異世界チートで世界を救った後、待っていたのは逆ハーレムでした。

北欧系戦士兄弟編

０１

 
　仕事帰り。電車を降りて、一人暮らしのアパートへと重い体を引きずるように歩く。だが、家に一歩近づくたびに心はだんだん軽くなっていく。
　毎月初めにある地獄の連日残業＆休日出勤を無事に乗り越えて、明日と明後日は待望の連休だ。アラフォーの身には年々辛くなってきているけれど、今月もなんとか乗り越えることができた。
　恥ずかしながら…いや恥じることなんてないんだけど…とにかく気楽な独り身なので、誰に気を使うこともなく自分の好きに過ごせる。
　例のウィルスのせいで世間はまだまだ自粛モードだけれど、引きこもりならどんと来いだ。ゲーオタを舐めるな。トイレと食事の準備と風呂以外はゲーミングＰＣの前で過ごせるんだぞ。寝るのは寝落ちとお布団が半々だから計上しない。
　まぁとにかく、帰ってご飯とお風呂だけなんとか済ませて寝るだけの生活は終わったのだ。今日から明後日までは好きなだけゲームができる！家に帰ったらさっとお風呂を済ませて、ビールとおつまみをチビチビやりながら寝落ちするまでゲームを堪能するのだ。
　そんなことをウキウキ考えていたら、歩行者信号が青に変わった。不思議と昔から反応速度は速い方で、他に信号待ちしていた人より早く一歩が出る。そして気持ちが逸るまま速足で横断歩道を渡り―――
 
―――ドンッッッ！！
 
　横殴りのものすごい衝撃と共に、意識がブラックアウトした。
 

 
 
 
 
 
 
 
　と、いうのがこの世界でいう５年前…体感１０年前の出来事だ。
　あの衝撃が起きたときのことはほとんど覚えていないけれど、跳ね飛ばされる前にパッと周りが明るくなった気もするので、信号無視した右折車か左折車に轢かれたのだと思う。とにかく意識を失って、気が付いた時には見知らぬ世界に一人佇んでいた。
　そう。異世界ファンタジー小説のテンプレ、車に轢かれて異世界転移をかましていたのだ。そこからの５年間を語ろうとすると非常に長くなるので割愛する。ここで語りたいのは血沸き肉躍る冒険活劇ではないしね。異世界転移系の小説で見られる王道展開を踏襲していると思ってもらえればいい。
 　ただこの話をある程度理解してもらうためにざっくり説明すると…。

・日本でゲーム好きなアラフォー会社員だった「私」が、車に轢かれて異世界転移をかます。
・剣と魔法ありの、中世ヨーロッパっぽい雰囲気の異世界に転移。
・何故か転移時に年齢が半分に若返り。理由は不明。
・言語理解チートあり。文字チートはなし。
・物に魔術効果を付与できる「附術（ふじゅつ）」という、ある意味チート能力あり。
・生きるためお金を稼ぐため、転移時に最初に出会った傭兵団に所属。様々な任務をこなすうちに、世界規模の脅威『ボナ・ノクテム』が発生する。
・任務中に仲良くなった仲間たちと共に、『ボナ・ノクテム』の元凶である『対するもの（コントラ）』と呼ばれる敵対勢力と戦い、退ける。
・とりあえず脅威は去って約１年。そこそこ穏やかに過ごしている。←イマココ！

 
　ざっとこんな感じだ。
　『対するもの（コントラ）』に立ち向かった時に傭兵団のみんなを引っ張ってくれた団長が亡くなって、その後まさかの団長に祭り上げられてしまったもんだから、この１年とにかく忙しかった。
　前団長はめちゃくちゃ強いし頼りになる男だったけど、とにかく大雑把だったから書類の管理なんかまったく出来てないし。私が入団後何年かして幹部に取り立てられた時も、契約書を巡ってトラブルがあって。そこで事務処理の大切さを切々と訴えて、何人か事務方を雇っていたからまだなんとかなったけど。昔の杜撰な契約書を持ち出して、名を上げた傭兵団を乗っ取ろうとする奴や、金を巻き上げようとする奴がちょいちょい出没しやがってクソッタレが…！！法律を調べながら前団長が書いた暗号文のような契約書を解読して論破して蹴散らし、それでもなんやかんやと御託を並べてくる連中には共に脅威と戦ったオトモダチ（権力者）を召喚し強引にねじ伏せた日々よ…！！元の世界にいたとき、例のウィルスのせいで続々と人手がなくなる中で迎えた繁忙期よりストレス値がひどかった！いややっぱあの時もひどかった！どっちも二度とやりたくない！！
　バキィ！
　思い出しイライラで力加減を誤り、ペンを折ってしまう。
　机にパッとインクが飛び散り、しまったと思った瞬間に秘書のシウが素早くやってきて机をキレイにしてくれた。
「あ、ごめん…」
「大丈夫ですよ。今は急ぎの案件もありませんし、こちらは一度置いて休憩にしましょう」
　にっこり微笑んでシウがそう言うと、他の事務職員たちもキリをつけた順にお茶やお菓子を準備しはじめ、すっかり和やかな空気となる。
　…そうだ。思い出すたび怒りは込み上げて来るものの、最終的にオトモダチ（権力者）まで召喚したのが効いたのか詐欺連中は成りを潜めた。前団長の暗号文解読もひととおり済んで粗のあるところは潰したし、事務方を雇ってからの契約書はもちろん隙のないように作ってあるから、新しく発生する可能性も少ない。
　そうか。あの連日残業&休日出勤の日々は終わったのだ。
「うん。休憩にしよう」
　周囲を見回すと、戦友(事務員)たちがみんな穏やかな顔をしている。
　地獄のような日々は、終わったのだ。