃのこと仲良くなれれば言うことはございませんのに」

「ミゼは絶対にエルフの女の子に迷惑をかけるなよ、少なくとも俺がラウトとかいう奴に会うまではな!!」
「痛いです、レクス様!!少々頭を撫でる手が痛いです!!まったくもって失礼ですね、私はエルフのおにゃのこに迷惑をかけたり致しません!!」
「ミゼったらまた他種族の女の子に可愛がられたいんだね、まったく浮気者なんだから」
「まぁ、ミゼさんらしくていいじゃないですか。大人しくて忠実な従魔のミゼさんって……、なんだかすごく違和感がありますね」

それから俺とディーレは図書館通いをはじめた、ファンとミゼはラウト国の周囲の森に狩りにでかけていった。速読が得意なディーレでもすぐには読み切れないほどの量があったのが『大賢者ラウトの書』だった、前にも言ったとおりに書かれている知識もバラバラで、魔法の書だったかと思えば途中から武術の書に変わっていることもあった。ディーレも最初はそれに戸惑っていたが、じきに慣れて黙々と本を読んでいた。

「はぁ~、いったいこの大賢者さまはどれだけ書いたら気がすむんだ」
「そうですね、書いてある知識もですが、不思議なことに文字もバラバラですね」

「そういえばそうだな、一人で書いたものじゃない。それじゃ、弟子かなにかが何人かいるのか」
「それにしては人数が多すぎます、筆跡が百以上もありますよ」

俺たちが多すぎる『大賢者ラウトの書』にそんな疑問を抱いた時、偶々近くにいた若いエルフが少し笑いながら俺たちにこう教えてくれた。

「あんたら旅の人だね、『大賢者ラウトの書』っていうのはラウト様本人が書いたんじゃないんだ、ラウト様から教えを受けたエルフがそれぞれ書いた書を族長たちがまとめたものなのさ」

そう教えてくれたエルフに俺たちは感謝した、そうしなかったらずっと『大賢者ラウトの書』を読んでいたかもしれない。つまりこの何百という書物には大賢者ラウトに会う方法は載って無いわけだ、大賢者ラウトの知識だけがまとめられている覚え書きに過ぎなかった。その日の宿屋で俺はぐったりしながらとそれを報告した。

「図書館は当たりだと思ったが外れだった、あの書物は大賢者ラウトに会った者の覚え書きに過ぎない」
「おかげでいろんな知識が身につきました、レクスさん。神の案内する道に余計な回り道はありませんよ」
「そっか、それじゃ今度はそのラウトさんに会ったエルフを探してみたらどうかな。外に狩りに行くエルフにも何人かいたよ」
「はい、エルフにもおにゃのこの狩人がいまして、大変可愛がっていただきました。ああ、私ったら幸せ者!!」

「そうか、実際に大賢者ラウトにあったやつに聞けばいいのか!!」
「なるほど、そうですね。実際に大賢者ラウトさんにお会いしたことのある、そういった方々にお話を聞くとは盲点でした」
「だから明日はレクスたちも狩りにおいでよ、大賢者ラウトに会ったエルフにも会えるよ」
「可愛いおにゃのこエルフと交流するのは人生の……、失礼しました猫生の喜びでございます」

それから次の日は俺とディーレもファンやミゼと一緒に狩りに行くことにした、図書館の中で何日も本に囲まれて大人しくしていたからいい気分転換にもなった。ラウト国の周囲の森は明るくて、猪や鹿など獲物もそこそこいた。それで狩りをしながら、大賢者ラウトに会ったことがあるエルフに話を聞いてみた、するとすぐにエルフたちはいろいろと話してくれた。

「大賢者ラウト様に会いに来たのか、そうだな。悩んでいると会えることがある」
「そうね、私が会ったのは小さな子供の時だったわ。お母さんに叱られて一人で泣いていたら、お会いできたの」
「そうそう、一人でいる時にしか会うことはできないよ」
「大賢者ラウト様への尊敬と感謝の念をわすれずに、謙虚に今の自分をうけとめておくのじゃ」
「この国でラウト様に会ったエルフは多いよ、結構お喋り好きなんだ」

つまり具体的にどこに行けば会えるということはないらしい、大賢者ラウトは好き勝手にこの国を出歩いているみたいだった。意外と大事な情報だったのは一人でいる時にしか会えない、聞いてみればそんな簡単なことだった。

「つまりボッチにしか大賢者様は興味が無いということですね!!やはり大賢者とは孤独を極めた者なのです!!」
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