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1-19子どもを攫ったりしちゃいけない

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「ねぇ、ドラゴンの女の子が売りに出されるって知ってる?」
「ジュジュ、それ本当なのか?」

「今、冒険者ギルドはこの話題で盛り上がってるわ」
「ドラゴンなんてさ、そう簡単に捕まえられないだろ」

「なんでも親であるドラゴンを殺して、その子どもを捕まえたらしいわよ」
「…………ジュジュはドラゴンの歴史って知ってる?」

 俺が冒険者ギルドに鍛練の為にいくと、ジュジュに捕まってこんな噂話を聞かされた。それが本当なら大変なことになる話だった、ドラゴンは単独でいることが多いが、仲間同士で助け合うことがあるのだ。ドラゴンの歴史を振り返るとそんな話が幾つもあった、そのドラゴンの子どもを人間が捕まえたという話が本当なら、つまり俺にもドラゴンの女の子を助ける義理というものがあるのだ。俺は冒険者ギルドで鍛錬するのはすぐに止めて、噂話の真相を知る為に何軒か酒場をはしごした。

「ああ、領主さまに献上されたが、オークションにかけられて売られるって話だ」
「小さくて弱々しい女の子で、とてもドラゴンには見えなかった」
「本物のドラゴンなら殺しておかないと危険よ」
「ドラゴンスレイヤーか、冒険者たちの憧れの称号だよな」
「親の方のドラゴンが今日、領主の館へ運ばれてくるってさ」

 酒場で話を聞いていた俺の後ろから血の匂いがした、それで振り返って大通りを見ると立派なドラゴンの魔石が、年齢で言うなら二百歳くらいの若いドラゴンの爪や牙それに皮など、それらが大通りを運ばれてきた。ドラゴンは死んだらその体は大きな世界の理に帰るから、その若いドラゴンは生きたまま牙や爪それに皮を剝がされたのだ。

 ドラゴンと人間が正々堂々と戦ったとする、そうすればドラゴンは負けを認めて、牙や爪それに鱗を譲ったりするが皮膚を剥がすまではしなかった。つまりはこのドラゴン退治は正々堂々、正面からドラゴンに向かって行われたものではないようだ。無理やりドラゴンを生かしたままで生皮を剥がす、俺は人間の残酷さに改めてゾッとするものを覚えた。

 そして匂いでわかったが犠牲になったのはメスのドラゴンだった、彼女は人間という多分だが卑怯な敵に敗れたのだ、卑怯な手だとしても一応は自然界の掟であってそれは仕方がなかった。でもその娘を捕まえるとなると話は別だ、生まれておそらく五十年も経っていない子ども、それを無理やり隷属させるなんて俺たちには許せるわけがなかった。ドラゴンは奴隷という支配されるものを嫌う、いや自由を束縛する全てのものを嫌っている種族だ。

「こりゃ、街中に血の雨が降るぞ」

 ドラゴンの遺体の欠片が運ばれる最後に、頑丈な檻の中にいれられた桃色の髪と瞳をした少女が運ばれて来た。俺はフードを深く被って大通りから離れて彼女を見てみた、俺のドラゴンの気配は消せるだけ消して、彼女が本物のドラゴンであることを世界の大きな力との接続からも確認した。これは面倒なことになるだろう、俺はすぐに最近知ったばかりの神殿の神官長、そうツカサのところへ走っていった。

 とても急がないといけないことなのに、ツカサは神殿では一番偉い神官長だったから、ただ会うだけにかなりの時間を使うことになった。更にはそれとなくだが神殿に寄付も要求された、俺はイライラしながら少なくはない金額を神殿に寄付した。そうしてからまた待たされて、もう間に合わないかもしれないとハラハラしていた、そんな俺はツカサとようやく会えることができた。

「おい、ツカサ。まずいことになるぞ、下手したらこの街はドラゴンに踏みつぶされる」
「……いきなりやってきて恐ろしいことを言うの、ひょっとしてあのドラゴンの騒ぎのことか」

「ああ、母親のドラゴンの欠片は勝負に負けたから人間の物だ。でも、あのドラゴンの子どもは違う」
「さてどうしたものか、ここの領主さまは強欲だからな。たとえ私が危険だと言っても、ドラゴンの子どもを素直に手放すわけがない」

「あのドラゴンの娘はしばらくは領主の館にいるか? 街の方にやってこないか?」
「ああ、オークションは領主の館ですると聞いたよ、だから街の方に彼女が来ることはないだろう」

「ツカサは回復魔法が使える人間をできるだけ多く、いつでも領主の館に行けるようにしてくれ」
「それくらいなら問題ない。はぁ~、領主さまも今度ばかりは強欲が過ぎたようだね」

 俺はツカサから話を聞いてそれなら最悪の事態は防げると思った、領主の館はこの街の一番に高いところにあった。俺はツカサの部屋から領主の館に向かいながら走った、そしてもう一度世界の大きな力と接続してみた。俺が恐れていたそう思っていた通りだった、この街の近くにいるドラゴンたちが既にこちらに向かってきていた。弱々しいがドラゴンの女の子が、彼女が誰かに助けを求めているのも伝わってきた。

 俺はドラゴンの姿になれないから襲撃には参加できなかった、ただドラゴンたちがやってくる前にそれとなく噂を流した。ドラゴンの女の子を同族たちが取り返しにやってくる、領主の館からできるだけ逃げたほうがいい。そうかなり酔っぱらっている冒険者に、あるいはこの騒ぎを歌にしにきた吟遊詩人に、そして領主自身にもドラゴンの娘を同族へ返せと手紙を投げ入れた。

 結果的に言うと領主であるトレス・セハルドーテは全く俺の忠告を聞かなかった、それどころか屋敷の玄関にドラゴンである少女を檻ごと飾って置いた。その行動にあちゃ~と俺は思いながら懐かしい気配が近づいてくるのを感じた、領主の館に来たのは言うまでもない俺の厳しくて強いドラゴンの母さんだ。他にも五頭ほどのドラゴンが集まった、悲鳴をあげた領主の兵士たちが戦ったがその結果は言うまでもなかった。

「ほらっ、この檻から出るよ!!」
「……貴方はだぁれ?」

「ドラゴンの関係者とだけ言っておく、早く君をつれて外に出ないと街もぺしゃんこだ」
「……人間じゃない、でも仲間でも不思議な気配」

 俺は人間たちがドラゴン六頭に襲われている間、その時を狙って『隠蔽ハイド』を使いながら領主の屋敷に忍び込んだ。誰もかもが逃げるのに夢中で俺たちのことを気にしていなかった、俺は鉄でできた檻を破ってドラゴンの女の子が出れるようにした。街で売っていた茶色いフードを着せてさぁ脱出しようとしたら、その女の子は一歩も壊れた鉄の檻の中から動かなかった。

 いや彼女はその意志に反して動けなかったのだ、邪悪な魔法によってこの檻から出ることを禁止されていた。その時だ、領主である男が俺のしていることに気づいて、俺たちを階段の上から見下ろし喚き散らした。

「貴様!! 何をやっている、そのドラゴンは私のものだ!!」
「いいや、成人前のドラゴンに無理やりさせた魔法の契約なんて無効さ」

 そのまま領主は何か言おうとしたが、その前にドラゴンの攻撃によって落ちてきた、屋敷のがれきに押しつぶされた。完全に彼が息絶えたのだろう、ドラゴンの女の子も動けるようになっていた。俺は彼女を背負って屋敷の外に出た、六頭いたドラゴンたちは外に出てきた俺たちを見ると、領主の館を攻撃するのを止めた。まぁ既に領主の屋敷はバラバラになっていたが、俺は六頭いたドラゴンのうちの前に進み出てきた、とても綺麗な赤いメスドラゴンに彼女を渡した。

「お母さんのことは気の毒だけど、どうか君は元気で!!」
「……リトス、私はリトスよ。貴方はだぁれ?」

「アルカンシエルだ、機会があったらまた会おうね」
「うん、分かった。私の夫」

 ん?俺はリトスというドラゴンの女の子を助けたが、最後になんだか爆弾発言を残されたような気がした。だがそれを確かめることはできなかった、彼女を預けたドラゴンが空に舞い上がったからだ。そして俺の母さんも俺をちらっとだけ見て、他のドラゴンのように自分の住処に帰っていった。俺も『隠蔽ハイド』を使って姿を隠しながら、領主の館から街までこっそりと逃げ帰った。

 街は案の定ドラゴンの襲撃で混乱していた、街から危険を感じて逃げ出そうとする者や、逆に戦いに行こうとする冒険者もいた。だが神殿の神官長が自ら人前に現れると、とりあえずの騒ぎは収まりかけた。中には神官長に何かを訴えようとする貴族や、それに冒険者などがいたが混乱をなくすために神官たちに説得されていた。そこにいた皆がようやく黙って話を聞くようになってから、神官長であるツカサは静かにこう言った。

「領主さまはドラゴンたちの怒りをかってしまったのだ、だがもうドラゴンという大きな危険は去っていった。すぐに領主の館には傷ついた者を助ける救援隊を送る。たとえ正々堂々とドラゴンに勝利したとしても、そのドラゴンの子どもには手をだしてはいけない、そう我らの慈悲ぶかき神は言っておられるのだ」

 俺は神様って言葉は便利だな~と思いながらツカサの演説を聞いていた、その後に救援隊が領主の館に向かって行き、僅かに生き残っていた人間たちを助け出した。もちろん、領主は死亡。その領主が持っていた子爵という爵位は一人息子である、ロワ・セハルドーテをいう人間が継ぐことになった。俺は何も知らない何もしていなかった一住人なので、もちろん誰からも何にも問われることはなかった。

「これでドラゴンを殺しにくる人間が減るといいけどなぁ」
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