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よつば猫

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9月ー1

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 それから1カ月が過ぎて……
暑さも和らいだ、9月のある日。

 ずっとソファで眠ってた俺は、不覚にもテレビや電気を付けっ放しで寝てしまう事があって、その日もそうだった。

 とはいえ眠りは浅く、人の気配を感じた矢先。
テレビが消されたのか、静けさが訪れて……
髪に何かが触れたと同時、そこをそうっと撫でられた。

 途端、目を開けてバッと上半身を起こすと。
驚き顔の結歌が映る。

 キミが触れて来た状況と残る感触に、思いのほか強く反応する胸が……
腹立たしい。

「何?」
拒絶を示す冷淡な口調と視線で問いかけた。

 キミは少し戸惑ったあと、微笑みを浮かべて首を振る。

 笑いやがった……
こんな状況で何考えてんだ?
気味悪い女だ。

 なのにその笑顔だけは相変わらず、嫌になるくらい鮮やかで……
それを向け続けてるキミに、憎しみを込めて睨み返した。

 いっそ存在ごと無くなれよ。


 どうしょうもなく大好きだったキミの笑顔は、あまりにも眩し過ぎて……
きっと、その影を見えなくしてたんだ。

 そして女への憎しみは、いつしか俺の心を蝕んでて……
その最後の笑顔に、どんな思いが込められてるかなんて、知ろうともしなかった。



 翌日。
いつも通りに起きて、いつも通りに仕事して、いつも通り遅い帰宅をすると……
キミがその痕跡ごと消えていた。

 やっと出て行ったのか……
鍵はドアポストに返されてて。
テーブルには1冊の本が置かれてた。

 そうか、今日は俺の誕生日だったな……
この期に及んで何のつもりだ?

 1年前の今日を思い出す。






「ヘパ飲んだか?
今日はお前が主役なんだから、しっかり気合い入れろよ~」

「わかってる。
まぁ気合いもそうだけど、精一杯楽しむよ」

 誕生日なんかどうでもいい。
けどホストにとっては最大のビッグイベントだ。

「楽しむ、か……
お前の接客スタイルがイイ感じに変わって、せっかく伸びて来たのに。
今日で最後とか勿体無いよな」

 寂しそうな巧に、苦笑いを返した。
今日は俺のバースデーイベント兼、引退のラストイベントでもあった。

「お前には感謝してるよ……
次の仕事が決まったら部屋も出てくから、それまではよろしくな?」

「水臭い事ゆーなよ!そんなの気にすんな?
むしろ旨いメシ食えなくなって困るくらいだ」

「メシの為かよ」

 俺は巧の賃貸マンションに、ルームシェアさせてもらってた。
金銭的負担を軽くする為と、客が家に来るのを防ぐ為に、巧から提案されたんだけど。
それだけじゃなく。

 俺の過去を知ってる巧は……
未来に何の期待もなく、帰る家もない俺を、心配してくれたんだろう。

「結歌ちゃんとは明日会うんだろ?
今日過ごせない事、寂しがってなかったか?」

「どーかな。
むしろ明日からの事を楽しみにしてた気がする」

 結歌から、ホストの仕事に不満を言われた事はない。
けどやっぱり嫌だろうし。
昼と夜、平日休みと日曜休みのすれ違いで、寂しい思いをさせて来たのは事実だ。

 だからホストを辞めて、昼の仕事を見つけて、一緒に暮らして……
これからは、めいっぱい側にいる。
むしろ俺の方が、もっと一緒に居たくて堪んなかった。

「よし。
最後の大仕事、頑張りますかっ」

「準備万端か?
俺も最高のアシストに気合い入れますかァ!」






「罪歌くん、誕生日おめでとう~!
あと、今までお疲れ様っ」

「藤子ママ!
来てくれたんですかっ」

「当然でしょお?
もう一人の息子みたいなもんなんだから」

 藤子ママは巧の母親だ。
けっこう有名なラウンジのママをしてて、巧はその影響でこの世界に入った。

「罪歌、ココは放置でいーから他卓回れよ」

「まぁ!可愛くない息子ね。
でも罪歌くん、この席はほんとに気にしなくていいからね?」

「すいません、ありがとうございます」

 藤子ママと巧の厚意はかなり助かる。
Wイベントだから、思った以上の目まぐるしさで接客が回らない。


 そんな忙しさの中。

「うわ、罪歌くんカッコいいっ!
殿様みたいっ」
目を疑う指名客。

「何で、来たんだよ……」

 驚く俺をお構い無しに、キミは続ける。

「白の袴すっごく似合ってる!
紺のグラデーションもいーねっ」

「なぁ結歌、明日ゆっくり会おうって言ったよな?」

「言ったけど……
来ちゃダメだった?」

「ダメとかじゃなくて、わざわざ金使う必要ないだろ?
それに今日は忙しくて、ほとんど構ってあげられないし」

「あ~、いーのっ。
そんなの解ってるから気にしないでっ?
ただぁ、5分だけ!
5分だけ居てもらってもいーかなぁ?」
そう言ってキミは、紙袋から箱を取り出した。

「ジャ~ン!
誕生日おめでとーございまぁすっ」
お祝いの言葉と同時に、箱から現れたのは……
豪華なフルーツタルト。

「旨そっ。
つかフルーツ激盛りだね」

「そーだよっ。
柿をメインに、バナナ、桃、リンゴ、オレンジ、グレープフルーツ!
さてなんの為でしょう~?」

「え、いきなりクイズ?
えーと、豪華にする為?」

「ブッブ~!
それはこっちのメロンとイチゴですっ」

「えっと、じゃあ……」

「答えは!
悪酔いとか二日酔いを軽くする為でーすっ。
ささ、食べて食べて~」

「答え言っちゃう?
でもちゃんと考えてくれたんだ……
ありがとう。
じゃあさっそく、頂きます」

 差し出されたフォークを、ワンホール状態のタルトに直接突き刺して。
溢れるほどのフルーツから順に、タルト生地まで頬張ると。
口の中に、爽やかな甘さとアーモンドの風味が広がる。

「うまっ!
俺、普段はフルーツタルトとか食べないんだけど、これヤバイ」

「ほんとっ?よかったぁ~。
今までの道……罪歌くんの好みを分析して、好きそうな感じに仕上げたんだぁ」

「え、これ結歌の手作り?」

「もちろん!
伊達にスイーツカフェで働いてるワケじゃありませんっ」

 どうしよう……
嬉しすぎて仕事の顔が保てない。

「2人ともまずは乾杯して下さいよっ。
俺、喉渇いちゃって」

「瞬、お前偉くなったもんだな」

「いーじゃん!
ほんとだっ、乾杯しなきゃね」

 改めて誕生日おめでとうと、乾杯してすぐ。
瞬がフルーツタルトを指差した。

「俺もひと口いっすか?
あ、イチゴのトコがいーです」

「ダメ。
どこまで図々しいんだよ」

「罪歌くんケチケチしなーい!
どうせ1人じゃ食べ切れないでしょ?」

「食うよ。
他の奴にはやらねぇよ」

「そんなコト言わないのっ。
おめでたい事はみんなでシェアしなきゃ!」

 でも結歌に関する事は、全部独り占めしたい。
とはいえ渋々OKすると。
そのタイミングで、内勤(ボーイ)から移動を促された。
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