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第百六十四話 王子さまはやってこない

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「『強奪せしロブドホー聖なる炎リーフレイム』」

俺は森での狩りの途中でまた兎を相手に精神魔法を使った、使った瞬間に心の中に自分とは違う温かいもの、それが入りこんでくるのが分かった。俺はその温かいものを空気中に戻すように念じる、すぐにそれは空気に消えてなくなってしまった、兎は攻撃はしていないのに動かなくなっていた。可哀そうだが首の辺りをナイフで切って止めを刺す、そうして血抜きをしたら肉と毛皮をいただくだけだ。

「ディーレ、ファン。一応、この魔法を覚えろ。完全に覚えるのは難しいだろうが、覚えておかないと相手がこの魔法を使った時、魔法に抵抗すらできず死ぬことになる」
「相手の心を奪う、とても怖い魔法です。ああ、神に祈りたくなります」
「でも抵抗できずに死ぬのはやだな、だから僕も頑張って覚えるよ」
「私は中級魔法までしか使えませんから覚えられません、猫の心を欲しがるヴァンパイアなんていませんよね」

俺たちはお目当ての高位ヴァンパイアを倒す魔法を手に入れた、でもまだリブロ国にいて魔法の完全習得に明け暮れていた。ヴァンパイアは基本的に寿命が無い、もしかしたらこの魔法を既に知っているかもしれなかった。だから、対抗策として上級魔法を使えるディーレとファン、二人にはこの魔法を覚えて貰うことにした。中級魔法までしか使えないミゼだけは対抗策がない、猫を狙うような物好きなヴァンパイアがいないといい。

そしてこれからのことも考え中だ、俺たちはヴァンパイアを滅ぼしたいわけじゃない。ただ俺たちを敵視しているから、できれば会わずに暮らしたい。でもそうはいかないのだ、ヴァンパイアの王と呼ばれるフェリシアがいる、彼女をどうにかして助けなければならない。正直に言ってヴァンパイア全体に喧嘩を売るような行為だ、難しいにもほどがあるが俺はフェリシアを助けたい。

世界にたった一人で残された祝福されし者、そんな大層な肩書はどうでもいい。まるで子どものように純粋で、一人でいるのが寂しくて恐ろしいヴァンパイアすら見捨てられない、俺が欲しいのはそんな優しい愛おしい女だ。おっといかん魔法習得から気がそれている、俺はディーレやファンの様子を見守りながら助言する。

「心の中に何か温かいものが入ってきたら、それを空へかえすようにしてやれ。それが恐らく相手の心だ、自分の中にいつまでも留めておくと、あの女のように発狂するかもしれん」
「本当に怖い魔法です、でも覚えないといけないんですね」
「あっ、何か分かる。確かに僕以外の心が入ってくる、これを世界にかえせばいいんだ」
「ファンさんの心に入り込むなんて、兎といえどなんて羨まけしからん!!ギリィ!!」

ディーレやファンは兎を相手に『強奪せしロブドホー聖なる炎リーフレイム』練習した、一度に皆がやって何か心に異常が出ても困るので順番に魔法を使っていった。意外なのが気配を消す魔法はファンが一番苦労したのに、この心を奪う魔法は案外すんなり覚えたことだ。むしろ、ディーレが苦戦していた、相手の心を奪うというのが、その魂を汚しているようで申し訳ないそうだ。

ファンの話によると魂と心は厳密には違うらしい、魂の表面にあるのが心でそれは死んだら魂だけになり消えてしまう。稀に表面にある心をそのまま維持する魂があるそうだが、それはかなり珍しい特例だそうだ。そして心も死んだら消えてしまうだけじゃない、表面にある間につまりは生きている間に、魂に影響を与え続けるんだと聞かされた。

正直に言って、俺にはよく分からないことだった。天才であるディーレも難しいと言っていたくらいだ、俺にとって命は一度きりのものだ、その後にたとえ魂というものが残っても、それはもうきっと俺じゃない。

「今日はこのくらいにしておこう、リブロ国の都に戻るぞ」
「はい、酷く疲れます。心というものは難しいものです」
「僕はコツがつかめたみたい、多分ヴァンパイアとも戦えるよ!!」
「私だけ仲間に入れない、まぁ私の心は嫁に奪われているようなものです。……あとは二次元から嫁が来てくれるだけでいいのに」

この恐ろしい『強奪せしロブドホー聖なる炎リーフレイム』という魔法を使ったダフネと言う女、彼女は発狂したままで正気に戻らなかった。彼女の家から高位ヴァンパイアの遺体が見つかって、結局はその心を奪われた遺体は火葬にされた。ゾンビやグールになられても困るからだ、悪魔族はダフネがやったことを知らないから、ヴァンパイアに襲われたのだろうと同情的で、彼女は保護されたまま病院で暮らしているときいた。俺は全て推測でしかなかったから説明は仲間にしかしなかった、ダフネはアランの心を自分の中に持ったまま、壊れた優しい空想の世界で生きていくのだろう。

俺たちは『強奪せしロブドホー聖なる炎リーフレイム』を完全に覚えるまではリブロ国にいるつもりだった、だがその先のことが問題だ。一度はフォルティス国に戻らないといけないだろう、あそこから低位と中位ヴァンパイアを倒す魔法は広まっている、何も起きていないことを願うしかない。リブロ国は辺境過ぎて、なかなか外の情報が入ってこなかった。だから、ヴァンパイアたちが活発に動いている、それぐらいしか俺たちは知らなかった。

「リブロ国の本は面白いな、魔法が独自の発展を遂げている」
「だから、『聖なる炎ホーリーフレイム』が変化したりしているのですね。あの魔法は本来なら中級魔法で、対象となる悪魔がいなければ燃えない蒼い炎が出るだけです」
「他にも役に立つ魔法があるかな、僕はもっと強くなりたい」
「滅多に来れない国です、できるだけ魔法書を買っていきますか」

「そうだな、知識は力だ。迷宮にはまた行けばいいし、迷宮産の物や毛皮は全て売ってしまおう」
「神に祈れなくて不安です、僕は随分と神というものに依存していました。自分自身を見つめなおすいい機会でした、レクスさん。物を処分するのには賛成です、その代わりに何か役にたつ本を持って帰りましょう」
「ディーレがお祈りしてる姿は好きだけどな、それもあんまりいけないことなの?僕も本を読むのが楽しくなったよ、いろんな本が欲しいな」
「リブロ国に来て神様を禁じられて、ディーレさんは更にまた成長しそうですね。レクス様、良かったですね。堂々と本を買って、散財できますよ」

俺たちはまず商店を見て回って相場を覚えた、最初に会った商売人である猫を大きくしたような悪魔族、俺たちはあいつに結構な値段をぼったくられていた。さすがは商売人だけはある、俺たちが商売の素人だと見抜いていたんだろう。今度は商業ギルドに行って別の悪魔族に適正な価格で物を売った、上半身は人間で下半身は蛇の姿をした女だった。迷宮であったらモンスターと間違えて攻撃してしまいそうだ、本当に悪魔族はいろんな姿をしていた。

それから今度は本屋をまわって役に立ちそうな本を探す、迷宮産の物や毛皮が高値で売れたから予算は潤沢だった。でも、値切るのを今度は覚えた。できるだけ沢山の本が欲しかったから、本屋の角と翼がついた悪魔族が悲鳴を上げるまで、ギリギリの値段まで値切ってやった。俺は本が大好きだ、もうこの国来ることはないかもしれない、その思いが余計に値切るという行為に俺を追い込んだ。

「それじゃ、また戻ってみるか。フォルティス国に」
「ええ、あの後に何か起こっていないか心配です」
「ジェンドって王子様、元気だといいな」
「ファンさん、それってあれですか。やっぱり女の人は身分が高い人が好きなんですか、もしかしてシンデレラ症候群!!」

「死んでれら?なんだそれは、死んでいるということか」
「前から思っていましたが、ミゼさんはいろんなことを知っていますね」
「ほえっ?僕は生きてるよ、死んでれらって何?」
「シンデレラ症候群とは男性に高い理想を求める依存的願望のことでございます、簡単に言えばいつかきっと私には王子様が迎えに来るのってそんな状態です!!」

「ファンがそんなに夢見がちなもんか」
「はぁ、女性にはそんな夢もあるのですね」
「僕は好きなドラゴンは自分から探すもん。えへへへっ、サクラくんのこともまだ好きかも」
「わ、私だけの聖女が汚されてしまう!!うわーん、ファンさんの浮気者!!」

俺たちは軽口を叩きつつ、リブロ国を後にした。また険しい雪の中の旅が始まった、だが今度は道を覚えているぶん、以前よりも早くすすむことができた。そうして半月で俺たちは人間の街スルシードに帰ってきた、最初は人間に鱗や角や翼がついていないことに違和感を感じた。

俺たちはリブロ国に随分と慣れていたようだ、売り払った物の代わりに買ってきた本は膨大な数で千冊近くあった。宿屋に泊まるたびに少しずつ読んでいくことにした、失くすといけないから『無限インフィニット空間スペース収納ストレージ』にそれぞれが買った本を収納していた。

それよりもスルシードでは怖い話が広がっていた、いろんな国でヴァンパイアの姿が見られるという噂話だ。

「ねぇ、聞いた。またヴァンパイアが出たんだって、他の国では毎日のように人が襲われているらしいわ」
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