上 下
34 / 118

交渉1

しおりを挟む
「これはこれは、王太子妃殿下。
本日はどのようなご用件で、おいでになったのですか?」
王宮魔術師のモエは、ぺこりとお辞儀をして、そう尋ねた。

「頼みがあります。
私の寿命を代価に、殿下の治療をしてください」

 思わぬ申し出に、王宮魔術師は面食らう。
悪妃の噂は、当然モエの耳にも届いており。
実際、サイフォスへの悪態も目の当たりにしていたからだ。

「……殿下は、お倒れになったのですか?」

「はい。
ですが、口外禁止でお願いします」

「もちろんです。
元より、いつ倒れもおかしくない状態だと、お見受けしておりましたので」

 そう、魔術で国王の治療やサイフォスの体調管理にも携わっている事や。
これほど長い間、国王の病気を隠せているのは……
それほどサイフォスが負担してきたからだと、うかがえる事など。
他にもサイフォスの負担を物語る、様々な依頼を受けてきたからだ。

 しかしヴィオラは。

「そうですか……」
隠されていたとはいえ。
妻である自分ですら知らなかった、夫の状態を。
元婚約者や魔術師までもが把握していた事に、今さら胸を痛めていた。

「……では、頼みをきいていただけますか?」

「残念ながら、それには応じかねます。
殿下は、ご自分の都合で他の命を犠牲にする術を、嫌ってますゆえ」

「ええですが、あなたが言わなければバレません。
殿下の寿命を、代価にした事にすればいいのでは?」

 事実サイフォスは、そうしようとしていたし。
ヴィオラの足の治療依頼をした時のように、自身の代価は厭わないからだ。

「……なるほど。
ですが、殿下の意に背く事にはなります。
失礼ながら、妃殿下とお会いしたのは2度目です。
それゆえ、信用に値する判断材料がございません。
むしろ、悪い噂ばかりを耳にしているので……
妃殿下が自ら明かす可能性を拭えません。
どうか、ご容赦くださいませ」

「……では頼みではなく、命令します。
従わなければ反逆罪とみなし。
私の護衛騎士が、あなたを斬ります。
なので、大人しく従った方が身のためですよ?」

 もちろんそれは脅しだったが……
そう言えば、従わざるを得なくなり。
尚且つ、全ての責任をヴィオラが負う事になるからだ。

「……恐れながら。
私を斬れば、大問題になるかと思います。
こう見えても、国宝級の魔術師ですので」

「だとしても、問題ありません。
ご覧になったでしょう?
殿下は私を溺愛してるので、どうとでもなるんです」
そうしたたかに笑って、ヴィオラは精いっぱい悪妃に扮した。

 どう思われようとも、何としてでも。
一刻も早く、サイフォスを助けたかったからだ。

「どうしてそこまで……
ウォルター卿から、こちらに連絡がない事を考えると。
急を要する状態ではなさそうですし。
お見受けした限り、妃殿下は殿下を拒んでいるように感じました。
それなのになぜ、ご自身の寿命を使ってまで、治療を熱望されるのですか?」

「……殿下が倒れたのは、私のせいだと聞いたので。
これ以上文句を言わせないために、さっさとケリをつけたいからです。
それと、殿下も代価で私の足を無理やり治療したので。
同じようにして、さっさと借りを返したいからです」

 さんざん悪妃として振る舞ってきた自分が、何を言っても胡散臭いだろうと。
悪妃らしい、もっともな理由を並べたヴィオラ。

 それにより……

「……わかりました。
妃殿下の命とあれば、逆らうわけにもいきませんので」
少し考えたのち、そう責任の所在を露呈して。
引き受ける事にした王宮魔術師。

 というのも。
交渉や頼み事をする際、誰もが良い理由を取り繕うものだが……
一貫して悪妃らしい、飾らない理由が告げられたため。
逆に信用出来ると判断したからだ。

 とはいえ、その程度の理由で寿命を捧げるとは考えにくく……
本当は王太子殿下を、それほど心配しているからではないかと思えたのも、引き受けた要因の1つだった。

「ですが、2点ほどよろしいですか?」

「何でしょう?」

「表向き、殿下の寿命で治療したとなれば。
妃殿下がケリをつけたという事にも、借りを返した事にもなりませんが……
それでもよろしいのですか?」

ーー言われてみれば!
その場しのぎの理由にボロが出てしまうも。
それは本当の目的ではないため、開き直る。

「構いません。
自分がすっきりしたいだけなので」

「かしこまりました」
王宮魔術師は、そう恭しく笑みを浮かべた。

 悪妃と評されている人物が、単なる自己満足目的で。
自己以外のために寿命を捧げるなど、不自然で……
やはり王太子殿下が心配だからかと、微笑ましく思ったからだ。

「では次に、今回の治療をどのように持ち掛けるお考えですか?
殿下が倒れた事を知らされてもない私が、望まれてもない治療を申し出るわけにはいきませんし。
ウォルター卿は逆に、殿下の代価を嫌っています。
そのうえ忠誠心が厚いため、殿下の意に背く事も致しません。
また、殿下の側近ですので、妃殿下の命に従う事もないでしょう。
それをどう説得なさるおつもりですか?」

ーー確かにそうだ……

 先程それを目の当たりにしたばかりか。
ウォルター卿に嫌われている自分が、何を言ったところで……
説得は難しいだろうと、行き詰まるヴィオラ。

ーーどうしよう……
殿下は、私が頼めば治療してくれそうだけど。
ウォルター卿は……

 とそこで、その人の言葉を思い出す。
~「生贄を利用されるならともかく」~

ーーそうだ、そういう事にすればいいかも!

「……とにかく、やれるだけやってみます。
あなたは、今から言う通りにしてください」


 そうして、打ち合わせを済ますと。
ヴィオラは王宮魔術師を連れて、サイフォスの部屋に向かったのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

十年間片思いしていた幼馴染に告白したら、完膚なきまでに振られた俺が、昔イジメから助けた美少女にアプローチを受けてる。

味のないお茶
恋愛
中学三年の終わり、俺。桜井霧都(さくらいきりと)は十年間片思いしていた幼馴染。南野凛音(みなみのりんね)に告白した。 十分以上に勝算がある。と思っていたが、 「アンタを男として見たことなんか一度も無いから無理!!」 と完膚なきまでに振られた俺。 失意のまま、十年目にして初めて一人で登校すると、小学生の頃にいじめから助けた女の子。北島永久(きたじまとわ)が目の前に居た。 彼女は俺を見て涙を流しながら、今までずっと俺のことを想い続けていたと言ってきた。 そして、 「北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください」 と、告白をされ、抱きしめられる。 突然の出来事に困惑する俺。 そんな俺を追撃するように、 「な、な、な、な……何してんのよアンタ……」 「………………凛音、なんでここに」 その現場を見ていたのは、朝が苦手なはずの、置いてきた幼なじみだった。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

アリアドネが見た長い夢

桃井すもも
恋愛
ある夏の夕暮れ、侯爵令嬢アリアドネは長い夢から目が覚めた。 二日ほど高熱で臥せっている間に夢を見ていたらしい。 まるで、現実の中にいるような体感を伴った夢に、それが夢であるのか現実であるのか迷う程であった。 アリアドネは夢の世界を思い出す。 そこは王太子殿下の通う学園で、アリアドネの婚約者ハデスもいた。 それから、噂のふわ髪令嬢。ふわふわのミルクティーブラウンの髪を揺らして大きな翠色の瞳を潤ませながら男子生徒の心を虜にする子爵令嬢ファニーも...。 ❇王道の学園あるある不思議令嬢パターンを書いてみました。不思議な感性をお持ちの方って案外実在するものですよね。あるある〜と思われる方々にお楽しみ頂けますと嬉しいです。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。史実とは異なっております。 ❇外道要素を含みます。苦手な方はお逃げ下さい。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

処理中です...