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1-18全てを浄化する気はない

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「そういえばシエル、神官になるって本当?」
「はぁ!? 神官になんてならないよ」

「あら、じゃ街の勝手な噂かしら」
「ジュジュ、それちょっとどこで聞いた?」

「アマーリエからよ」
「おい、アマーリエ!!」

 その場からこっそりと逃げようとしていたアマーリエを俺は捕まえた、神官になるなんて嘘をジュジュに教えるとしたら、彼女と同じパーティの神官であるアマーリエしかいないのだ。でも捕まえられたアマーリエは不満そうに頬を膨らませていた、そうして何故か自信満々で俺たちにこう言いだしたのだった。

「ワイズデッドの浄化は困難、貴方には神官の才能がある。神がそう導こうとしています」
「あのな、俺は偶々浄化魔法を覚えただけで、神官になるつもりは全くない」

「神のお導きは時に不可解です、でも貴方もきっとそう望んでいるはずです」
「望んでないよ!! 神様に喧嘩売る気はないけど、神官にもなりたくないから」

「それ私がとても困るのです、神官長が神のお導きって言ってたです」
「結局はアマーリエの都合かよ!?」

 それで話は終わりかと思っていたら、俺はフィーレの街の神官長から神殿に呼び出しを受けてしまった。うっ、神殿に喧嘩を売る気は本当にないけど、敵対するのも大変面倒なことになるのだ。このメナート王国は一神教で名もなき神を祀っている、それって遥か昔に存在していた祝福されたものっていう一族のことらしいのだ。でも神学の授業で眠っていたから、それ以上のことはよく思い出せなかった。

 まぁ、神官長という人の言うことが勧誘とは限らないのだ。まずは話を聞いてみて丁重にお断りすればいいことだった。いきなり入信とかいくことはあるまい、宗教の自由はあるってあかり姉さんの国では言ってた。メナート王国でもそうであって欲しい、俺はまだ神官なんてものにはなりたくないのだ。そう思いながら、アマーリエに案内された神官長の部室に入れられ俺は椅子に座らされた。

「シエルといったか、神は君と共に在る。私たちと一緒に神の御心のままに働こうではないか」
「えっと、それは具体的にはどういう働きですか」

「まず君には神官になってもらって、中級の浄化魔法でワイズデッドを倒せたなら、上級魔法も……」
「いや、俺は商人の狩人です。お話は大変ありがたいですが、お断りさせていただきます」

「ほう、君は面白い冗談を言うな。死後の安息が欲しくないのか、煉獄へと落ちたいのかい?」
「ええと、死後はもちろん大きな世界の力の源に帰りたいです、でも神官になる必要は感じません」

 大きな椅子に座っている神官長、彼は白髪に黒い瞳のかなりの老人だった、アマーリエの話では八十歳くらいだということだ。でも彼はとてもそうは見えない元気さで、さくさくと神殿への勧誘を進めてきた。俺はきっぱりと断ったのだが、とにかくしつこかったのだ。あんまりしつこく俺に神官になるように言う、なので理由を聞いてみたらこう言われた。

「ワイズデッドが浄化できる神官は貴重だ、君には上級魔法の浄化魔法すら使える可能性がある。まぁ、本当のことを正直に言うのならば、あの死の森をこのまま放置しておくなと言われているのだ。少しでも欲しい人材というわけで、さぁここには入信の為の書類があるぞ」
「いや書きませんから、俺は神官にはなりません」

 神官長だという老人はアマーリエのように頬を膨らませていた、いい年をしたおじいちゃんがやるような仕草ではなかった。そのままつまらなそうに彼はしばらく外を向いていたが、かなりの時間が経ってから神官長である老人は話し出した。それは俺にとってかなりの衝撃的な言葉だった、何故なら最初にこう言われたからだ。

「それでは君は何になりたいのだ、若きドラゴンであるシエルよ」
「え!?」

 そんなことをいきなり言われて、予想外のことだったので俺はつい慌てた。でもよく考えれば何も証拠はないと思って、思わず立ち上がりかけた椅子に座りなおした。そんな俺の咄嗟の自分は落ち着いたように見せる演技には意味がなかった、なぜなら続けて神官長である老人はこう言った、そうしてあかり姉さんと同じ黒い瞳で面白そうに俺を見ていた。

「ちなみに私は迷い人でな、正式な名前は佐藤司というのだ。さぁ、だから君のことはステータスでは何でも分かっている」
「嘘!! 迷い人ぉ!!」

「そうだ、その様子だと他の迷い人に心当たりがあるのかな」
「い、いや、知らない。俺は何も知らない!!」

「心配しなくても神殿の監視の目はもういなくなった、何を話しても誰にも聞かれることはない。若きドラゴンよ、随分と長くこの街にいるようだが目的は何だ?」
「…………俺はドラゴンなんかじゃない、としたうえで言うなら目的は人間として過ごすことだ」

 そこから神官長はいやツカサは、まるで親しい孫と話すように俺と話をした。何十年も前に突然この世界に呼ばれて来たこと、あらゆる言語が読め話せたのでその力で勉強して神官長になったこと、上級の回復魔法は覚えたが浄化魔法は覚えられなかったことなどだ。それであの死の森に対して何もすることができずに、ただ放置していることしかできないのだとツカサは言った。

「ふむ、浄化の上級魔法が使えるなら、手伝ってもらおうと思ったのだが仕方がないな」
「俺のこと国に報告しなくていいのかよ?」

「私にそんな義務はない、ステータスが見えることも知られると煩い、だから隠しているくらいだ」
「そのすてーたす? でいうと俺って今どのくらい強くなってるの?」

「浄化の上級魔法が使えても不思議はないくらいだな、多分だが一日に二、三回まではいけるはずだ」
「俺がそんなに強く、……あのな、もしもの話だぞ、もしも運が良かったら一カ月くらいで神の奇跡ってのが、あの死の森にも起きるかもしれない」

 俺ははっきりとは言わずにこう伝えたのだ、もしも俺が上級の浄化魔法を一カ月で覚えることができたら、あの死の森をそのついでに浄化してやってもいいのだ。するとツカサが一度ゆっくりと立ち上がって、箱に入った綺麗な白い腕輪を持ってきた。俺は最近では付与魔法を真面目に勉強していたから、その白い腕輪に魔法効果上昇というとんでもない、そんな付与魔法効果がついていることに気がついた。

「そんな素晴らしい奇跡が起きるなら、その腕輪は君にあげるとしよう。別に大した物ではない、私が冒険者時代に遺跡で見つけた物の一つだ」
「俺が嘘をつくのかもとか思わないのか?」

「ドラゴンは嘘が嫌いだ、言葉というものをとても大事にする。君が奇跡が起こるというなら、多分そうなるのさ」
「ふーん、それじゃ遠慮なくこれは貰っていくからな」

「良きドラゴンになりなさい、親切で優しい良き隣人よ。君の未来に神の祝福があらんことを」
「ツカサじーさんも長生きしろよ、迷い人なら他にもいるかもしれないからさ」

 俺はそうして誰から引き止められることもなく神殿を出ていった、ツカサという迷い人から貰った白い腕輪は左腕にはめていった。それから俺が浄化の上級魔法を練習したのは言うまでもない、ドラゴンは嘘が大嫌いだ、だからもしもの話でも嘘にしてしまうのはドラゴンとして恥だった。一カ月くらいが過ぎ去ったある日のことだった、死の森の真ん中で俺は魔法を全力で効果範囲を森全体にして使った。

「『大いなるラージスケール浄化の光ピュアフュケーション』」

 大きな白い光が何層にも別れて森の中心から端まで広がっていった、その光はフィーレの街からもドワーフの集落からも確認できたという話だった。まぁ、俺には関係ないけどな。

 その後、死の森はごく普通の森へと生まれ変わった。フィーレの街では神の奇跡が起きたのだと話題になった、キリエとあの盗賊たちは大きな力の源に返さないというやりとりがあったから、森の山側の一部だけは浄化せずにそのまま残しておいた。何か用が無い限り街道からも離れているし、誰も通らない場所だからそれでいいのだ。

 俺は予定外だったが手に入れたとても貴重な腕輪、それを見てツカサとあかり姉さんを思い出し元気が出た。迷い人は良い人間ばかりがくるのだろうか、いや二人が偶々良い人間だっただけなのだ。それは良かったのだが、それからしばらくするとまた困った噂を聞いてしまった。ドラゴンである俺にとっては聞き捨てできない噂だった、何故ならばそれはこんな噂話だったからだ。

「ねぇ、ドラゴンの女の子が売りに出されるって知ってる?」
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