上 下
58 / 118

最終手段2

しおりを挟む
 そうしてヴィオラは、専用庭園に散歩に行くと言って、ランド・スピアーズだけを連れ出した。

 部屋で説得するとなると……
護衛騎士と話すために、度々人払いをするのは不自然なうえに。
話が長くなれば、不審がられるからだ。

 とはいえ、移動の最中……
サイフォスとの事が、ラピズにバレてしまった気まずさや。
その後ろめたさや、申し訳なさから。
そして、最終手段に対する気重さから。
居た堪れず、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 しかし容赦なく、その時は訪れ……
庭園の奥に着くと同時。

「悪いけど、もうどう取り繕っても無駄だから」
そうラピズから切り出してきた。

「っ、待って!
無駄って、どう言う事っ?」

「俺の決意は変わらないって事だよ」
それは、サイフォスの暗殺を意味していた。

「俺に隠れて、あんな真似しといてっ……
それでもまだっ、殿下を好きじゃないって言えるのかっ!?」

「言えるわっ!
確かに、隠れて関係を持った事は、申し訳ないと思ってる……
だけど私は王太子妃なのよっ?
立場的にやむを得なかった事くらい、わかるでしょう!?
決して殿下を好きになったわけじゃない!」

 サイフォスを守るために、そう取り繕うヴィオラ。

「そうは思えないよっ!
それに、例えやむを得なかったとしても……
一生俺だけのものだと思ってた存在を寝取られて、許せるはずがないだろうっ!?」

「けど王太子妃になった時点で、いつかはこうなるって!
こうなる事は避けられないって、分かってたはずでしょうっ!?
それでもずっと拒んで来たし、こうなる前に離婚に漕ぎ着けようとしたけど……
でもどうやったって無理なの!」

 そこでヴィオラは、無理な理由として考えた最終手段を告げるべく、ぐっと腹を括った。

「っっ、これ以上悪妃を続けたら、シュトラント家の立場が危うくなるわ……
それでもラピズは、まだ悪妃を望むっていうの?
それで離婚出来たとして、お父様が許してくださると思ってるのっ?」

 そう、おいえの立場が危うくなれば……
ヴィオラは責任を取らされて、少しでも挽回出来るところへ嫁がされるだろう。
つまりラピズとの再婚など、許されるはずがないのだ。

「それどころか!
今まで悪名を高めたせいで、もうすでに家名に泥を塗ってるわっ……
だから私は、汚名を返上するためにも。
世継ぎを産んで、シュトラント家の立場を挽回しなきゃいけないのっ。
そのために、好きでもない人に抱かれるしかなかったの!
それが不服だっていうのなら……
ラピズがシュトラント家を立て直せるっていうのっ!?」

 問うまでもなく。
平民出身の騎士でしかないラピズに、立て直せるほどの権力や財力等があるはずもなく……

 己の力ではどうにもならない身分の事を引き合いに出して、ラピズを傷付けてしまう事に。
例えサイフォスに聞かれなくても、愛する人が傷付く発言をせざるを得ない事に。
そして自分の気持ちを偽らなければならない事に。
ヴィオラは胸を幾重にも切り裂かれていた。

 しかしそれでも、ラピズに罪を犯させるよりマシだと。
なによりサイフォスを守るためなら、どんな悪女にでもなると。
その最終手段に踏み切ったのだった。

 一方、ラピズは……
サイフォスさえ殺せば、ヴィオラがこれ以上悪妃を続ける必要もないと。
離婚問題やその悪影響も発生せず、ヴィオラとやり直せると思ったものの。

 今までの汚名を返上して、シュトラント家を立て直す必要があるとなると。
そのためにヴィオラが、世継ぎを産む必要があるとなると……
サイフォスを暗殺するわけにはいかず。

 自分があまりに無力で……
それを愛する人から突き付けられて。
途轍もないショックと、どうする事も出来ない絶望感に、打ちひしがれていた。

「っっ、出来ないよ……
どうせ俺には出来っこないよっ……
だからって、俺の気持ちはどうでもいいのかよっ!」

「そんなわけないでしょうっ!?
だからこそ、今まで言えなかったのに……
だけどラピズこそっ。
私が多くの貴族を敵に回して、大勢の人から批判を買ってきたのに、何とも思わなかったのっ?
自身の立場と周りの気持ちの板挟みで、ずっと苦しんで来たのにっ……
自分の気持ちばかり押し付けて、私の気持ちはどうでもよかったのっ!?」

 説得するための最終手段とはいえ。
傷付いているラピズに追い討ちをかけるように、責めるような発言をせざるを得ない事に。
同じく苦しんで来たその人に、自身の苦しみまでぶつけざるを得ない事に。
言いながらポロポロと、涙がこぼれ出すヴィオラ。

ーーごめんね、ラピズ……
ごめんなさいっ……

 対してラピズは、吐露された指摘内容を今さら気付かされて。

「っっ、ごめん……
そうだよな、ごめんっ……」
そう片手で顔を覆って、激しい自己嫌悪に襲われていた。

 ヴィオラはそんなランド・スピアーズの姿に、いっそう胸を切り刻まれるも……

「……私こそ、何もしてあげられなくてごめんなさいっ。
でも私たちが一緒に生きられる未来は、もうないの。
わかって?ラピズ……」
そう終わりの言葉を口にした。

 ランド・スピアーズは、うっと嗚咽を洩らしたあと……
「これからどうすればいいのか、しばらく考えさせて欲しい」とだけ零したのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

十年間片思いしていた幼馴染に告白したら、完膚なきまでに振られた俺が、昔イジメから助けた美少女にアプローチを受けてる。

味のないお茶
恋愛
中学三年の終わり、俺。桜井霧都(さくらいきりと)は十年間片思いしていた幼馴染。南野凛音(みなみのりんね)に告白した。 十分以上に勝算がある。と思っていたが、 「アンタを男として見たことなんか一度も無いから無理!!」 と完膚なきまでに振られた俺。 失意のまま、十年目にして初めて一人で登校すると、小学生の頃にいじめから助けた女の子。北島永久(きたじまとわ)が目の前に居た。 彼女は俺を見て涙を流しながら、今までずっと俺のことを想い続けていたと言ってきた。 そして、 「北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください」 と、告白をされ、抱きしめられる。 突然の出来事に困惑する俺。 そんな俺を追撃するように、 「な、な、な、な……何してんのよアンタ……」 「………………凛音、なんでここに」 その現場を見ていたのは、朝が苦手なはずの、置いてきた幼なじみだった。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

アリアドネが見た長い夢

桃井すもも
恋愛
ある夏の夕暮れ、侯爵令嬢アリアドネは長い夢から目が覚めた。 二日ほど高熱で臥せっている間に夢を見ていたらしい。 まるで、現実の中にいるような体感を伴った夢に、それが夢であるのか現実であるのか迷う程であった。 アリアドネは夢の世界を思い出す。 そこは王太子殿下の通う学園で、アリアドネの婚約者ハデスもいた。 それから、噂のふわ髪令嬢。ふわふわのミルクティーブラウンの髪を揺らして大きな翠色の瞳を潤ませながら男子生徒の心を虜にする子爵令嬢ファニーも...。 ❇王道の学園あるある不思議令嬢パターンを書いてみました。不思議な感性をお持ちの方って案外実在するものですよね。あるある〜と思われる方々にお楽しみ頂けますと嬉しいです。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。史実とは異なっております。 ❇外道要素を含みます。苦手な方はお逃げ下さい。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

処理中です...