欲情プール

よつば猫

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流れる欲情3

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「最高の復讐劇だったよな」

 あれから数日、ずっと沈黙を貫いてた聡が……
すれ違い際にポツリと、漸く糾弾の言葉を口にした。

「あんな惨めな思いを味わって……
もういっそ、消えてしまいたいくらいだっ」
振り向いた私に、そう続けられた。

「っっ、ごめんなさい……」

「茉歩がっ!
っそんな仕返しするような女だとは、思わなかった!」

「……ごめんなさい」
私には言い訳する資格なんかなくて。
ただ、謝る事しか出来ない。

「これからどうする……
どう償うつもりなんだよっ」

「ごめんなさいっ……
だけど。
……別れて、下さい」

 その答えに、驚愕の顔が向けられる。

「っっ!
償う気すらっ、ないのかァっ!?」

「っ、そうじゃなくてっ……
本当に、ごめんなさいっ」

「っ、そんなにあいつかっ!?
あいつはっ、茉歩を弄んだだけなんだぞっ!?」

 だとしても、それでも私は……

「ごめんなさいっ……」

「いい加減にしてくれっ!
さっきから謝ってばかりでっ……
それしか言う事がないのかァっ!?
なぁ俺達っ、何の為にやり直したんだよ!
やっぱり露美の言う通り、茉歩なんか選ぶんじゃなかったっ……」

 ごめんね、聡……
だけどね。
一度犯した過ちは、消えないんだよ。

 それは、事が解決してもずっとその傷痕を残して……
許せない気持ちは、後から後から募ってく。
そんなの、私が一番良く解ってる。

 きっと裏切られた時点で、色んな気持ちの糸も切られて。
私はもう、聡と居たいなんて思えないし。
たぶん聡も、私に何らかの嫌悪感を持ち続けて……
一緒に居ても、苦しむだけ。

 それでも子供とか守るべき何かがあれば、乗り越えられるのかもしれないけど。
何もないどころか私にあるのは、慧剛への未練だけで。
だからどうか、こんな私を切り捨てて下さいっ……


 そうやって聡の怒りと悲しみに、ただただ謝罪を返す事しか出来ずに……



 そんな日々を繰り返した、ある日。

「なぁ、茉歩……
俺とあいつ、何が違った?」
最近はだいぶん落ち着いた聡が、力なく尋ねて来た。

 でもそんなの解らないし。
慧剛の何が良かったかなんて、言い尽くせない。

 だけど、初めてその体温に触れた時の騒めきは……

「……温度。
熱、かな……」

 きっと運命的なものだって、思いたい。


「熱?
……それって、情熱って事?」

 その勘違いに乗って。
答えにならない答えを、苦笑いで誤魔化すと。
聡は自己解釈を続けた。

「……そうだよな。
俺は優しさしか取り柄がなくて……
その優しさだって、相手に嫌われたくないとか、もっと好かれたいからで。
相手を情熱的に想ってたっていうより……
自分を守ってばかりの、自分の為の優しさだったんだろうなっ。
そんなんじゃ、駄目だよなっ……」

 そんな事ない!
聡の取り柄なんて、腐る程ある。
その優しさにだって……
何度救われて、何度癒された来た事か。

 けど。
自分の為の優しさ、か……
そう言えば慧剛はいつも。
誰かの為の我儘、だったね……
胸に、愛しさの火が疼く。


「でもあいつの情熱だって、身体だけだったんじゃないのかっ?
愛なんて、あったのか?」

「……あったと、思ってる」

 今日まで色々と思い返した私は、今ならそう思う。
あの、最後の日。
あの時の慧剛の言動は、私を守る為だったんじゃないかって。

 というのも、私が弄ばれてる状況じゃなかったら……
あのコからの攻撃は、こんなものじゃなかっただろう。
聡との事は過去の事だからと棚上げして、間違いなく訴えられてただろう。
それどころか晒しや嫌がらせを受けて、追い詰められてたかもしれないし。
あのコの性格や権力なら、それも充分考えられる。

 そしてきっと、夫婦間の亀裂も最小限に防いでくれたんだよね?
不貞の事実が発覚しても、それが弄ばれてただけの関係なら……
聡の過ちの方が、いくら過去でも重くなる。

 そうなれば。
俺達は嵌められたんだと、同等意識が芽生えて……
聡の罪と相殺される。
私を責める筈の聡が、庇う状況になったのは……
慧剛が1人で、悪者になってくれたからだ。

 だとしたら私は、慧剛の目的をサポートする為とはいえ。
その気持ちを尽く無駄にしてしまったけれど……

 そんなふうに、私を守ってくれた事もそうだけど。
愛があったと。
愛されてたと思うのは……

ー「お前より仕事の方が大事だって。
結婚するなら、会社の役に立つ女とするって……
そう傷付けたから」
「どうしてそんなっ……
愛してたんでしょっ?」
「だからだよ。
愛し合ってる状況で別れたら、忘れられずに苦しむだろ?」ー

 慧剛は、そんな人だから。

 それに、私の考えもそうだった。
愛してるなら、離れてあげるべきなのにって。
嫌われ者になってでも、相手を踏み外した道から元に戻して、その苦しみから解き放してあげれる筈だって。

 自惚れかもしれないけど……
傷付ける事で、この抜け出せない欲情の渦から解き放そうとしてくれたんだよね?

 そして何よりも。
あの優しい眼差しや、愛しそうな眼差し。
2人で過ごした時間の、全ての慧剛が……
嘘だとは思えない。

 ううん、思いたくないだけかもしれないけど……
寧ろ、愛されてたと思いたい。


「そっか……」
寂しげに呟く聡。

「……先に苦しめたのは、俺だもんな。
自分で撒いた、種だよなっ……
なぁ、茉歩。
俺達、別れようか」

「っ!聡っ……」

「っっ、ごめんなっ、茉歩……
今までいっぱい、苦しめてっ……」

 その瞬間、破裂しそうになった涙の結界を。
泣く資格なんてない私は、必死に抑え込むも……
内部で破裂したかのように、胸に無数の傷みが刻まれる。

 嗚咽を堪えて、声を発する事も出来ずに。
顔を歪めて、ただただ首を横に振る私を……
聡が優しく抱き締めた。

 ごめんねっ、聡……
ごめんなさいっ……
苦しめたのは、私だって同じなのに。
自分の為なんかじゃなく、やっぱり聡は優しくて。

 ありがとうっ……
どうか、どうか……
聡の未来が、幸せでありますように。




 そうして。
私達の欲情は、時節をなぞるように……
プールの納めの如く、流れていった。

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