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逃亡1

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 手筈通り、国王や周りの者に猛烈な眠気を起こさせて……
ニケが治療をやってのけると。
ヴィオラは、ソファにもたれ掛かっているサイフォスに歩み寄り。
跪いて、その寝顔を切なげに見つめた。

ーーサイフォス様……
今度こそ本当に、お別れです。
最後まで一度も、想いを告げる事は叶わなかったけれど……
愛しています。
ずっと永遠に、愛しています。
そう思って、ヴィオラはぐわりと涙が込み上げる。

 しかしニケの手前、ぎゅっと唇を噛んでそれを堪えた。

ーーどうかこれからは、お身体を大事になさってください。
そして今度こそ、良妃を迎えて幸せになってください。

 書き置きの手紙は、自室の机に置いており……
国王が持ち直した事で、サイフォスの状況も落ち着くと判断したため。
元の生活に戻るようにという心遣いを、有り難く頂戴するといった旨を記し。
直接申し出なかった理由として……
侍女を続けさせて欲しいと頼んだばかりなので、面目が立たず合わせる顔がないといった内容を綴り。
謝罪と感謝の言葉で締めくくっていた。

「……離れ難いのは分かるけど、そろそろ行くよ?」
ヴィオラの様子に胸を痛めながらも、そう急かすニケ。

 というのも。
大勢や広範囲に、一斉に魔法をかけたり。
今回のように、難易度の高い治療魔法までかけるとなると……
剣術士でいうところの体力にあたる、魔法体力が激減し、回復するまで魔法が思うように使えなくなるため。
眠らせる時間を短めにして、逃亡分を確保していたからだ。

 ヴィオラは名残惜しい気持ちを振り切って、コクリと頷くと。
2人はすぐさま、ニケが魔法で用意した馬車に乗り込んだ。



 ところが、車内はひたすら無言が続き。
重い空気に、居た堪れなくなくなったニケは……

「……僕が言うのもなんだけどさ。
あんたって尽く、可哀想な運命だよね」
と切り出した。

「……どうして?」

「いつも邪魔ばかりされてるからだよ。
ラピズとの恋仲を、王太子に引き裂かれて。
王太子と上手くいきかけたら、今度はラピズに邪魔されて。
最後はこの僕に、一縷の望みまで奪われたんだからさ」

 するとヴィオラは、今までの事を思い返すようにして……
切なげに微笑みながら、首を横に振った。

「私が可哀想なわけじゃないわ。
ラピズとの事は、ラピズの方が辛かっただろうし。
サイフォス様との事も、傷付けて苦しめたのは私の方だし。
ニケとの事も……
あなたが伴侶なら、嫌じゃないと思ってるから」

 思わぬ言葉に、胸が潰れそうなほど鷲掴まれるニケ。

「っ、よく言うよっ!
ずっとどんよりしてたクセにっ」

「それはっ、サイフォス様と離れるのが辛いからで……
その気持ちを知ってる人の前で、平気なフリをしたって意味ないでしょう?」

 さらには、ニケの気持ちを知った事で、どう接すればいいのか戸惑っていたからでもあった。

「それは、そうだろうけど……
僕の事、好きでもないクセに」

「確かに、恋愛のそれとは違うわ。
でもあなたという人間が大好きだし、心から大事に思ってるから……」

 こんな酷い選択をさせた自分を恨むどころか、そんな優しい言葉をかけられて。
思わず泣きそうになったニケは、慌ててそれを誤魔化した。

「どこの世界に!人生奪った男を大事に思う奴がいるんだよっ。
そんな気遣い要らないからっ」

「ううん、気遣ってるわけじゃなくて本心よ?
私ね……」
そう言ってヴィオラは、しみじみと続きを口にした。

「悪妃になんて、ならなきゃよかったって。
これまで数え切れないくらい、後悔してきたけど。
でもその延長線上で、1つだけいい事もあったの。
それは、ニケと出会えた事」

 ドクンと心臓を打たれて、目を見張るニケ。

「今までそんなふうに、容赦なく遠慮なく接してくれる人なんていなかったもの」

 当然ながら、相手が敵視している場合や、ラピズのように激昂していた場合は別として。
王太子妃や貴族令嬢に、はたまた愛する女性に、そんな態度を取れる者などいなかったのだ。
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