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二部【学園編】

ヤらないってば

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さて。

先日恥を忍んで『この耳飾りが目に入らぬか』作戦を決行したわけだけど、俺たちが流したそのネタよりもジャイルズが撒いた噂の方が広がるのが早かったようだ。噂の元になったジャイルズはと言うと、剣術の授業の翌日から見かけない。ミッチによると何日か続けてサボるのは良くある事らしい。

あれから数日経過して、個人や団体、学年問わず、何度かヤらないか、なお誘いがあった。その度にミッチやデズモンドが追い払ったり、役どころをお気に召したニコールの協力でまたパフォーマンスをしたりして、つつがなくお断りを続け、とある日の放課後。

「い、いてえ…」

「…うぅ……」

俺は校舎裏で、動けなくなった5人組の団体さんを見下ろしてため息をついていた。
2人ほど呻いているが、3人は意識がない。俺は自分に防御結界を張っているだけで彼らに指一本触れていないのだけど、これも過剰防衛と言われてしまうのだろうか。

「人数がいれば、力でどうにかなると思っちゃうものなのかな…」

5人組は俺を妬んで泣かせたい人と、性的に啼かせたい人の混合チームだった。いずれにしろ、後先を全く考えていない短絡さには辟易する。俺を泣かせたらもっと恐ろしいところから報復が来るんだよ?泣かないけどね。

「…なんだ。助けようと思ったら、終わってたか」

「えっ」

言葉と同時に、俺は後ろから広い胸に優しく抱きしめられていた。
知らない声だ。って、あれ、待って。俺まだ防御結界切ってない。どうしてこんな簡単に触られてるんだろ。

「あ、あの」

「…ん?ああ、俺は騎士科2年のザカライア=ウルヴァス。ザックでいいよ」

背中に感じる体格はジュードを二回り大きくしたくらい。この人多分2メートルくらいある。っていうかウルヴァスって公爵家じゃなかっただろうか。いや、いくら公爵家でもいきなり後ろから抱きしめるのはよくない筈だ。
でも太い腕は俺を緩く囲っているだけなのに、隙が無くて抜け出せない。イヤーカフが発動しないから、俺を攻撃する意図はないとわかるけど、知らない人にいきなりくっついてくるとか意味が分からないし。

お、落ち着け俺。とりあえず防御結界どこいった。

「…中和、してる……?」

腹の前で交差している腕をよく見ると、俺の防御結界と同量の魔力を発して相殺しているようだった。「正解」と笑う声が髪を揺らして、一体何のつもりかと背後をうかがう。残念ながら体格差のせいで首しか見えなかった。
むむむ、何だか悔しいので、結界の魔力を上げてみる。するとザカライアと名乗った男も、結界に弾かれないよう中和する魔力を合わせてくる。騎士科って言ったけど、なんて精密な魔力操作と魔力量。魔法科でもトップを狙えそう。

「君の魔力は気持ちいいね。1年の編入生くん」

「…ソーヤ=ムラカミ、です」

俺は不愉快ですけどね、と心の中で悪態をつきつつ、今度は一気に魔力の出力を上げてみた。
困った時は力押し。ライラ師匠のアドバイスを胸に、自分が危なげなく制御できる魔力量の8割くらいまで、防御結界に振り分ける。

「おっと、すごいな。降参だ」

パシ、と軽い静電気の音がして、まだ余力を残していそうなザカライアが俺を離して両手を上げた。密着していたせいで俺にもちょっと電気が来て、痛かったけど、解放されてほっと息をつく。

「助けてくれようと思ってもらえたのはうれしいですが、いきなり抱き着くのは失礼だと思います」

振り向いて、精一杯きりっとしたつもりだったが、顔を見るためにはかなり首を反らさなくてはならなかった。1歩下がってようやく頭のてっぺんを視界の中に収める。ほんと大きいな、この人。

「ごめんごめん。ちょうど抱きしめやすいサイズだし、君を覆う魔力がきれいだったんで、つい、ね」

悪びれもせずに笑うザカライアは、確か騎士団長の息子だったはず。髪色は濃い目のアッシュブラウン、瞳は青みがかったグレー。筋骨たくましく見た目はいかにも騎士っぽいが、俺の魔力が見えるってことは魔眼持ちな上、人の結界を中和するなんていう繊細な魔力操作も使う。魔法も相当できそうだ。
それにしても抱きしめやすいサイズって。この人から見たら、大抵の人はそうなるんじゃないだろうか。ぬいぐるみ的な感じなのかな。

「…っひ、ザ、ザカライア様がなんで…?!ちがうんです、これはっ」

すっかり忘れていたけど、俺を囲んだ団体の内意識のあった1人が、ザカライアを見て狼狽えている。
言い訳がましく「元はと言えばこいつが」とか言って、1ミリも悪くない俺を指差している人を、ザカライアは冷たい瞳で見下ろしていた。学年や科の違いはタイの色で表される。団体さんはタイを外していたので俺にはどこのどなたかサッパリだが、ザカライアは知っているのだろう。

「大丈夫。上で、最初から見ていたからね。お前たちが全部悪いのはよく分かっているよ」

そう言われた男は「ヒッ」と喉を引攣らせるような息を吸い、尻餅をついたまま後ずさる。
俺は上からってどこだろうと、壁に沿って視線を上へと巡らせた。3階あたりの高さに、あまり大きくはない窓がいくつか並んでいる。あそこかな。
あんな所から見知らぬ下級生を助けに来てくれたのか、と感心しそうになり、いや、窓開けて止めてくれるだけで良かったんじゃないか、と思い直す。悪い人じゃないと思うんだけど情報が足りない。ミッチかネイト来ないかな。

「…キミ、聞いてた?」

「え?はい?俺ですか?」

ぽかんとしてザカライアを見上げると、彼は苦笑して「こいつら逃げないようにできる?」と聞いてきた。俺が頷いて魔力を練る間に、「学園側には連絡済みだから、警備兵が来て回収するまでここに転がしておく」という話になっていたと教えられる。

「はい、麻痺どうぞ」

「う、が…っ!」

逃げようとしていた2人と、念のため倒れたままの3人に、セス直伝の麻痺魔法をプレゼント。これでしばらくは動けないだろうから、警備兵さんにたっぷり怒られればいい。

「…詠唱もしないんだな」

「詠唱……してる人、見た事ないです」

強いて言えば、『麻痺どうぞ』が詠唱に当たるかも。詠唱は魔法に集中してイメージを高めるために行うらしいけど、魔術師団ではやる人いないし、ミッチも防音結界しか見た事ないけどごく自然に発動している。残念ながらまだ魔法の授業は座学ばかりで、他の生徒がどんなふうに魔法を発動するのかわからない。

「そうか、たいしたもんだね。うらやましいな」

ザカライアは倒れている団体さんに視線を移し、どこか沈んだ声で呟いた。

「俺、防御結界中和されたの初めてです。無詠唱より、ザカライア先輩の魔力操作の方がよっぽどすごいと思いますよ?」

あれだけ制御できるなら、無詠唱なんて朝飯前だろう。魔力量も相当ある。

「いや、俺は…剣術ばかりで、な。魔法は全然学んでないんだ」

「え、もったいない。魔眼持ってて魔力量多くて魔力操作も精密なのに。魔術師団にだって即入団できると思います」

俺が言い募るとザカライアは一瞬驚いて、それから嬉しそうに「ありがとう」と言って笑った。
背が高くて屈強な体躯はそれだけで威圧感があるけど、柔らかい話し方とか笑った顔とか、なんだかかわいげのある人だ。

「帰るなら門まで送るよ。魔術師団の話も聞いてみたいし。興味はあるんだが、騎士科にいると馴染みがなくてね」

エスコートするように手を差し出され、どうするか迷う。
送ってもらうのはいい。校舎の裏になんか用はないし、この人もそうだろう。ただ結界を解除して、その手を取るわけにはいかない。考えた挙句、俺はザカライアの斜め後ろで立ち止まり、巨体を見上げて「では馬車用の門まで」と頷いた。ザカライアはくすりと笑んでから、手を引っ込めてゆっくりと歩き出す。

「本当はベッドの中で話したいけどね。それはまた今度かな」

「…いや、今度も何も、そういうのはナシですから」

ザカライア、お前もか。
からかう口調に条件反射のように言い返して、俺は小さく息を吐いた。いくら性的にあけすけな世界とはいえ、あいさつ代わりに誘いをかけてくるのってどうなんだろう。
誰に言われたって、ヤらないんだからね。
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