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心配2

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 翌日。
ラピズの事が心配で、塞ぎ込んでいると……

「妃殿下、王太子殿下がお見えです」

ーー勝手に宮殿を抜け出した事と、食事をすっぽかした事に、文句を言いに来たのね?

「お通しして」

 昨夜は周りが心配していたからか、「無事でよかった」と告げられただけだったが……
ヴィオラは謝るどころか、あなたのせいでラピズが!という思いで、キッと睨んだのだった。

 ところが、部屋に入って来たサイフォスは……
100本以上はありそうな、ブルーローズの花束を抱えていた。

「……何の真似ですか?」

「青が好きだと聞いた。
せめてもの謝罪だ、まずはこれを受け取ってくれ」

ーー謝罪っ?
ありえない返答に、思わずヴィオラは面食らう。

「……なぜ殿下が?
私への当て付けで、こうしろとお手本でも見せているつもりですか?」

「すまなかった!
俺が無理矢理誘ったせいで、あんな真似をさせてしまって」
ヴィオラの言葉を打ち消すようにして、謝罪の理由が告げられた。

 サイフォスは昨日の一件でヴィオラの悪評が広まった事を、心から申し訳なく思っていたのだ。

 ヴィオラの失踪を知った時も、心から心配して……
王宮騎士を動員し、昼食も取らずに捜索したのだった。
ヴィオラもその事は、リモネから聞いており。

ーーこの人はどこまでっ……

 ヴィオラのした事は、不敬罪で罰せられてもおかしくないほどだった。
王太子ともあろう者が、それほどの扱いを受けたとなれば……
激怒するのはもちろんのこと。
たとえベタ惚れしていても、さすがに愛想をつかせたり。
気に入られようとする気も失せるに決まっていた。
 それなのに、どこまで心が広いのかと……
ヴィオラは思わず、心を揺さぶられずにはいられなかった。

 しかし、この男のせいでラピズがいなくなったと思うと……
ぐっと切り替えて、サイフォスの前に歩み寄った。

「殿下のお気持ち、ありがたく頂戴いたします」
そう言ってブルーローズを受け取ろうとすると。

 その重さと棘を危惧して、リモネが「お待ちします」と手を差し出した。
どころがヴィオラは、「いいえ」と首を振り。
「それより、窓を開けて風を通してちょうだい?」
そうにっこり微笑んだ。

 するとヴィオラは、受け取った花束を……
なんとサイフォスの目の前で、窓から捨ててしまったのだった。

「妃殿下!」
宮廷侍女たちが驚きの声をあげて、あまりの侮辱に息を飲んだ。

 そしてヴィオラ自身、悪妃に徹しながらも。
これほどの気持ちを踏み躙った事に、胸が潰れそうになっていた。

 花束を受け取る時に、サポートしてくれたサイフォスの手は……
血が滲むほど傷だらけで。
宮庭に咲いてあるものを、自ら摘み取った事を物語っていたからだ。

 ヴィオラは心苦しさと、それを悟られないようにするために、向き戻れずにいると……
サイフォスから「皆下がってくれ」と人払いがされた。


「何がそんなに気に入らない」
2人切りになったところで、サイフォスがヴィオラの側に歩み寄る。

「っ何が?
私の立場で、本音を明かせるとお思いですかっ?」

 そう、ラピズの事を明かせば……
せっかく見つかっても、今度は追放されかねない。
その上、2人の関係を隠していたシュトラント公爵の立場まで危うくなる。

「問題ない。
何を聞いても、咎める気はない」

「それを信じられるとでも?」

「だが聞かなければ対応出来ない」

「していただかなくて結構です」

「……頼む、教えてくれ。
これ以上君を悪者にしたくない」

ーー私のためにっ?
これほどまでの非礼や侮辱を受けながら、保身のためではなく相手を気遣うサイフォスに、またしても心を揺さぶられる。

 だが悪妃だと思われたいヴィオラにとっては、無用な気遣いで。
なにより、ラピズの事を思うと絆されるわけにはいかなくて。
そんな自分を振り払うように、サイフォスの優しさを跳ね除けた。

「ほっといてください!
性格が悪いのは元からですっ。
なので、直すつもりはございませんのでっ」
その途端。

「ほっとけるわけがないだろう!」
グイと、サイフォスに抱きしめられる。

「っっ!」
驚きながらも、ヴィオラはすぐに逃れようと抵抗した。

「っ、離してください!
一瞬たりとも触れぬようにと言ったはずですっ」

「ならば教えてくれっ。
君を苦しめるために娶ったわけじゃない!
最善を尽くしたいんだ」

 そう、ラピズとの関係も知らず。
さらには求婚に対して、ちゃんと承諾を得たサイフォスからすれば……
自分との結婚がヴィオラが苦しめる事になるとは、思うはずもなかった。

 そしてヴィオラも本当は…… 
そんなサイフォスが悪いわけではないと、わかっていた。
だが何処かに恨みをぶつけなければ、遣り切れなかったのだ。

 しかし、どこまでも優しく、誠心誠意尽くそうとしているサイフォスを前に。
感情が行き場をなくして、ぶわりと瞳から溢れ出してしまう。

ーーこの人のどこが冷酷だというのだろう。
いっそ悪い人だったらよかったのにっ……

 サイフォスは、腕の中で泣き出してしまったヴィオラに気付くと。
問い詰めてしまった事や、苦しめている現状を、ただただ申し訳なく思い。

「すまなかった……」
そう髪を撫でずにはいられなかった。

 そんな事をされると、ますます涙は溢れ出すもので……
ヴィオラが落ち着きを取り戻して、再び「離してください」と零すまでの間。
サイフォスはずっと、労るように撫で続けたのだった。



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