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第1部

第8話 無表情メイドの可愛い嫉妬

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 008

 ひなびた温泉街のような、長閑な村と素朴な住人。
 ただの村人を装う、お山を守る秘密特殊工作員の世を忍ぶ仮の姿の名演技に密かに感嘆をしつつ、慣れない飲み物を頂いて、村長さんに挨拶をされたところまでは順調だった。

「これは……」

 案内された拠点となる滞在先は、古くて狭くて王族関係者の方に申し訳ないと、案内人が平謝りをする民宿とか宿屋を期待したのに期待外れも甚だしかった。

 デンと構えた立派な建物が村の真ん中に建っていた。
 あくまで村の家との比較なので屋敷と言うほどの大きさではない。
 だけど3LDKはある平屋だ。なんて村に不釣り合いな建物なんだ。

「ララ姉様、この建物はなんですか?」

 なぜか意気揚々と、案内人の前を歩いて先導していたララ姉さまに聞いてみる。

 出発前に着ていたピンク色の王女様ドレスとは打って変わって、軽快な白いブラウスとジーンズ生地に似たショートパンツ姿のララ姉様が振り返る。

 サイドの切れ込みが紐で緩く結われたスリットになっているから、王妃様譲りの長い脚が際どい所まであらわになって白い肌にドギマギしてしまう。

「んー。私もさっき聞いたばかりだけどぉ」

 ララ姉様は朗らかにキュートな笑みを浮かべてそう言った。
 両腕をおっぱいをわきから挟んで下におろし、ハーフパンツの前を隠すように両掌をクロスするポーズが、純情な雰囲気を裏切ってエッチだった。
 もう少しだけ前かがみで、ビキニ水着で是非再現してほしいです。

「愚弟、目がマジ。不敬だから潰した方がいい」

 パティ姉様に指摘されちゃった。
 少年の曇りなき目は、きれいなお姉さんが大好きなので許してください。

 パティ姉様は、ゴスロリな黒を基調に赤のラインのはいるミリタリーワンピース。
 軍服ちっくだから、軍帽とか刀とかアイテムがぜひ欲しい。
 黒のボブカットがとってもお似合い。白いふくらはぎが清楚で素敵。

「クロくんがぁ、お山に行くって決まる前から準備されてたみたいだよ?」

 なるほど。別に僕が来るから急遽建てたというわけでもないらしい。
 お山調査の話は以前からあったわけだし、準備をしていても不思議じゃない。
 風情はないけど快適に過ごせると前向きに捉えよう。

 それはともかく、道すがらに、なぜ姉様ズがここにいるのか経緯は聞いた。

 主犯はララ姉様。罪状認否は済ませています。
 弟が心配で一緒に行きたかったけれど、兄様達の境遇を見て作戦を立てたらしい。
 僕が出発をした後に、こっそり家を抜け出して、到着してから王妃様に事後承諾の使いを走らせたとか。王妃様はきっと苦虫をかみつぶして擦りつぶして歯ぎしりしているに違いないな。

 ついでに見送ってから先回りをして弟を驚かせるサプライズも成功したから終始ご機嫌。
 僕の体調を慮ってゆっくり進む馬車を追い越して村に到着していたみたい。
 だから滞留する家も先に知っていて、案内までしてくれたわけだ。

「王族が拠点に使うから必要」

 パティ姉様が補足する。
 ララ姉様に誘われて渋ったけれど、強引に連れてこられたと言い訳していた。
 パティ姉様の実母のツバァイ母様は厳しい人だからご愁傷様。

 まあ確かにパティ姉様の言う通り、仮にも王族だからホンの少しだけ気持ちは分かる。
 僕だったら粗末な民家を多少改良した程度で我慢というか楽しめるけど、他の王族だったらそうはいかない。贅沢に慣れた王族だし。

 格式も外聞的にも、汗水垢で薄汚れた姿を国民に見せるわけにはいかないから。
 王族は芸能人と一緒で外見が大事。
 だから拠点となる村に、しっかり身繕いを整えることができる滞在先を準備した。聡明な王妃様の采配だろう。

 1週間の旅にしては荷物が少ないのが不思議だった謎が解けた。
 必要なものは先に搬入していたらしい。

「クロくんがぁ、迷子にならないようにお姉ちゃんが毎日添い寝してあげるから安心だよね!」

 さすがララ姉様、発想の飛躍は世界一だ。
 最早なにを言っているのか不明だけど、心配して甘やかせてくれているのは十分に伝わってきたから、にっこり笑ってお礼を言う。

「ありがとう、ララ姉様! 姉様に添い寝をしてもらえるなんて嬉しいです」
「やんっ、可愛すぎて気を失っちゃう。そしたらクロくんがだっこして家に連れてってね?」

「お任せください、姫姉様!」
「ちっちゃな王子様、かわいいよぉっ!」

 ぎゅうと抱き着いてくるララ姉様は、本当に気絶しそうだった。やめて。女子とはいえ王妃様譲りのララ姉様のお身体はナイススタイルなので、非力な僕に抱きあげられるとは思えないから。

「……嬉しい? そう、嬉しいの」

 ぼそっとパティ姉様が呟く。口元でふふっと笑う。
 どうしたのかなと首をかしげて目を合わすと、口を真一文字結んで顔をぷいとそらされた。

「お嬢様方、外では日差しが障りますので、中にお入り下さい。ビビィさん、お部屋の空気替えを。シーラさんはお茶の準備を。ご案内は私が承ります」

 指示を受けた2人のメイドが無表情で家の中に。
 ここまで案内してくれた村長の娘さんも微笑ましいお顔で会釈をして去って行った。

 一休みしてからお山の案内を受ける予定だ。

 建物の中に入る。
 入ってすぐの部屋が大広間で、リビング兼ダイニング。厨房も併設している。
 テーブルと椅子が真ん中に置かれていた。
 奥に複数の寝室があるだけの簡素な造り。

 シェアハウスみたいだな。さながらこの部屋は共有スペース。
 しっかりとバスルームまで完備されているとララ姉様が教えてくれた。

 お姉様ズは早速席に着き、シーラの準備したお茶で優雅にティータイム。
 アンはお山にはいる準備をせっせと始めていた。 

「本当に、アンも同行するの?」
「はい、若様。そのつもりでございます。なにか問題が?」

 無表情でアンは首をかしげる。
 深い藍色のロングワンピに丈の短い白のエプロンドレスで登山するの?
 前世のコスプレみたいなメイド服。登山には向いていないと思う。お前が言うなって話だけど。

「お山って危険な場所なんだよね?」
「左様でございます。危険なお山に若様だけでお入りになるなんて、アンは心配で心が張り裂けてしまいます」

「でも、アンは女の子だし」
「若様、お気遣いありがとうございます」

 深々と頭を下げるアンだけど、すまし顔で失礼にならない程度に僕の姿に目を向ける。
 言いたいことがあるけれど、憚られるのでお察しください。そんな瞳の色だった。

「愚弟の方がよほど女子。王族の恥」
「そうだよ、クロくんとっても可愛いよ?」

 お茶を嗜む姉様ズが代弁した。
 くっ。そうだった。女顔でちっこくて千早姿の僕はアンに負けず劣らずの男の娘だった。
 見た目は可憐な少女と見間違われても、むしろ誉れ。

「でも、危ないことが起こったとして、仮にアンが十人いても役に立たないと思う」

 細腕だし。華奢な女子だし。
 
「いえ。盾になり、若様が無事お山を降りる間時間を稼がせていただきます」

 若様をお守りして命を落としても、それが名誉というふうに、鼻息荒く無表情でアンはちいさな胸を張る。健気で忠実なメイド魂はご立派です。

 そしてメイドを盾にして見殺しにした第3王子として村に語り継がれるのか。
 ないない。美談の陰に醜聞ありです。

「却下で」
「そんな! 若様、ご慈悲を……再考を伏してお願いいたします」

「じゃあ、クロくんはぁ、お姉ちゃんが道案内をしてあげるね?」

 ララ姉様がにこやかに立候補した。
 気分は弟とピクニック。

「愚弟、断って。お山の名前をララ山にしたくないなら」

 偉人が死んだら、その名前が亡くなった地域につけられることってありますね。

「ゴロが悪くて、言い難くなる」

 そんな理由!?

 世間知らずが服を着ているようなララ姉様には、無事に登山ができるのかさえ首をひねる。ましてや何があるのか不明で危険と警告されているお山に同行なんてあり得ない。

 ララ姉様のきめの細かな高貴な白いお肌に、虫に刺された跡がつくなんて耐えられません。
 でも想像すると、キスマークみたいでちょっぴり興奮。

「愚弟、不敬。シーラ、愚弟の目に胡椒を」
「お嬢様、お許しください」

 お茶のお代りを注いでいたシーラが無表情の顔を青くして震えていた。
 シーラ、落ち着いて。冗談だから。冗談だよね?

 だけど、これ以上場をカオスにするわけにはいかない。
 仕方がない。今日はお山の入り口の様子見だけだし危険はないか。

「ララ姉様、お山にはメイドを連れて行くから平気です」
「そうなの? わかった」

 しょんぼりするけど、すぐに「お菓子美味しいねっ」と、にこーっと笑い出すのがララ姉さまの長所です。

「ご温情、感謝いたします、若様、お嬢様」

 アンは深々と再度頭を下げると準備に戻った。

 準備はアンに任せておけば問題ない。村の案内人が来るまで少し時間が空いた。
 和やかな姉様ズの話し相手をするのもいいものだけど、まだ見ていない家の中を探検したい。

 大広間から続く扉の向こうは廊下があって、使用人の控え室、バスルーム、残りは寝室が2部屋となっていた。
 寝室のひとつに入ってみると、キングサイズのベッドがドンと置かれている。
 さすが王族。サイズが無駄に大きい。

「若様? ご用をおうかがいいたします」

 部屋の掃除をしていたのか、僕を見つけたビビィが無表情で軽く会釈をする。
 開かれた大きな窓から陽が差して、逆光で眩しいなと思ったのは勘違いでした。

 ビビィは作業の邪魔になるのか埃が付くのを厭ったのか、ロングな藍色のワンピドレスの裾をたくし上げ、エプロンドレスの紐で落ちないように留めていた。白い脚を付け根近くまで露出している。
 眩しいのはその脚か!

 バスルームで脚の間の割れ目の中までチラ見済みとはいえ、場面が変わるとまるで新鮮。
 年頃女子の元々高貴な綺麗な脚のラインに見とれてしまう。下着はギリギリ見えていない。
 肌の艶が、やっぱり庶民とは違う。

「若様? あ……はしたない姿を見せて申し訳ございません」

 黙り込んで脚ばかり見ている僕を不審に思ったビビィがようやく自分の格好に気づき、まず深々と頭を下げて謝った。この辺りがメイドと王族。

 だけどそこはビビィだ。主の僕がジロジロ見てもスカートを直したりしない。
 無表情で何事もなかった体で、「ご用件をおうかがいいたします」と再度問う。

 ロングスカートをたくし上げたままのメイドが仕事に従事。萌えてきます。

「見えない場所ではそんな格好をしてるの?」
「若様、女子の秘密に触れるのはご容赦下さい」

 やってるんだ。たしかにロングスカートだと仕事の邪魔になったり蒸れたりするよね。
 女の匂いを想像してちょっぴりエッチな気分になりそうです。
 スカートをたくし上げ、脚をむき出しにしてパタパタ仕事で走り回る無表情のメイドとか、設定を詰め込みすぎだよ。

「メイド長には内緒でお願い致します」

 対価にこのままお話しさせていただきますので、十分ご堪能下さい。
 無表情なのにビビィの心が読める。これもしきたりの怪我の功名。

 家を探索中のついでに立ち寄っただけだから、特に用はなかったけど、ビビィに聞いておきたいことがあったから丁度良いや。

「昨日、王妃様を寝室までご案内してお世話をしたよね?」

 おつきのメイドを下がらせていたから、ビビィが急遽代役についた。
 なにしろ王妃様はお風呂上がりで素っ裸。タオルで身体を拭いたり着替えを用意したりとお世話係のメイドがいないと、ダイナミックな王妃様だから、濡れ鼠で廊下を闊歩してベッドのシーツで身体を拭きかねない。

「何か変わった様子とかなかったか聞いてみたい。これ。女子の秘密に抵触する?」
「いえ、特に変わったご様子もなく、御子息代わりである若様の前で、若様の乳房への愛撫で畏れ多くも潮を噴くほどの絶頂を迎えられた影響などは何もございませんでした」

 容赦ないな、ビビィ。一歩間違えたら不敬だというのに。だけど嫌いじゃないよ。
 さすが僕のおつきのメイドだ、話が早い。まさに聞きたかった内容を過不足なく答えてくれた。
 というか、辛辣な言葉もそうだけど、少しだけ憤慨しているような、拗ねたような雰囲気が気になった。

「王妃様に……なにか不満があったの? あのあと叱られたとか?」
「滅相もございません。ご容赦下さい」

 ビビイは、無表情で頭を下げる。

「本音は?」
「……王妃様だけズルいです、若様」

 嫉妬だった。
 きゅんと胸が高鳴る。男の娘だからこれでいいよね。
 なんだか、脚をむき出しにしている態度まで、王妃様に負けないように、王子の寵愛を受けたい女子が頑張っている健気なものに思えてくる。

 ここが王家の邸宅だったら間違いなくビビィをベッドに寝かせて、平等に潮を噴かせていたかもしれない。

「あ、若様、使いの方がいらっしゃいました」

 開かれた扉を軽くノックしてアンがひょいと顔を出す。
 ビビィと話していたことに気づいてアンが恐縮する。

「お話し中でしたか、大変失礼いたしました」

 あ。しまった。ビビィのはしたない格好!
 メイドが勝手にやったことです。政治家みたいな答弁だけど本当です。冤罪です。
 状況的に見るとビビィにおかしな格好をさせていると勘違いされても仕方がない! 地位的にも雇用関係上でも。

 という心配は無用だった。
 アンから視線を戻してビビィを見ると、スカートの乱れなどどこにもない、当家のメイドに相応しい清楚な格好に戻っていた。さすが常習犯の早業だった。

「今行くよ、アン」

 振り返る瞬間、少しだけビビィは危なかったですねと悪戯っぽく口元だけ笑みの形を作り、ボクにだけわかるメッセージを送ってきた。
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