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中東系エルフ魔術師編

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 産まれた赤子は、男の魔力を受け付けなかった。興味をなくした男は、赤子の世話を女に任せきりにした。女は赤子の面倒を診ていたが、3ヶ月後に突然亡くなってしまった。男は手を尽くしたが、女を助けることができなかった。
 そこから男は、ひどく落ち込んだようだ。文章も文字も乱れていて、ほとんど判別できなかった。赤子についての記述はまったく読み取れない。だがサークルに入るまでは、4番街に住んでいた老夫婦が私の面倒を見てくれていた。あの男に命を救われたからと。訪ねた際にでも男の異変に気付き、私を引き取ってくれたのだろうな。
 男はとにかく、女を取り戻すことに執着していた。禁忌を破るため、自身を狂気に落とし込んだ。知っているか?『生命を編む術(テクスヴィタ)』は全ての人が禁術だと知り、忌避し、サークルでは誓約によって使用を制限する。だが破る術はある。狂気の神の領域に入り、その眷属になることだ。誓約は月の神の管轄だが、狂気の神ならそれを打ち破ることができる。
 そうして男は誓約を破棄し、死霊術に手を出した。

「それって、背約者になったってこと?」
「ああ、そうだ」
 イスたち魔術師は基本サークルに所属して、『生命を編む術』や『高火力の攻撃術(マグナフォティス)』の使用を制限するため、エルフが信仰する月の神と誓約を交わす。そのため彼らを『誓約者』と呼ぶ人もいるんだけど、当然それに従わない人たちも存在していて、そうした人たちは『背約者』と呼ばれて危険視されている。イスの父親は、その『背約者』になったってことなんだろう。それにしても、今まで背約者って最初からサークルに所属しない人たちのことを指すと思ってたんだけど、後から背約者になるパターンもあるんだ。元々サークルに所属して、高威力な魔術を学んだ後に背約者になるなんて、危険すぎる。普通の背約者は我流で魔術を習得するわけだから、なんだかんだ魔術の腕は大したことないヤツがほとんどだしね。
「それって…かなり、ヤバいんじゃない?」
「ああ…実際、相当『ヤバい』事件を起こした」

 死霊術を以てしても、望む結果は得られなかった。その他にも様々な方法を試みたようだが、どれもうまくいかず、男はより狂気に飲まれていった。彼の記録からは読み取れないが、当時5番街で女性の失踪が相次いだ。恐らく男の実験の餌食になっていたはずだ。サークルが後から彼の屋敷を調査した際、かなりの数の女性の遺体が見つかっている。五体揃っているものも、そうでないものもだ。

 うわ。想像してしまって口を押さえる。人体実験とかしてたのかな。戦いに参加する中でスプラッタな場面は何度か見てしまったことはあるけど、あの時は自分の命の危機も迫っている状況だからそこまで気にする余裕がなかった。ちょっと落ち着いたころに思い返して、リバースすることはあったけれども。そういう話を今みたいに冷静な時に聞くのは、あの時のことを思い返してしまってちょっとキツいな。
 隣を伺うと、ビョルンも顔を顰めている。ロルフは隠しもせず、くあっと欠伸をしている。飽きてきたなお前。その図太さが羨ましい。待て肩にのしかかってくるな。寝ようとすんな。
 イスはそんな私たちの攻防をチラリと見やったが、そのまま続ける。

 何をどうしても、女を取り戻すことはできなかった。それならばと、男は発想を変えた。神の領域に踏み込む行為…女を己の手で、創り出そうとしたのだ。具体的な方法は、もう読み取れない。文字があまりに乱れて、ほとんど理解できなかった。女を娼館に売り払った、女の両親を見つけ出し、彼らを「使って」何かをしたようではあるが。そして創り出された生命体に、男は『ホムンクルス』と名付けた。
 『ホムンクルス』は、女に非常によく似ていた。しかし宿った魔力は似ているが、違う。何体か創ったが、どれも違う。何とか女の魂を呼び戻せないか?男は死後の世界を管理する神の領域に踏み込もうとして…。

「そこで記述は、途切れている」
「亡くなったの…?」
「わからない。だがこの時、世界から『生命を編む術(テクスヴィタ)』の全てが失われた」
「え…?!」
 魔術が失われた?そんなことあるの?!
「事実だ。サークルは混乱した。突然全ての魔術師が、同時に治癒術を紡げなくなったのだから。サークルは原因を調査した。そしてあの男の屋敷で、おぞましい光景を目にしたそうだ。男の姿は、どこにもなかったそうだが。そして男の所業が世間へ知れ渡ると同時に、人々の心に「生命を編む術(テクスヴィタ)」に対する忌避感が刻まれたと言われている。
 サークルは当時、男が非人道的な実験を繰り返したために、月の神がお怒りになったと考えた。だが、それならば全員の魔術を奪うのはおかしい、これはサークル全体の罪だと主張する者たちもいた。実際、魔術医たちの多くは己の腕を奢り、大金を支払える者にしか治癒術を施さないようになっていたから。私の命は、そうした主張のおかげで生きながらえた」
 そうか、きっとそれが魔道具の塔の前塔長だ。イスは彼のことを慕っていた。前塔長もまた、イスを慈しみの目で見ていた。
「でも今は、制限はあるけど『生命を編む術(テクスヴィタ)』は使えるわよね?」
「そうだな。月の神に、より厳しく管理し、必要な治療費以上を取らず、治癒術を万民に施すと全魔術師が誓約を交わした結果、徐々に戻ってきたらしい。皮肉なことに、魔術医が力を失っている間、人々を救ったのはあの男の遺した治療法だった。そして治癒術の制限が続く今も、人々の命を救い続けている。だからあの男の屋敷は今でもほぼ当時のまま残されていて、サークルが厳重に管理している。…解読と整理のついた資料は、少しずつ処分をするようにはしているが」
 私は返す言葉もなく、黙り込む。なんという、皮肉。一人の女性を不幸にし、一人の子供を不幸にし、多くの人々の命を奪った男の研究が。それ以上の人々を救い続けているなんて。でも発展って、そういうとこあるよね。解剖学は医学の発展に欠かせないけど、ひどい時には解剖する死体を確保するために殺人が行われたって話もあるものね。
 どこか他人事に思いながら、イスの話の続きを聞く。
「あの男の屋敷は、塔長か、一定の権限を持った者なら秘匿の誓約と塔長の同行を条件に、資料の閲覧目的で立ち入ることが許される。私は塔長になったあとも、ずっと入るつもりはなかった。だが同志の一人が立ち入りを希望したため、仕方なく同行した。見覚えのない景色、見覚えのない屋敷。そこで産まれたというが、記憶などひとつもない。だがそこに保管された、あの男が生み出したホムンクルス…私の母である女に似ていると記述があった、ホムンクルスを見て、驚愕した」
 イスが口を開き、また閉じる。言うのを躊躇った?いつも「うるさい」とか「不快だ」とか、文句を遠慮なしに口にする男が?
 なに?なんだろう。嫌な予感に、心臓がイヤな鼓動を刻む。
 イスが躊躇いつつも口を開く動作が、スローモーションのように見える。そして。
「ホムンクルスは、ラフィク…お前に、よく似ていた」



 イスの言葉に、世界が止まった気がした。
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