虹色アゲハ【完結】

よつば猫

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トラフアゲハ1

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 数日後。
少し落ち着いた揚羽は、倫太郎に久保井のレクサスを調べてもらうと……

「試乗車っ?」

 借りたのはまた、例の女詐欺師で。
してやられたと、片手で顔を覆って溜息を零した。

 あんな事になり、盗聴器も発信機も仕掛け損ねていたが……
結局のところ、何をしても意味がなかったのだ。

「つかもうヤメろよ。
見て・・らんねぇし……」
辛そうに顔を歪める倫太郎。

「それを言うなら聴いて・・・でしょ」

「同じ突っ込みすんなよ」
舌打ちしてぼそりと呟く。

「ふふ、前にも言ったっけ?」

「っとにかく、俺らが太刀打ち出来る相手じゃねぇし。
オマエは男とイチャついてろよ」

「なにその言い草……
そうよね、あんなやらかすぐらいだし?
こんな使えないバディの巻き添え食ったら、あんたまでヤバいもんね」

「はっ?
誰もそんな事言ってねぇだろ」

「そりゃストレートには言えないわよね。
でも心配しないで?
この件はもう1人でやるから」
そう言い捨てて、玄関に向かうと。

「おい、待てって!」
ガシッと、揚羽は腕を掴まれる。

「なに勘違いしてんだよっ。‬
これ以上オマエが傷付くとこ見たくねぇからだろ!‬
バカじゃねぇのっ?」‬

「っ……
バカはあんたでしょ?‬
何度も言うけど、聴きたくないの間違いだからね」‬

「っせーな…‬…
とにかく、単独行動禁止だからな。‬
わかったらさっさと帰れよ」‬
照れ臭くてそう突き放すと。‬

「誰が帰るって言った?
ちょっとスーパー行ってくるだけだし。
お昼まだでしょ?なに食べたい?」

 バディとして見限られたと思った揚羽は、単独行動禁止が嬉しくてたまらなかったのだ。

「はっ?
……自分の男に作ってろよ」
一方、倫太郎は嬉しい反面。

 これ以上好きになりたくなくて。
でもどうしょうもないくらい、好きで好きで仕方なくて。
なのにその身体は他の男に抱かれてて。
苦しくて遣り切れない気持ちを必死に押し殺していたため。
そうやって優しくされると、気持ちが暴走しそうで……
それを遠ざけたのだった。

「鷹巨とはタイミングが合わないのよ」

「毎日通ってるくせに?」

「……まぁ、生活スタイルが逆だからね」

 といっても。
朝食やお弁当や作り置きなど、作る手段はいくらでもあったが……
そんな事をすれば、鷹巨の気持ちをもっと加速させてしまうと考え。
お互い辛くなるだけだと、敬遠していたのだ。

 そしてなりより。
「ていうか……
倫太郎に作りたいんだから、食べてくれたっていいじゃない」

「っっ……
あぁも、生姜焼きなっ?」
嬉しさと苦しさで胸が引き千切れそうになりながら、そう言い捨てる。

「またそれ?
飽きないわね」

「じゃあ何でもいーよ。
オマエが作るもん全部旨ぇし」

 思わずドキリとする揚羽。

「あんたって……
たまにさらっと女心くすぐるわよね」

「はっ?知らねぇよ」

「ふふ、じゃあなんか適当に買ってくるから待ってて?」

 もう好きにしろよ……
オマエが作りたいって思ってくれんなら、心がぶっ壊れても押し殺してやるよ。

 そんな思いで、揚羽の気持ちに応えた甲斐あって……


 相変わらず幸せそうに食べる倫太郎に。
揚羽は、再び久保井と戦う元気をもらっていたのだった。




 ところが久保井は、あれ以来パッタリ店に来なくなり。
勝負の決着が付いてないにもかかわらず、本当に切り捨てられたんだと。
揚羽は再度ショックを受ける。

 だからといって、ここまま終われる訳もなく。
必死に打つ手を考えていた。
そう、下手に謝ったり取り繕っても、シラけてる久保井には逆効果だと。

 なぜならその男が気に入ったり、新たに好意を抱いた時は……
揚羽が強気な発言をしたり、余裕な態度を見せた時だったからだ。

 だとしたら、あの男と寝るしかないか……
つまりこの状況を覆すには、一旦相手の要望を飲むしかないと判断する。
仮に「やらなきゃ落とせないの?」と挑発したところで、負け惜しみにしかならないからだ。

 それでも「もういいよ」と跳ね退けられるかもしれないが……
「悪いけど、この勝負負ける訳にはいかないの。
つまり途中で投げ出されても困るから、やらせてあげるって言ってんの。
それともこの前の発言はハッタリで、私をイカせる自信ない?」
そう挑発すれば、再び興味を示すんじゃないかと踏んだのだ。

 だけど、そんな行為をして平常心を保てる自信はなく……
なにより付き合ってる以上、鷹巨を裏切るわけにはいかなくて。

 どうする事も出来ない焦燥感と、切り捨てられたダメージに翻弄され……
それを拭い去るように、揚羽は鷹巨との甘い時間に溺れていった。



「俺の事、ちょっとくらいは好き?」

 日に日に感度を増す揚羽に、行為の最中尋ねる鷹巨。

「わから、ないっ……」
嬌声混じりにそう返す。

「好きか嫌いだったら?」

「好き、よっ……」

「もいっかい。
俺の名前と一緒に言って?」

 そのリクエストと同時、弱い所を攻められる。

「ああっ……!
好きよ、鷹巨っ……」

「んっ……
俺も好きだよ、愛してる」
そう囁いてすぐ、口内も埋め尽くすと。

 2人して絶頂を迎えた。


 揚羽にとって、鷹巨だけが甘えられる存在で。
その体温に安らいで……
抱かれると充足感に包まれて……
心を癒すオアシスのようになっていたのだ。

 それだけじゃなく。
家族の愛を失い、唯一の愛する人にまで裏切られた揚羽は……
愛を信じられなくなり、それとは無縁に生きてきたため。
本当は誰よりも愛に飢えていて、鷹巨の愛を受け入れずにはいられなかったのだ。



「聡子が、好きよ鷹巨って……」
ピロートークで、それを噛み締める鷹巨。

「……言わせたんじゃない」

「それでも!言ってくれるなんて嬉しいよっ」

 そんな事くらいで感激する姿を、愛しく思いながらも……

「はいはい、明日も仕事なんだから寝るわよ?」
照れくさくて、さらっと流すと。

「ん、おやすみ聡子」
おでこにチュッとして、ぎゅっと抱きしめて、眠るまで髪を撫で続ける鷹巨。

 寝る時はいつもこうで……
そのたび揚羽は、きつく胸を締めつけられる。

 朝を迎えて、その腕から出なければならないように。
この関係もいつか終わりを迎えて、その温もりから離れなければならないからだ。

 そう、裏の世界に身を置く犯罪者の揚羽と、表の世界に身を置くエリートの鷹巨では、あまりに住む世界が違うため。
2人が共に歩む未来などあり得なかったのだ。

 だとしたら少しでもお互いのダメージが少ないうちに、別れるのが賢明で……
それなら軽はずみに付き合わなければよかったと、流された自分に今さら後悔が押し寄せる。


 そうしてるうちに、時間だけが過ぎ……
久保井が携帯を解約して、また姿を消したらどうしようと。
焦った揚羽は覚悟を決めて、行為に踏み切る事にした。

 さらにその事で、鷹巨と別れるいい機会だとも考え。
さっそくその話を切り出した。

「あのね、鷹巨。
実は、今度のターゲットとはどうしても寝なきゃならなくて……
でも、当然嫌よね?」

 目を大きくして動揺を覗かせる鷹巨に、胸が痛くなる揚羽。

「……相変わらず正直だね、聡子は。
言わなきゃバレないのに……」

「この仕事を知ってる相手に、隠す必要はないからね」

「だからって……
彼女にそんな事言われて、いいよって言う男がいる?」

「わかってる、だから」
別れましょ?
そう続けようとした矢先。

 それを察した鷹巨は「条件がある」と遮った。

「……条件?」

「うん。
そういう仕事だってわかった上で好きになったから……
嫌だけど、今回は我慢する。
その代わり、それで最後にしてほしい」

「無理よ。
そんなの約束できないわ」

「だから、そうじゃなくて。
その件が片付いたら詐欺師を辞めて、俺の奥さんに転職しない?」

 思いもよらない言葉に……
一瞬きょとんと固まる揚羽。
だけどすぐに、胸がありえない力で掴まれる。
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