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第1部

第2話 陸の孤島の第3王子になりました

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 002

 広々とした食堂には、黒い光沢を放つ縦長のテーブルが鎮座していて、用意された席の前には高価そうなプレースマットが用意され、ナプキンが綺麗に折りたたまれていた。
 家族は全員着席済み。
 三年前に崩御した父上だけは不在だけどね。

 いつも通り、僕が一番最後らしい。
 家長を待たせる無作法だけど、一番年下特権で許してもらおう。

 上座であるテーブルの端には、亡き父上の代役で国政を担う王妃様が凛とした態度で座っている。
 眉間に皺がよっているけど、まったく美貌を損なわない美しい女性だからしかめ面でも絵になっている。
 またなにか厄介事でもあったのかな? 国事おつかれさまです。

 王妃様側から見て左側には、亡き王の側室が2人。
 第2夫人と僕の母様である第3夫人。その横には腹違いの姉さまたち。
 左側には王妃様の実子である上の兄と第二夫人の実子の下の兄。
 僕の席はその隣。
 だけどまっすぐに席にはつかず、椅子をひいてくれる執事にごめんねと手で伝える。

「ジュリーナ母さま! おはようございます!」

 まずは王妃である女性に抱き着く。うん、高貴な匂い。さすがこの国で一番偉い人だ。匂いも尊くてプロフェッショナル。
 燃えるような赤髪に赤い瞳はおとぎ話に出てくる現人神みたいでとっても凜々しい。
 まっすぐ背中に落ちる髪を後ろで簡単に束ねている。
 公式の場ではないから髪型も落ち着いたざっくばらんなものだ。
 淡いブルーの開襟シャツから覗く首筋から胸元にかけての白い肌が麗しい。
 こっそり盗み見するおっぱいは席につく家族の中で一番大きい。張りのある谷間も窮屈そうで眼福です。

「おはよう、クロ。しかしお前は……いつもいつも、男らしくせよと申しておるだろう?」

 厳しい口調で手刀を落としてくる。痛いです。だけど以前よりは随分加減されている。
 ふむふむ。やっぱりお仕着せの貴公子然とした格好よりもこの服装の方が抵抗が弱くなるみたいだな。そのうち頭をたたくのもためらう髪型にチェンジしよう。

 続いて、第1王女のララお姉さまに。
 行儀よく椅子に座る姉の首に横から抱き着いてみる。
 母親譲りの赤が混じる金色の髪は絹糸みたいにやわらかくふんわりと女の匂いがして頭の中まで心地いい。
 洋装派のララ姉さまは朝からしっかりと清楚なブラウスを着こんでいる。だけどお胸のあたりのボリュームが際立っていてさすが親子と感心させられます。

「やあああん、クロくん! 朝から可愛すぎよ!」

 正室である凜とした王妃の娘さんとは思えない程愛くるしい。20歳を迎えたララ姉さまは、ジュリーナ母様の美貌を少しだけ垂れ目にした美人さんだ。
 すぐにしっかりと抱き返してくる。ぷりんぷりんのお胸とか当たるのなんて厭わない。
 可愛いものが大好きなちょっぴり浮世離れした性格だけど、弟が大好きで、蜂蜜みたいに甘やかしてくれる姉さまが大好きです。

 続いて隣の黒髪美人のパティ姉さまに。
 第2王女の姉さまは胸元も涼し気なU字のシャツで、見える肩甲骨が少しだけエッチです。
 第2夫人の母親からの遺伝で、ちょっぴりおっぱいの大きさが物足りないけど、女らしく十分にシャツをきれいにもりあげている19歳。
 ボブカットにしたボリュームのある黒髪が綺麗に揺れる。清楚な雰囲気は母親譲り。
 抱き着くとウザそうに顔をそらせる。

「愚弟が、朝からうっとおしい」

 はい、毒舌いただきました。
 だけど他の人には見えていない僕の手を誰よりもしっかりと握りしめる姉さまのツンデレ具合は絶好調。なかなか素直になれない甘えるのが下手な黒猫みたいで大好きです。
 埋めた黒髪からは檜のようないい香り。香木好きの姉様らしい。

 兄様にも順番に公平にスキンシップ。

「ははは! クロはいつまでも甘えん坊だな!」
「ふ……おはよう、弟よ」

 ふたりの兄王子はそろって脳筋体育会系。熱血第1王子と、クールな第2王子、ともに厳格で暑苦しいけど弟には甘い顔だ。これもこの格好の相乗効果だ。効果は抜群。

 病弱だった僕を人一倍気遣ってくれる優しいアストレア母様にも遠慮なく抱き着いちゃう。
 年頃の反抗期真っ盛りの男子の時代は、遠い所においてきたので思いっきり甘えられる。
 親孝行の自分がちょっぴり自慢。

「あらあら……うふふ。おはようクロ。身体は平気なの? 無理しちゃだめよ?」

 僕も受け継いだ銀色の髪が貴金属のような輝きだ。
 髪をいとおし気に撫でられてお返しに猫みたいに頬ずりをすると、とっても嬉しそうなお顔になった。甘えてくる息子が可愛くて可愛くて仕方がない甘々のお母様。
 母様はいつも本当にいい匂い。他の家族への挨拶よりちょっぴり長めなのはこの匂いが大好きだから。

 最後に第2夫人のツバァイ母様。
 黒髪をきれいに結い上げた純和風な美人さんだ。
 和装でしっかりと胸元まで覆い隠している分、うなじ辺りに女の色気が漂いまくり。

 王だった父親でもおいそれと触れることをためらわせる鉄壁オーラで包まれている貞淑深い女性だけど、レジストして大胆に、でも髪が乱れないようにソフトに抱き着く。
 胸のサイズが標準なので和装が大変お似合いです。

 何事にも潔癖な一本線の通った黒い瞳に真正面から見つめられる。
 雰囲気が女教師みたいなので、抱きついているのが背徳的。

「……いつまでたっても子供ですこと」

 少し釣り目で厳しいところもあるけれど実は涙もろい面がギャップ萌えです。

「さあ、早く席に着きなさい、クロ。あまり給仕を待たせるものではありませんよ?」

 でもすぐにあしらわれて着席を命じられる。はいはい、仰せのままに。

 朝の挨拶を一通り終えたところで鐘が鳴り、朝食がはじまった。
 なにかと忙しい王族一家は、朝食ミーティングの時だけが一同会する時間になる。
 夜は色々とお付き合いがあるそうで、中々顔をそろえられないことを不便と感じた王妃様の提案だ。

 僕は、この場に参加を初めて1月程度のド新人。
 朝食に舌鼓を打ちながら、給仕のメイドにもしっかりと笑顔とあいさつを忘れない。
 食事が美味しいというのは本当に幸せなことだと実感する。
 元気よく、でも小食な僕を微笑ましそうに皆が注目していて、王妃様だけが苦々しく口元をゆがめていた。

 あらあら王妃様、三十代半ばとは思えない美貌が台無しですよ?
 不敬に軽くウインクを送ると、びっくりしたようなお顔になってナプキンで口元を隠した。
 淑女たるもの人前で大きく口を開けてはならないから。
 きっと大声で怒鳴ろうとしたんだよね?
 腕白でサーセン。

「王子たち、領地経営は順調なのか?」
「ははは、順調ですよ母上」
「ふ……問題ない」

 病み上がりの僕は、経験不足を理由に参加をお断りしているけど、王位後継者の兄王子達には勉強として領地経営が課せられている。
 朝食の場で交わされるのは急を要する話くらいで、会話の大半は雑談がメインになる。
 一種のコミュニケーション作りの一環だから、本格的な報告連絡相談や国政のお話は執務室で行われるらしい。

 というわけで、最近の話題をさらっているのは第3王子の僕の奇行だ。えへん。

「えへんではない! まったく。しかし……恐ろしいほどに似合っているな」
「私の愛しい息子が可愛い娘と見間違えちゃうわ」
「王族の人間がする格好ではありません……恥を知りなさい」

 と母親ズ。

「まあ似合っているのなら文句も出ないだろう!」
「ふ……そうだな」

 と兄王子ズ。

「わたしは前から妹が欲しかったから大賛成です!」
「王族の恥部は地下牢に監禁した方がいい」

 と姉王女ズ。

 王妃様は頭を抱える問題に物理的に頭を抱えていた。眉間の皺の原因はもしかして僕のせい?

「ふぅ……。クロよ、いい加減その女装めいた格好をやめないか? 王も草葉の陰で泣いているぞ?」

 王妃様は辛辣だ。
 だけど、失礼な。女装じゃないよ?
 中性的な格好だよ? シャツもハーフパンツも。

 男子とも女子ともとれる服装です。
 女装と見間違うのは僕が華奢で色白で中性的で女子寄りの見た目だから。

「でも王妃様、僕が男丸出しの恰好をしても滑稽なだけでしたよね?」
「そ、そんなことは……」

 さすがの王妃様も言葉を濁す。いいんだ、分かってる。
 病弱でなかなか身体が成長しきれなかった僕は身長も150センチ未満で顔も童顔。女顔。
 とても立派な紳士にはなりきれないから、逆に華奢な身体の特徴を活用して、中性的な存在になるのが妥協案なのです。

 闘病生活でコミュニケーションを取ってこなかった僕が発案した手法でもある。
 愛くるしい男の娘が愛想を振りまていたら、たまらないでしょ?

「弁えることを忘れるなよ?」
「御意」
「まったく……返事だけは」

「ジュリーナ様、そのくらいで許してあげてくださいな」
「しかし、アストレア、そもそもお前がクロを甘やかすから……」
「お母様! クロくんは可愛いです!」
「いや、そもそもクロは男子で……」

 朝からにぎやかで、会話の中心になれて食事が大変美味しい。

 男の娘。もちろん、この世界にそんな言葉は存在しない。
 そもそも中性的な格好は、前世の記憶にある僕の趣味的な仕業でもある。

 そう。僕は一度死んだらしい。二つの意味で。
 身体が弱く虚弱体質だった第3王子は2カ月前に風邪を召されて危篤状態。
 その生死の狭間に、前世で死んだ僕の魂が転移して乗り移ったというおとぎ話だ。

 だから、ここでパンを美味しくいただいている僕は、前世の記憶を持った異世界人と第3王子であるクロの記憶が混じった第3人格。
 新たなマイルドな性格が形成された。

 病弱で世間知らずで世界も狭かった前身の第3王子は、記憶領域の空きが大きかったからか、記憶の混濁も人格的な拒絶反応も大してなかった。
 だから足して2で割ると言うより、9割くらいが前世の記憶を持つ異世界人だ。

 僕がどうしてラノベめいた異世界に転移して第3王子に憑依したのか原因は分からない。
 その結果、虚弱体質から脱せた理由もわからない。

 だけど、健康に優れなかった第3王子の人生と、恵まれない家庭環境とその後の恵まれない職場環境の果てに過労死を経験した僕は、どこかの神様に与えられたこの奇跡に報いるために、精一杯、元気に生きていくことを信条としている。

 だから前向きに何事にもチャレンジする。
 女装めいた服装をしてでも、疎遠で憐れみだけで心配ばかりかけた家族との絆を取り戻す。

 ふんすと鼻息を荒くする僕を見て王妃様の眉間の皺が深くなった。
 僕の本性を知っているのは王妃様だけ。
 転移して魂が混ざりあったことも速攻でバレたから。やっぱり異世界でも、切れ者で出来る女は一味違う。
 普通は正気を疑う案件だよね?

 朝食も終わりかけた時分になって、王妃様が僕を呼んだ。

「クロ、例の件だが、本当に構わないのか?」
「お山の調査の件ですか? ええ、拝命しますよ」
「そうか……そうか……」

 王妃は沈痛な表情で視線を落とす。
 ああ、眉間の皺の正体はこれだったのか。

 この国の抱えている問題のひとつに、南東にあるお山の存在がある。
 北と東を険しい山に囲まれて、海と川と少しの平野がある王国は小国で辺境で片田舎。
 南東には広大な山地森林があり、古い文献に残るくらい前から入山禁止の聖地のおかげで、開拓が進めることができない不毛の地。

 陸の孤島の小国と揶揄される豊かではないけど貧しくもない国だけど、のんびりとした気質の国民が楽しく毎日を過ごすいいお国柄だ。

 最近、同盟国である隣国から、そのお山の開拓を迫られているのが王妃様の眉間の皺の原因だ。
 広大な森林と山間部は人外の地で、お宝の宝庫だという根も葉もない噂で入れ知恵をした貴族がいるらしい。
 力関係でいえば僕たちの国に大国に逆らえるだけの力はない。

 信心深いジュリーナ王妃は難色を示しているけど、かの国からは矢の催促。
 いい加減、まいっているのが現状であると先日王妃様が朝食の場で吐露したのがきっかけだった。

 調査といっても、誰もが二の足を踏む神聖なお山。祟りとか呪いとかが怖いから。
 国として突っぱねることができないのなら、王族が先陣を切らなければならない案件らしい。

 前世の記憶を持つ僕は、奇跡的に禁忌にたじろがない科学的な知識が満載。
 だから王妃の愚痴めいた雑談に、「僕が行きましょうか?」と軽く応じることができた。

「クロ……お母さんは反対よ、病み上がりだし可愛いし心配だから」
「その細い身体でお山にはいるなんて無理です、再考しなさい」

 お優しいお母さまたち。

「クロ、彼の国の言いなりになる必要はない」
「そうだな。外交は任せておけ」

 お優しい兄さまたち。

「クロくん、お姉ちゃんも心配だよ? やめましょう。ね? 今度添い寝してあげるから」
「愚弟だとお山にたどり着く前にお陀仏間違いなし」

 お優しい姉さまたち。

 控えているメイドたちもソワソワしている。
 うん。愛されていて感無量。ただ心配されているだけかもしれないけれど!

 だけど心配しなくても大丈夫!
 もちろん、本気でお山にチャレンジとか、開拓なんてするつもりはない。

 ようは時間稼ぎの調査をしたという言い訳が必要なのだ。王族が自ら。
 ダラダラと時間稼ぎの調査をしているうちに兄さまズに外交でケリを着けてもらう気満々です。

 この世界の森には知能の低い亜人が存在しているけど、脅威という程ではなく、国の討伐隊が定期的に狩りをしていれば害は少ないと聞いている。

 だけど、神聖不可侵なお山の奥には知能の高い亜人の存在が文献で示唆されている。

 額に角を持つ、鬼人族。
 誰も見たことがない、伝説の亜人。その力ははるかに人間を凌ぐという。
 お山を荒らせば怒りに触れて、鬼人族が天誅を加えるというのが古い文献と伝承で語り継がれてきた不文律。

 嘘か真か真偽は不明。
 だけど、触らぬお山に祟りなし。
 伝記伝承の類に隠されているのは、安全の担保だと理解しているので深入りなんて致しませんとも。伝説の鬼人の存在は眉唾だけど、人が踏み入ってはいけない危険な場所や何かがあるから不可侵に違いない。先人の知恵というのを大事にするタイプです。

「任せるが、決して無理はするでないぞ?」
「仰せのままに、ジュリーナ母様!」

 僕の能天気な切り返しに、この国の王妃様は、深く深くため息を吐き出した。
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