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とある子爵令息の場合
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今、目の前で行われているのは、我が国の第一王子殿下による、婚約破棄/断罪劇場だ。
主演:アルバート第一王子殿下
ソイル侯爵家令嬢ヴァイオレット嬢
ロッツ男爵家令嬢フローリア嬢
話の筋書きとしては、
貴族学園に通われた王子殿下が、心優しい男爵令嬢と出会い、愛を育み、それを快く思わなかった王子殿下の婚約者である侯爵令嬢は、男爵令嬢に対して様々な嫌がらせを行い、しかし真実の愛に目覚めていた王子殿下は、それらを見事撃退。
国王陛下の御前で行われる学園の卒業記念パーティーにて、侯爵令嬢を断罪。婚約破棄すると共に、どさくさ紛れとその場の勢いで、男爵令嬢を自らの婚約者にしてしまおう。と、いうもの。
パーティー冒頭から、第一王子殿下が婚約者である侯爵令嬢ではなく男爵令嬢をエスコートして現れた事で、会場はただならぬ雰囲気となった。
やや遅れて、王子殿下お付きの近衛騎士ランスロール卿が、嫌がるヴァイオレット嬢を半ば引き摺る様な格好で会場入りした事で、より一層不穏な空気に包まれた訳で。
そして国王陛下が入室された途端、王子殿下は、腕を背中に捻り上げられた侯爵令嬢に対する断罪を始められた。
真実の愛とやらに目覚めた結果、侯爵令嬢本人に婚約破棄を迫り、相手にされないので陛下に直接訴える手段に出たと。
フローリアに対するヴァイオレット嬢の態度が、いかに酷いものであったかを無駄に良く通る声で…コホン。素晴らしく通る声で、ダラダラと…もとい、朗々と語っている。
周りの目?
どっちらけも良いところだよ。
気の毒そうに被害者を見ているが、誰もが巻き込まれては堪らないとばかりに壁に寄っている。
ああ…出来ればそっちに行きたかった…
被害者は男爵令嬢のほうじゃないかって?
普通はね。
第一王子殿下も、そのつもりなんだと思う。
ただ、それは学園に一度も来たことも無い、貴族の情報なんか、欠片も関係無く生きてきた人の抱く感想って奴だ。
少しヒントをあげようか。
ヒントその一
第一王子殿下は、王太子じゃない。
まあ、それでも王子様なのは間違いない。王族ってのは、貴族より更に血に拘るから、その美貌はそら恐ろしい位だ。
なのに、第一王子殿下のファンという女子は、多分フローリアだけだね。
ほら、なんとなく感じない?
残念臭って奴を。
ヒントその二
第一王子殿下のお付き武官。近衛のランスロール卿は、およそ周囲の人間から、人外呼ばわりされている変人だ。
因みにあだ名は『鉄腕ゴーレム』
何だろうね、人って、誰もが何かしら自分の意思ってものがあるでしょう?
それが、全く見当たらない。命令されたから、やる。それだけ。
そこに事の正否とか、常識は介在しない。
以前、第一王子殿下が退屈だから校舎の屋根から飛び降りろ、と命じたら飛び降りたという話は有名だ。
忠義?
違うと思うなぁ。
ヒントその三
フローリアに友人は多いが、女性は一人も居ない。
理由は、なんとなく判るよね?
多分、それで合ってる。
因みに、その事は学園では有名。入学したての子達ですら知っている。
ヒントその四
ヴァイオレット嬢は、陰湿な嫌がらせとかは絶対にやらないタイプ。
ちょっとつり目気味な美人だから、性格がきつく見えるけど、実は男女共に人気が高い。
それにしても、声が出てないのって、おかしいな。半ば引き摺られるみたいに連れて来られた時にも、たしか一言も発していなかった…
…もしかして薬でも使われたのかな?
あり得る…だとすると…
「どうした、流石にぐうの音もでないか!そうだろう、そうだろう。貴様の様な性根の腐った悪党には、天罰がくだるという事だな。」
ヴァイオレット嬢は口を開いては、咳き込んでいる。無音で。
これは決まりだな。
「天使の様なフローリアに対し、貴様は幾度も心無い言葉を投げつけたそうだな!やれ男友達と腕を組むな、身分が上の者に気軽に話しかけるな、廊下を走るな、音を立ててスープを啜るな、口に物が入っている時に喋るな、笑うときに口を大きく開けるな、ゴミを投げ捨てるな、散らかすな、窓から教室に入るな、本を人に投げつけるな、他人の物を持っていくな、他人のノートを破くな等と、いつもいつもギャンギャン煩く責め立ててくるから、天使の様なフローリアは、とっても苦しんでいたんだぞ!この悪魔め!!」
いや、それ、淑女として…と、言うか人として当たり前だから。特に他人の物を持っていくのは窃盗だろう。あと、他人のノート破いたのか…
「俺様とフローリアが初めて結ばれたあの日も、貴様の計略でお互いの部屋でもなく、街中の連れ込み宿で結ばれる羽目になったのだ!一体、何様のつもりだ!俺様と、天使の様なフローリアとの大事な記念日まで邪魔しおって!」
「それでも、フローリアにとっては忘れられない思い出ですわ。」
「なんと慎み深いんだ!我が天使よ!」
慎みって………
いや、それ、公衆の面前で言っちゃ駄目でしょう。
ほら、周囲が流石に凄く渋い表情に…
わー、陛下の方は見たくないなぁ。まあ、身分的にご尊顔を拝するのも畏れ多いから、見ないで置こう。
なんか、放っておいても陛下のお怒りが落ちて、片が付く流れだけど、まあ、仕方ない…
胃が痛いなぁ。後で薬煎じて飲んどこう。
さて…
「殿下、ちょっとよろしいですか?」
「あん?誰だ?お前は。」
「モーブ子爵家の次男で、アルスと申します。殿下に、絶対にお伝えしなくてはならない事態が発生致しましたので、無礼の程、ご寛恕頂きたく。」
「げ。」
「ん!?今、気のせいか変な声が…」
気のせいじゃ無いですよ、殿下。
殿下の腕の中で顔をひきつらせているフローリアが、声を漏らしたんです。
「まあ、いい。なあ、今でなくてはならんのか?見て分かる通り、今いいところなんだが。」
「申し訳ありません。今、この場で絶対に申し上げなくてはならない事でして。」
「あ、あの、殿下…」
「おお、フローリア。我が天使よ。済まないがこの男も大事な用の様だ。少しだけ、待っていておくれ。」
こういう所は、王族としても立派なんだけどね。下級貴族の次男に話しかけられて、まともに相手してくださるなんて、本来有り得ないよ。
第二王子派が阿呆になる様に教育係の選出に工作したってのは、あながち噂話だけじゃ無さそうだね。
成績だって、悪くないと聞いた事がある。
まあ、言っても仕方ないけど婚約者に支えて貰えていれば、巻き返しも出来たかも知れないのに。
「それで、話とはなんだ?」
「はい。それは、そこに居るロッツ男爵令嬢についてです。実に申し上げ辛いのですが、今のままでは殿下は彼女と婚約は出来ません。」
「な!?」
「申し上げます。ロッツ男爵令嬢フローリアは、私こと、モーブ子爵家次男アルスの許嫁でございます!」
「な、な、な、な、な………」
王子絶句。
フローリア蒼白。
他の人達は、揃ってポカーンとしている。
そりゃ、そうだ。
「お、お前…」
「判っております。しかし、この婚約は、いえ、実際にはフローリア成人の日を持って、既に婚姻が成立してしまっているのです。これは我が祖父がロッツ男爵家先代と交わした約定であり、貴族院に届け出がなされ、陛下の承認が成されてしまっている事実なのです!」
我が国の成人は16。
新年を持って成人が認められ、そして貴族学園を卒業するのだ。
つまり、卒業記念パーティーの今日の段階でフローリアは成人している。
恨むよ。じいちゃん。
「そ、それは確かなのか?」
「いえ、それは…!」
「確かでございます。」
否定しようとしたフローリアの声を遮ったのは、私では無かった。
ランスロール卿だ。何で、彼が答えるんだ?と、思わず凝視してしまったが、未だにヴァイオレット嬢の腕を捻りあげているその顔に、一切の表情は無い。
もしかして、殿下が疑問を口にしたからか?
「…ば、バカな…」
「あの、殿下、ご、誤解です!」
フローリアが必死に呼び掛けているが、殿下は油の切れたゼンマイ人形の様な、実にぎこちない動きでランスロール卿の事を見て、フローリアを見て、私を見て、最後に陛下の方を向かれた。
「へ、陛下…」
「うむ。ランスロールよ。この件に関して、お前の知っている事を全て話せ。」
そこから先は、長かった。
ランスロール卿はヴァイオレット嬢の腕を捻りあげたまま、無表情で語り始めたのだ。
驚くべき事に、彼は自分が見聞きした光景、会話、手紙その他を実に情感たっぷりに表現した。
無表情で。
彼がフローリアの声色で話始めた時は、あまりのおぞましさに鳥肌がたった。
完璧に女性の声を真似する、無表情の騎士なんて悪夢そのものだろう。
静まり返った会場に、フローリアの非常識ぷりが暴露されていった。
本人がいつ寝たりしているのか判らないが、ランスロール卿は殿下の側に居なくても良い時。つまり殿下が眠っている時や、授業中などにあちこちに出向いては、フローリアの所業を探っていたのだ。
フローリアだけではない。ヴァイオレット嬢や、取り巻きの令嬢方、フローリアと親しくしていた令息、その従者、関係者に至るまで、調べ尽くしていたと言っても過言ではない。
彼が言葉を止めたのは一回だけ、殿下に言われてヴァイオレット嬢を解放した時だけだ。いや、みんな忘れているみたいだったから、私から殿下にお願いしたんだけどね。
途中まで必死に反論しようとしていたフローリアがガックリ項垂れ、と言うより、もう床に這いつくばって赦しを乞うのを通り越し、虚ろな笑みを浮かべたままブツブツと何事かを呟く様になる頃。
やっとランスロール卿の話は終わった。
夕方に始まったパーティーだったが、時刻は夜中に…いや、もう東の空が白んでいるね。
そして、陛下はいくつかの事をお決めになられた。
一つ。アルバート殿下とヴァイオレット嬢の婚約の解消
一つ。アルバート殿下の無期限の謹慎。
一つ。ソイル侯爵家への謝罪と賠償。
一つ。フローリアの捕縛と拘禁。
一つ。フローリアに加担した者の調査と捕縛。
一つ。ロッツ男爵家への査察。
フローリアの拘禁に関しては、王子と関係を持ったからだ。万一、身籠っていたりしたなら大問題だからね。
また、ランスロール卿の話で王子以外に合計8人の男友達とも、関係を持っていた事が判明している。
いやはや。凄いとしか言い様は無い。火遊びしたおバカさん達は、とんだとばっちりと言おうか、自業自得と言おうか。
まあ、バカなんだね。
ロッツ男爵家そのものが無くなるかどうかは判らないけど、お咎め無しにはならないだろう。お気の毒様だが、フローリアを放置していたんだから、仕方ないと諦めて貰うしかない。
結果的にヴァイオレット嬢は婚約者が居ない状態になってしまったが、醜聞とはならないだろうし、引く手数多だ。すぐ良縁に恵まれるのは間違いないね。
そして。
一つ。モーブ子爵家次男とロッツ男爵家令嬢の婚約及び婚姻は、これを無かった事とする。
よっしゃー!
厄介なシロモノを、押し付けられないで済んだー!
陛下、万歳!!
魂が抜け落ちた様な殿下や、ケタケタ笑いながら引き摺られていったフローリアなんかどうでもいいや。
こっちはヴァイオレット嬢の解毒するので忙しいんだ。
「ヴァイオレット嬢、声を出そうとしないで、頷くか、首を振って応えて下さい。何か飲まされましたか?刺激臭のする何かで口を塞がれましたか?…粉状の何かでしたか?…ふむ。色は判りますか?白かった?赤かった?…なるほど。少し喉に触れさせていただきたいのですが。」
…うわ。細くて、白くて、肌が…げふん。
「…小さなしこり…痛みはありますか?………大丈夫。間に合います。」
何てものを使ってるんだ!
「だれか、赤ワインを持ってきてくれ!ボトルでだ!ボウルも!早く!!」
使われてから、かなりの時間が経ってしまっている。これは少し、痛みがあるかもしれないな…
「ヴァイオレット嬢、少し苦しいと思いますが、この赤ワインでうがいして下さい。出来るだけ、喉の奥で。そして、ボウルに吐いて。嫌でしょうが、必要なのです。」
うわ、手を握られた…大丈夫。助けますよ。
「…頑張って!もう一回!…血の塊みたいなのが出なくなるまでやらないと駄目だ!……よし、もう少しだ。」
結構、掛かってしまったな…
後は…
「後は、グラス一杯分、ワインを飲んでおしまいです。よく、頑張りましたね。」
そう、喉の違和感が消えたら、ゆっくり息を吸って~吐いて~吸って~吐いて~。
声を出してみてください。
「はい、あ~~~」
「あ~…!?」
「はい、もう大丈夫です。貴女に使われたのは通称『紅マンドラゴラ』と呼ばれる毒です。」
「毒!?」
「もう出しきったから、大丈夫ですよ。モーブ子爵家は薬師の家系なのです。薬草栽培のロッツ男爵家とは、色々と付き合いがありましたから、使われた毒に見当が付きました……良かった、貴女が無事で。おっと。」
フラつく彼女を支えたら、しがみつかれた。
顔が赤いな…ワインでうがいだから、酔ったな。
フワッと薫る、髪?
それとも、彼女自身の香り?
いやいや、いかんって。
後は侍女さん達に任せよう。多分、今囲んでいるのって、侯爵家の人達だし。
「では、お休みなさいヴァイオレット嬢。良い夢を。」
努めて冷静に、相手を安心させる笑顔と口調で。いくらヴァイオレット嬢が魅力的でも、薬師として患者にドキドキしたなんて、表に出しちゃいけないんだから。
さて、めでたくババを引くのは回避出来たし、帰って祝杯上げて、寝よう。
アハハハハハハ!
陛下、ばんざ~い!
「アルス!アールス!!」
「なんです、父上。大声出して…」
「そんな場合じゃない!お前!何をやった!ソイル侯爵から、絶対にヴァイオレット嬢の婿に、と言ってきたんだぞ!!」
「…………………は?」
リンゴ~ン♪
リンゴ~ン♪
主演:アルバート第一王子殿下
ソイル侯爵家令嬢ヴァイオレット嬢
ロッツ男爵家令嬢フローリア嬢
話の筋書きとしては、
貴族学園に通われた王子殿下が、心優しい男爵令嬢と出会い、愛を育み、それを快く思わなかった王子殿下の婚約者である侯爵令嬢は、男爵令嬢に対して様々な嫌がらせを行い、しかし真実の愛に目覚めていた王子殿下は、それらを見事撃退。
国王陛下の御前で行われる学園の卒業記念パーティーにて、侯爵令嬢を断罪。婚約破棄すると共に、どさくさ紛れとその場の勢いで、男爵令嬢を自らの婚約者にしてしまおう。と、いうもの。
パーティー冒頭から、第一王子殿下が婚約者である侯爵令嬢ではなく男爵令嬢をエスコートして現れた事で、会場はただならぬ雰囲気となった。
やや遅れて、王子殿下お付きの近衛騎士ランスロール卿が、嫌がるヴァイオレット嬢を半ば引き摺る様な格好で会場入りした事で、より一層不穏な空気に包まれた訳で。
そして国王陛下が入室された途端、王子殿下は、腕を背中に捻り上げられた侯爵令嬢に対する断罪を始められた。
真実の愛とやらに目覚めた結果、侯爵令嬢本人に婚約破棄を迫り、相手にされないので陛下に直接訴える手段に出たと。
フローリアに対するヴァイオレット嬢の態度が、いかに酷いものであったかを無駄に良く通る声で…コホン。素晴らしく通る声で、ダラダラと…もとい、朗々と語っている。
周りの目?
どっちらけも良いところだよ。
気の毒そうに被害者を見ているが、誰もが巻き込まれては堪らないとばかりに壁に寄っている。
ああ…出来ればそっちに行きたかった…
被害者は男爵令嬢のほうじゃないかって?
普通はね。
第一王子殿下も、そのつもりなんだと思う。
ただ、それは学園に一度も来たことも無い、貴族の情報なんか、欠片も関係無く生きてきた人の抱く感想って奴だ。
少しヒントをあげようか。
ヒントその一
第一王子殿下は、王太子じゃない。
まあ、それでも王子様なのは間違いない。王族ってのは、貴族より更に血に拘るから、その美貌はそら恐ろしい位だ。
なのに、第一王子殿下のファンという女子は、多分フローリアだけだね。
ほら、なんとなく感じない?
残念臭って奴を。
ヒントその二
第一王子殿下のお付き武官。近衛のランスロール卿は、およそ周囲の人間から、人外呼ばわりされている変人だ。
因みにあだ名は『鉄腕ゴーレム』
何だろうね、人って、誰もが何かしら自分の意思ってものがあるでしょう?
それが、全く見当たらない。命令されたから、やる。それだけ。
そこに事の正否とか、常識は介在しない。
以前、第一王子殿下が退屈だから校舎の屋根から飛び降りろ、と命じたら飛び降りたという話は有名だ。
忠義?
違うと思うなぁ。
ヒントその三
フローリアに友人は多いが、女性は一人も居ない。
理由は、なんとなく判るよね?
多分、それで合ってる。
因みに、その事は学園では有名。入学したての子達ですら知っている。
ヒントその四
ヴァイオレット嬢は、陰湿な嫌がらせとかは絶対にやらないタイプ。
ちょっとつり目気味な美人だから、性格がきつく見えるけど、実は男女共に人気が高い。
それにしても、声が出てないのって、おかしいな。半ば引き摺られるみたいに連れて来られた時にも、たしか一言も発していなかった…
…もしかして薬でも使われたのかな?
あり得る…だとすると…
「どうした、流石にぐうの音もでないか!そうだろう、そうだろう。貴様の様な性根の腐った悪党には、天罰がくだるという事だな。」
ヴァイオレット嬢は口を開いては、咳き込んでいる。無音で。
これは決まりだな。
「天使の様なフローリアに対し、貴様は幾度も心無い言葉を投げつけたそうだな!やれ男友達と腕を組むな、身分が上の者に気軽に話しかけるな、廊下を走るな、音を立ててスープを啜るな、口に物が入っている時に喋るな、笑うときに口を大きく開けるな、ゴミを投げ捨てるな、散らかすな、窓から教室に入るな、本を人に投げつけるな、他人の物を持っていくな、他人のノートを破くな等と、いつもいつもギャンギャン煩く責め立ててくるから、天使の様なフローリアは、とっても苦しんでいたんだぞ!この悪魔め!!」
いや、それ、淑女として…と、言うか人として当たり前だから。特に他人の物を持っていくのは窃盗だろう。あと、他人のノート破いたのか…
「俺様とフローリアが初めて結ばれたあの日も、貴様の計略でお互いの部屋でもなく、街中の連れ込み宿で結ばれる羽目になったのだ!一体、何様のつもりだ!俺様と、天使の様なフローリアとの大事な記念日まで邪魔しおって!」
「それでも、フローリアにとっては忘れられない思い出ですわ。」
「なんと慎み深いんだ!我が天使よ!」
慎みって………
いや、それ、公衆の面前で言っちゃ駄目でしょう。
ほら、周囲が流石に凄く渋い表情に…
わー、陛下の方は見たくないなぁ。まあ、身分的にご尊顔を拝するのも畏れ多いから、見ないで置こう。
なんか、放っておいても陛下のお怒りが落ちて、片が付く流れだけど、まあ、仕方ない…
胃が痛いなぁ。後で薬煎じて飲んどこう。
さて…
「殿下、ちょっとよろしいですか?」
「あん?誰だ?お前は。」
「モーブ子爵家の次男で、アルスと申します。殿下に、絶対にお伝えしなくてはならない事態が発生致しましたので、無礼の程、ご寛恕頂きたく。」
「げ。」
「ん!?今、気のせいか変な声が…」
気のせいじゃ無いですよ、殿下。
殿下の腕の中で顔をひきつらせているフローリアが、声を漏らしたんです。
「まあ、いい。なあ、今でなくてはならんのか?見て分かる通り、今いいところなんだが。」
「申し訳ありません。今、この場で絶対に申し上げなくてはならない事でして。」
「あ、あの、殿下…」
「おお、フローリア。我が天使よ。済まないがこの男も大事な用の様だ。少しだけ、待っていておくれ。」
こういう所は、王族としても立派なんだけどね。下級貴族の次男に話しかけられて、まともに相手してくださるなんて、本来有り得ないよ。
第二王子派が阿呆になる様に教育係の選出に工作したってのは、あながち噂話だけじゃ無さそうだね。
成績だって、悪くないと聞いた事がある。
まあ、言っても仕方ないけど婚約者に支えて貰えていれば、巻き返しも出来たかも知れないのに。
「それで、話とはなんだ?」
「はい。それは、そこに居るロッツ男爵令嬢についてです。実に申し上げ辛いのですが、今のままでは殿下は彼女と婚約は出来ません。」
「な!?」
「申し上げます。ロッツ男爵令嬢フローリアは、私こと、モーブ子爵家次男アルスの許嫁でございます!」
「な、な、な、な、な………」
王子絶句。
フローリア蒼白。
他の人達は、揃ってポカーンとしている。
そりゃ、そうだ。
「お、お前…」
「判っております。しかし、この婚約は、いえ、実際にはフローリア成人の日を持って、既に婚姻が成立してしまっているのです。これは我が祖父がロッツ男爵家先代と交わした約定であり、貴族院に届け出がなされ、陛下の承認が成されてしまっている事実なのです!」
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つまり、卒業記念パーティーの今日の段階でフローリアは成人している。
恨むよ。じいちゃん。
「そ、それは確かなのか?」
「いえ、それは…!」
「確かでございます。」
否定しようとしたフローリアの声を遮ったのは、私では無かった。
ランスロール卿だ。何で、彼が答えるんだ?と、思わず凝視してしまったが、未だにヴァイオレット嬢の腕を捻りあげているその顔に、一切の表情は無い。
もしかして、殿下が疑問を口にしたからか?
「…ば、バカな…」
「あの、殿下、ご、誤解です!」
フローリアが必死に呼び掛けているが、殿下は油の切れたゼンマイ人形の様な、実にぎこちない動きでランスロール卿の事を見て、フローリアを見て、私を見て、最後に陛下の方を向かれた。
「へ、陛下…」
「うむ。ランスロールよ。この件に関して、お前の知っている事を全て話せ。」
そこから先は、長かった。
ランスロール卿はヴァイオレット嬢の腕を捻りあげたまま、無表情で語り始めたのだ。
驚くべき事に、彼は自分が見聞きした光景、会話、手紙その他を実に情感たっぷりに表現した。
無表情で。
彼がフローリアの声色で話始めた時は、あまりのおぞましさに鳥肌がたった。
完璧に女性の声を真似する、無表情の騎士なんて悪夢そのものだろう。
静まり返った会場に、フローリアの非常識ぷりが暴露されていった。
本人がいつ寝たりしているのか判らないが、ランスロール卿は殿下の側に居なくても良い時。つまり殿下が眠っている時や、授業中などにあちこちに出向いては、フローリアの所業を探っていたのだ。
フローリアだけではない。ヴァイオレット嬢や、取り巻きの令嬢方、フローリアと親しくしていた令息、その従者、関係者に至るまで、調べ尽くしていたと言っても過言ではない。
彼が言葉を止めたのは一回だけ、殿下に言われてヴァイオレット嬢を解放した時だけだ。いや、みんな忘れているみたいだったから、私から殿下にお願いしたんだけどね。
途中まで必死に反論しようとしていたフローリアがガックリ項垂れ、と言うより、もう床に這いつくばって赦しを乞うのを通り越し、虚ろな笑みを浮かべたままブツブツと何事かを呟く様になる頃。
やっとランスロール卿の話は終わった。
夕方に始まったパーティーだったが、時刻は夜中に…いや、もう東の空が白んでいるね。
そして、陛下はいくつかの事をお決めになられた。
一つ。アルバート殿下とヴァイオレット嬢の婚約の解消
一つ。アルバート殿下の無期限の謹慎。
一つ。ソイル侯爵家への謝罪と賠償。
一つ。フローリアの捕縛と拘禁。
一つ。フローリアに加担した者の調査と捕縛。
一つ。ロッツ男爵家への査察。
フローリアの拘禁に関しては、王子と関係を持ったからだ。万一、身籠っていたりしたなら大問題だからね。
また、ランスロール卿の話で王子以外に合計8人の男友達とも、関係を持っていた事が判明している。
いやはや。凄いとしか言い様は無い。火遊びしたおバカさん達は、とんだとばっちりと言おうか、自業自得と言おうか。
まあ、バカなんだね。
ロッツ男爵家そのものが無くなるかどうかは判らないけど、お咎め無しにはならないだろう。お気の毒様だが、フローリアを放置していたんだから、仕方ないと諦めて貰うしかない。
結果的にヴァイオレット嬢は婚約者が居ない状態になってしまったが、醜聞とはならないだろうし、引く手数多だ。すぐ良縁に恵まれるのは間違いないね。
そして。
一つ。モーブ子爵家次男とロッツ男爵家令嬢の婚約及び婚姻は、これを無かった事とする。
よっしゃー!
厄介なシロモノを、押し付けられないで済んだー!
陛下、万歳!!
魂が抜け落ちた様な殿下や、ケタケタ笑いながら引き摺られていったフローリアなんかどうでもいいや。
こっちはヴァイオレット嬢の解毒するので忙しいんだ。
「ヴァイオレット嬢、声を出そうとしないで、頷くか、首を振って応えて下さい。何か飲まされましたか?刺激臭のする何かで口を塞がれましたか?…粉状の何かでしたか?…ふむ。色は判りますか?白かった?赤かった?…なるほど。少し喉に触れさせていただきたいのですが。」
…うわ。細くて、白くて、肌が…げふん。
「…小さなしこり…痛みはありますか?………大丈夫。間に合います。」
何てものを使ってるんだ!
「だれか、赤ワインを持ってきてくれ!ボトルでだ!ボウルも!早く!!」
使われてから、かなりの時間が経ってしまっている。これは少し、痛みがあるかもしれないな…
「ヴァイオレット嬢、少し苦しいと思いますが、この赤ワインでうがいして下さい。出来るだけ、喉の奥で。そして、ボウルに吐いて。嫌でしょうが、必要なのです。」
うわ、手を握られた…大丈夫。助けますよ。
「…頑張って!もう一回!…血の塊みたいなのが出なくなるまでやらないと駄目だ!……よし、もう少しだ。」
結構、掛かってしまったな…
後は…
「後は、グラス一杯分、ワインを飲んでおしまいです。よく、頑張りましたね。」
そう、喉の違和感が消えたら、ゆっくり息を吸って~吐いて~吸って~吐いて~。
声を出してみてください。
「はい、あ~~~」
「あ~…!?」
「はい、もう大丈夫です。貴女に使われたのは通称『紅マンドラゴラ』と呼ばれる毒です。」
「毒!?」
「もう出しきったから、大丈夫ですよ。モーブ子爵家は薬師の家系なのです。薬草栽培のロッツ男爵家とは、色々と付き合いがありましたから、使われた毒に見当が付きました……良かった、貴女が無事で。おっと。」
フラつく彼女を支えたら、しがみつかれた。
顔が赤いな…ワインでうがいだから、酔ったな。
フワッと薫る、髪?
それとも、彼女自身の香り?
いやいや、いかんって。
後は侍女さん達に任せよう。多分、今囲んでいるのって、侯爵家の人達だし。
「では、お休みなさいヴァイオレット嬢。良い夢を。」
努めて冷静に、相手を安心させる笑顔と口調で。いくらヴァイオレット嬢が魅力的でも、薬師として患者にドキドキしたなんて、表に出しちゃいけないんだから。
さて、めでたくババを引くのは回避出来たし、帰って祝杯上げて、寝よう。
アハハハハハハ!
陛下、ばんざ~い!
「アルス!アールス!!」
「なんです、父上。大声出して…」
「そんな場合じゃない!お前!何をやった!ソイル侯爵から、絶対にヴァイオレット嬢の婿に、と言ってきたんだぞ!!」
「…………………は?」
リンゴ~ン♪
リンゴ~ン♪
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ゆるゆる設定です。
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