おっとり少年の異世界冒険譚

31話

『あのひと何なんですか！何なんですか！！何なんですかもぉ～～！！！』
「わ、ちょ、シャールっ、どうしたのっ」

人目がなくなった途端、シャールが爆発した。
喋れなくてストレスだったのかと思いきや、薫が怖いのだという。
『こっちに来たばかりなのに、格が上すぎるんですよっ』
「さすが兄さまだね」
玲はうれしそうに笑って、大きな天蓋付きのベッドに腰掛けた。
ここは王女殿下が滞在するための立派なお屋敷で、「弟と水入らずで、静かなところで話したい」と言った薫のために、一室用意してくれたのだ。
薫と一緒に寝るのは2年ぶりなので、玲はご機嫌である。
『レイに対して、底なしなんですよ？！その分世界の評価は天井知らず…ちょっとレイ、聞いてます？！』
「え、うん。兄さますごい、って話だよね？」
『だめだこれーーー！』
シャールが絶望に頭を掻きむしった時、「おーい。れーい」と言いながら五月が部屋に入ってきた。
『心の友ぉおおおおお』
「おっ、やっぱりお前もしゃべるんだなー」
びたん、と勢いよくしがみついたシャールを受け止めて、五月はその背中をよしよしと撫でてやる。
「玲、俺、薫さんの護衛っつうか従者枠になったから。使用人部屋行くわ」
「…そうなの？なんだかさみしいな…昔は3人でお昼寝とかしたよね」
「あーーーーー、俺がお前んちにいた、3歳までな。薫さん俺が起きてようとお構いなしに、玲にべろちゅーしてたけどな」
『なにそれコワイ』
「目が合うとニヤって笑うんだよ。あん時薫さんだって8歳だぜ？見ちゃいけないもんだと思って、必死で目ぇつぶってたわ」
ははは、と乾いた笑いを零す五月の頭を、ビミョーな表情のシャールがてちてち叩いた。二人の間には熱い友情が芽生えている。
「…薫さんはどうしようもない変態だけど、バカの方に完全に振り切ってるけど…玲の嫌がることはしないと…たぶん……まあ、その、がんばれ」
「五月…」
死んだ魚のような目で励ましてくる親友に、なんと返したらいいかわからず、玲はあいまいに頷いた。
今日の薫は、3人でお昼寝をしてたような頃とは違う。いや、根本的に薫は1ミリも変わっていないが、10歳の時交わした、ひとつになる、という約束を果たすことになるのだろう。
玲は今更どきどきしてきた胸を押さえながら、部屋を出ていこうとする五月に声をかけた。
「あの、巻き込んでごめん……でも、五月がいてくれて、心強くて、うれしいんだ…きてくれて、ありがとう」
「…ああ」
扉の向こうに消えていく五月の肩の上で、シャールもひらひらと手を振っていた。
あれ？シャール、なんで？と玲が首をかしげていると、入れ替わりに薫が戻ってくる。
「おかえりなさい、兄さま。それ、どうしたの？」
薫はその手に、映像記録用と音声記録用の魔道具を持っていた。
「ただいま、玲ちゃん」と言いながらそれらを扉のそばのミニチェストの上に置くと、薫はぎゅっと玲を抱きしめた。そしてちら、と魔道具を振り返る。
「ハメ撮り用にミラさんがくれたんだけど、映像と音声別々っていうのがネックだよね。正直使えないな」
「はめ…？」
きょとんとした玲の頭を、薫が機嫌よくにこにこしながら撫でる。
「映像・音声ともに同時録画、同時再生できるようにしたいな。玲は魔法創造できるんだっけ？現代知識で魔道具開発なんかも良さそうだね」
「ビデオカメラとかスマホみたいなの？便利だし、おもしろそう。僕、考えてみるね！」
バインディーディアは綺麗で広いから、スマホがあればいろんな景色を写真に撮ったり、誰かに送ったりできる。玲はわくわくしながら薫の首に飛びついた。
「玲ちゃんはいいこだね」
口づけを降らせながらほくそ笑む薫の真意を、玲はまだ知らない。
「さて玲ちゃん、兄さまと一緒にお風呂に入ろうか」
「うん！」
薫にひょいと抱き上げられた玲は、喜んで頷き頬ずりをした。
薫とお風呂も2年ぶりなのだ。うれしくないはずがない。
その無邪気な様子に、薫は少々意地の悪い笑みを浮かべた。
「たっぷりと、包み隠さず、話してもらうよ？兄さまがもらえなかった、玲ちゃんの初・体・験」
「ふぇっ？！」
薫は真っ赤になった玲に、またついばむだけの口づけを繰り返しながら、室内に備えられた浴室へと足を踏み入れた。