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ここはどこ
しおりを挟む身体は眠っているのに意識はある──。
俺は今そんな状態だった。
コツ、コツ、コツ、と、規則的な靴音に合わせて体が上下する。
その振動や何やらから推測すると、腹のあたりを片腕で抱えられ、持ち運ばれているみたいなのだが。
あれ?俺そんな軽くないよね?
背だって特別高くはないけど、175はあったよ?
体重だって60キロ近くあるはずだよ?
「あ、あの、団長。お荷物お運びしましょうか…?」
おずおずとかけられた声は、すぐに遠ざかった。靴音は止まらない。
団長、と呼ばれた俺の持ち主(仮)は、誰かの気遣いをガン無視して歩き続けた。
ええと、どういう状況ですかね、これ。
俺はバイトの後センパイに誘われて、それから─。
「俺だ」
かくん、と体が揺れて、靴音が止まる。
言うと同時にバンと音がして─ドアを開けたらしい─その渋い声が、怒涛の勢いで俺の記憶を呼び覚ました。
呼び覚まされて思い出した、が。
本当にあった事だとは思えないし、思いたくない。
センパイ襲来からの廃墟ワープで、知らないイケオジと数え切れないほどセックスしたとか、夢や妄想にしてもあり得んわ。ないわ。マジでないわー。
「団長─?なんですか、それ」
「異世界人を召喚しちまったらしい。お前、面倒見ておけ」
必死で現実逃避する間にも、状況は進む。
俺の体は、何かソファのような柔らかいものの上に放り投げられた。
──って俺、異世界人?!
「異世界人?!あなた、何をやっているんですか」
あ、被った。
イケオジじゃない方の声の人に全面同意。
何やって、いや、ナニしてくれたんだイケオジ!
異世界人を召喚した、って言われるって事は、やっぱりさっき思い出したアレやコレやソレ、夢じゃなくて現実なの?
っていうか、そろそろ起きたい。起きて、俺。
名前も知らないおふたりさんに、現状説明を要求する。
そう思うのに、俺の体はまぶたひとつ動かない。
意識はあるのに、体が1ミリも自由にならない。
まさか俺、死んでないよね?!
「眠らせてある。当分起きん」
あ、ソウナンデスネー。どうやってか知らないけど、眠らされてるんデスネー。
絶妙なタイミングでお答えありがとうゴザイマスー。
とりあえず、俺は自分が生きている事と、あの薄汚れた廃墟に捨てられなかった事は理解した。
布か何かでぐるぐる巻きにされて、『お荷物』と称されるザマだけど、イケオジじゃない声の人が面倒見てくれそうなのでひと安心。
たった1枚辛うじて着ていたシャツは、イケオジに剥ぎ取られてしまったし。
マッパで異世界に放置とか、それなんて無理ゲーだっつの。
「団長、マントはどうしますか?」
パサ、と布が頬を撫で、閉じた瞼の向こうが明るくなった。
マント──ああ、イケオジ、マント着てたわ。真っ黒い長いやつ。あれかっこよかったな。
「……これは……ずいぶん情熱的だったんですねえ…」
呆れたような、笑いを含んだ声の主が、俺の鎖骨のあたりをつつーっと撫でる。
おぅ、それくすぐったいから。
ってか情熱的ってなに、と考えて、首とか胸とか、イケオジに吸われまくったのを思い出した。
あれか、キ、キスマーク見られてるのか、今!
やめて!見ないで!!
「……ン…」
心の中では叫んでいるのに、俺の口は開かず、鼻から間抜けな声が出ただけだった。
頭の上からはイケオジじゃない方の人の、クスクスと笑う声がする。
「…ふん、頼んだぞ」
コツ、コツ、コツ、言うだけ言って返事も待たず、イケオジの足音が遠ざかっていく。来た時と同じようにガチャバタン、とドアを開けて閉めて、気配が完全に消えてしまった。
「…まったく、相変わらず何やらかすかわからない人ですねえ」
ああ、この人の言い方だと、イケオジはこの世界でのスタンダードってわけじゃないみたいだね。よかったー。
夜の廃墟で異世界人召喚した挙句、素性も聞かずにズンドコするのが当たり前だったら怖すぎるわ!
「仮眠室にでも寝かせておきましょうかね」
ふわりと体が宙に浮く。
うん、これはお姫様抱っこだな、多分。イケオジといい、この人といい、異世界の人はみんな怪力か。
まあ、とりあえずは、身の危険はない、みたいだ。
俺の意識はここでようやく緊張を解いた。
体はずっとグースカ寝てるから、見た目緊張感ゼロだけど。
隣室と思われる、紙とインクの匂いが濃い部屋で、ベッドの上にそっと降ろされる。
形の良さそうな長い指が、乱れているであろう俺の前髪を撫でつけた。
「おやすみなさい」
─ハイ、おやすみなさい。
どっと押し寄せる疲労感に身をまかせ、俺はもう一度、意識を閉じた。
◆────────────────────────────────────◆
ことり日記(本編とは何の関係もありません)
ある日、新卒の営業しろくまくんが言った。
「ことりさん…ぼく、スーツのお尻、破けちゃいました…」
「な…(º﹃º)!」
22歳の尻…!
いやいやいや、ここはひとつ大人の余裕で、と、気を取り直すより早く、ことりを押しのけいわとびペンギンのおっさんが飛び出してきた。
「ハァハァ、し、しろくま君っ、尻が破けたってどのくらい?どっからどこまで?ちょちょちょおじさんに見せてごらん?」
「ちょ、おっさん引っ込め。しろくまくん、それは安全ピンとかでなんとかなる程度?」
いわとびペンギンを突き飛ばし、ことりはずずいと前に出た。
見せろ、さあ見せろ、と言ってしまいそうな気持ちを押さえ、あてくしが何とかしてあげてよ?という表情をとりつくろう。
「全部です」
「「は?」」
いわとびペンギンとことりの声は、完全に被った。
「上から下まで、全部いきました」
ことりは22歳のおしり丸見えを妄想し、フリーズしてしまう。
そこはやはり年の功か、いわとびペンギンのほうが立ち直りが早かった。
「しろくまくん…ちょっと後ろ向いて、ジャケット少しまくってごらん?」
「おっさんエロいわ!」
「いやだってことり、22歳の尻だよ?!」
「おっさんはアタシか!」
もめているダメな鳥類にかまわず、しろくまくんは素直に尻を向けた。
そしてすすっと、スーツのジャケットをめくりあげる。
「YAAAAAHOOOOOOOOOO!!ぷりケツ!パンツ!イエス!!」
「しろくまくんパンツ派手だな!!」
いわとびペンギンより出遅れた挙句、わりとまともなツッコミをしてしまったことりは、「変態度でおっさんに負けた…」と半日落ち込んでしまったのだった。
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