1 / 1
絶対無敵の女神
しおりを挟む
『おのれ!愚かな人間の分際で!!不遜であるぞ!』
「させません。」
放たれるべき雷は、しかし白くたおやかな腕の一振りで雨散霧消する。
『何故だ!何故!余の権能が消される!』
暴風と雷を持って全てを薙ぎ倒す『嵐の神』にして、神々の武を象徴する一柱。
腕力と体力の神。
猛々しき暴虐の王。
魔王を呑み込み、自らの姉である星神ミューエールすら斬り捨てた破壊者。
『嵐神ハーシャート』
荒ぶる巨神の姿は、しかし虚勢を張ってわめき散らすだけの子供にすら見えた。
姉神をも弑した宝剣ガナーフはへし折れ、如何なる矢も剣も槍も鎚も跳ね返す、霊盾ダーフィンは粉々に砕けて欠片が散らばるのみ。
四大精霊の力を奪い、己の意のままに操るハマドの冠は熔けて、今や残骸が髪に絡んでいる有り様。
栄光と共にその身を包む戦衣はかろうじて腰衣状に張り付いている。
如何なる傷も瞬く間に治る筈の肉体も、もはや満身創痍。
流れ出た血で川すら生まれそうな程だ。
『卑小なる人間とガラクタが、どうやって!』
「うるさいですよ。愚物。」
「アーテル、ひどっ!」
不機嫌さを隠そうともせずに、バッサリ切り捨てるアーテルに思わず突っ込んでしまう。
「まあ、ボクもアーテルをガラクタ呼ばわりは許せない。やっちゃえ!」
「はい!」
本当に、たかが嵐神の分際でアーテルをバカにするなんて。消えて当然。
散々迷惑を掛けられた相手だけど、一応主神クラスの、本物の神様だから手加減する様にと、言ってあげてたんだけどなぁ。
まあいいや。ミューエール様の仇討ちにもなるし。
『人の身で、神に逆らうなど!』
「逆らうも何も、先に仕掛けてきたのはそっちじゃん。バカな事してないで、ちゃんと神様やってりゃ良かったのに。」
「その通りです。自業自得。因果応報。因縁果報。退屈だからと世界を壊そうとしたのですから、その報いを受けなさい。」
『黙れ!神が人間を滅ぼして、何が悪い!』
「話になりません。姉神まで斬っておいて、何を今更。」
本当に。あ。
「アーテル!こいつの命とかで、ミューエール様生き返ったり出来ない?」
「必要ありません。既に必要な蘇生処置を施しました。蘇生までおよそ一時間です。」
流石、アーテル。抜かり無いなあ♪
『な、なんだと!?姉上が生き返る!?バカな!ガナーフで斬ったのだぞ!』
あ、怯えてる。
そーだよねー。
不意討ちだったから、斬り捨てられたけど、ミューエール様の方が強いもんね。
「大丈夫。ミューエール様が生き返るまで、お前が生きてないから。」
『な、』
「はい。これで終わりです。権能分離。解体執行。」
動揺してひきつった嵐神。だけど、もう遅いよ。
ボクのアーテルをバカにした段階で、こいつの未来は決まっているんだから。
それにしても。
思えば遠くに来たもんだ。
四年前、自宅裏の畑からアーテルを掘り出した時には、まさかこんな大冒険に出なきゃいけなくなるなんて、考えてなかったもんな。
アーテル曰く「運命の出会い」
ボクにとっても間違いなく運命の出会い。
ガジョロ芋にアーテルのヘッドパーツがくっついて出てきた時には、危うくひっくり返る所だったっけ。
控え目に見ても、喋る生首だったもんなぁ…
その生首の言うままにあっちを掘って、こっちを掘って…半年掛かって組み上げて。
アーテルは未だに怒っているけど、母さんと、庶子に過ぎないボクを、とりあえず田舎の別宅で庇護下に置いていた父上には、感謝している。それなりの教育を受けさせてくれていたから、アーテルを組み上げられた訳だしね。
顔も名前も知らない兄とか姉は、どうでも良いし。
そういや領主様のバカ息子、まだ生きてるのかなぁ。まあ、領主様は結構まともな方だったし、ルードに睨まれてたから、下手な事はしてないと思う。
そうそう、ナイダール商会も懐かしいね。顔も見たくないけど。
いい人だと、思ったんだけどなぁ…
青獅子団とか、自称ルガイア聖騎士団とか、ミルダのガマガエルみたいな伯爵とか、帝国の阿呆祭祀長とか…
考えてみたら、ろくでもないの結構潰したなぁ。
ボクの事になるとアーテルは容赦無いから。
逆に良い出会いの切欠になったりしたんだし、ボクとしてはあそこまでやらなくても良かったんだけど。
「あ、ミューテール様。」
『…こ、ここは…』
「魔王の城です。手近な所で神域に近い条件の場所が、ここしかありませんでした。」
『…魔王か…あの者にも可哀想な事をした…』
「問題ありません。愚神を解体した時に、魔王の要素はサルベージしました。既に再構築して現在、各国との調整等の政務に励んでいます。」
復活早々に全力で働かされて、可哀想ではあるけど、まあ、王様なんだから仕方ないよね。
『…』
「ミューエール様?どうされました?」
『…今、ハーシャートを、解体?』
「はい。依代となった愚者を捕縛しなければならなかったので。先程申し上げた魔王のサルベージの関係もありますが。」
「アーテル、愚者だなんて…あんなの一緒にしたら愚者に失礼だよ。」
「それもそうですね。ではナマモノと呼称いたしましょうか。」
うん。それなら適切かな?
『解体…解体…』
「あれ?ミューテール様?おーい?」
「ショックが強すぎた様ですね。」
まあ、自分の弟が解体されました。ってのは、神様でも衝撃的だろうからねぇ。仕方ないか。ちょっと待とう。
「あ、これ美味しい。」
「魔都の銘菓、切り刻み人形焼きですね。レシピを仕入れておきます。」
「うん。よろしく♪」
流石、アーテルは気が利くなあ。
うまうま。
甘味って、どうしてこんなに美味しいんだろう?キライって人がいるけど、信じられない。
そういやバジャラッグは辛くないと味がしないとか言ってたな。脳筋バカのマッチョ親父だとそうなるのかね。それともトロールの種族的特徴ってやつかな?
「トロールって、甘いのダメなのかな?」
「いえ、丁度このお菓子を作っている職人がトロールでしたので、そんな事は無いかと。」
「あ、そーなんだ。じゃあやっぱりバジャラッグがおかしいだけか。」
「そうですね。」
『バジャラッグとは、トロール族の勇者か?』
「そーだっけ?」
「一応、聖斧ギャッラクルを持っていますから、勇者で間違いないですね。」
とりあえず、復活したミューテール様にも美味しいお菓子を食べて貰おう。
幸せは、皆で分け合うもんだ。うん。
モグモグ
『…弟は、なぜ私を斬ったのか…何故、世界を壊そうなどと…』
神殿の天井画とか、三柱の主神は其々に役割とか色々あるみたいだけど、仲は良さそうだもんね。
世界を慈しみ、育てたのは紛れもなく三柱の主神と、付き従う神々。
弟を信じたいんだろうね。
うん。まあ、隠す意味もないしね。
「アーテル。」
「はい。こちらを。」
『これは…』
綺麗に澄んだ、蒼い宝珠。
「嵐神ハーシャート様の魂です。それから…」
これまた綺麗な宝珠。無色透明な中には嵐が吹き荒れ、稲妻が煌めく。
「嵐神の権能です。」
「どっちも綺麗だよね~」
『…弟の魂と、権能…』
「人間界には過ぎたる存在ですので、お返しいたします。」
ポカンと口を開けながら、手を出して受けとるミューテール様。
「神界にお持ち帰りください。」
「魂の方は神界に着いた時点で再生するはずだから、安心ですよ~」
ちゃーんと、復活出来る様に仕込んであるからね。
「なんかね、アーテルが解析したら、そんなに悪い神様じゃなかったみたいだったし。やっぱり弟が居なくなったら、ミューテール様だってダイモース様だって悲しいでしょ?」
そう思っていたから、無防備に背中を向けてしまったんだから。
神気っていうのかな。あの時の嵐神は、凄く澱んでいて。
一目見れば、あ、こいつヤバいって、判った筈なんだ。
なんだろね。神様って言っても、凄く人間臭い。きらいじゃないけど。
『しかし、弟は罪を犯した。多くの命が失われ、もっと多くの者が傷付いた。』
「そうだね。でも、滅んじゃいない。」
『は!?』
「人間なめちゃいけないですよ。今回の神のはっちゃけで、潰れた国は一つも無いし。」
「死亡した兵士、民間人の総数は約八万人。負傷者は二十万人超。倒壊家屋に水没した穀倉地帯も相当数に上りますが、正直毎年発生する天災と大差ありません。」
「むしろ少ないかもね。もっと端的に言うと、ちょくちょく勃発してる国同士のぶつかり合いの方が被害大きいよ。人間滅ぼすって言ってたけど、ぶっちゃけ全体の百分の一くらいだ。」
『…』
よくフリーズするなぁ。
「あと、今回狂った原因って、全部人間が元凶だったしね。」
「人の発する闘争の気が蓄積し、武の神でもあるハーシャート様に集中した為、また顕現する際に依代になったナマモノの歪みまくった選民思想と、肥大したプライドやら、際限の無い気持ち悪い欲望なども大きく作用しました。」
『バカな…神が人間に引き摺られるなど…』
まあ、そう思うよね。
「アーテルあれ。」
「はい。」
アーテルの掌には、赤い石がのっている。
「これが、ミューテール様の弟を狂わせた人の心。どう?」
『こ、これは…なんとおぞましい…』
「顔色が悪いですよ?アーテル、もういいよ~」
アーテルが愚神から分離精製したこの石は、ボクにとってはただの素材にしかならない代物だけど、精神生命体的側面を持った神様なんかは触るのも危険な物らしい。
理解していただけた様なので、またアーテルに持っておいて貰う。
棄てる?とんでもない。勿体無いし、正直アーテル以外が手にしたら、とっても危険だからね。
「ってな訳で、あんな物の影響が無ければ兄、姉想いの良い神様だったみたいですよ?」
『どういう意味かしら?』
「本来、人の闘争の気は戦争を司るダイモース神にこそ、集中するはずでした。また、個人の武勇を司るミューテール様にも向かったはずです。腕力などの肉体的な力を司るハーシャート様に集中する筈がありません。」
そう、神々の中で武に秀でているといったって愚神は肉体的な強さ…端的に言うと『喧嘩』の神様。
人の闘争の気が兄神、姉神に向かった時から、ずっと肩代わりして来たんだろう。
およそ、三千年の長きに渡ってこんな厄介な代物を一身に受けたんだから、大したもんだよ。実際。
「よっぽど、ダイモース様とミューテール様が大事だったんだね。やり方はバカだったけど、なかなか出来る事じゃ無いよ。」
『ハーシャート…』
しんみりしちゃったなぁ。
神界に帰ったら、褒めてやったら良いよね。
「さて、もう少し休んでて下さい。ボクはまだやる事があるので。」
『やる事?』
「まさか魔王に全部ぶん投げる訳いかないんで。勇者連中に事情説明してきます。まあ、連中ならホントの事話しても大丈夫だけど、一応釘刺しておくんで。」
あー、めんどくさい。
でもまあ、仕方ない…
『さっき、トロールの勇者バジャラッグの名が上がっていたが…あの者はたしかルーペール大陸の勇者であろう。ウェント大陸の者が、何故知っている?』
「別にバジャラッグだけじゃないよ?」
「人間の勇者ダイン、オーカスの勇者ラシュア、エルフの勇者リュースレーヌ。コルウスの勇者ダールとアードが現在、この魔王城に滞在しています。」
『各大陸は往き来が出来ない様に…』
「ああ、あれ?ボク、道に迷わないからね。」
無限迷宮だっけ?名前負けだよね~
「アーテルがルートにレール敷設したから、今なら列車で往き来できますよ~。チケット高いけど。」
「売っている本人が言いますか。」
『な、そんな!?』
列車走り始めたのって、もう二年前なんだけどな。まあ、仕方ないか。地上の事なんか一々気にしてたら、神様なんてやってられないよね。
「ちなみに、ウーヴァーとフォニア・ウルーカンには専用の転移陣設置。深海も天空もあんまり大勢で押し掛けるもんじゃないし。」
『世界を全て、繋げたと…』
「ギギルカンもね。大丈夫ですよ~。あそこは、ボクとアーテルしか知らないですから。」
先史文明の遺児達が、ひっそりと隠れ棲むギギルカン。下手な干渉は今の世界をまるごとひっくり返しかねない。それこそ神話と神様の概念ごとね。
『……何を望む?』
「別に~」
いやだなあ、ホントに何も望んでないってば。
「ボクの望みは、全部アーテルが叶えてくれる。」
「はい。」
ボクの甘えた発言に、アーテルが頷く。これは二人の中での、当然なのだから。
「神様は、神界で変わらずに人間界を見守ってて下さい。きっと、それで救われている人は大勢いますから。それじゃ、忙しいんで。」
『…感謝する。』
大袈裟だなぁ。そんな大した事じゃない…だけど、素直に頭を下げられる女神様は、これからも手助けしてあげたいな。ね、アーテル。
其々に癖の強い勇者達が喧嘩を始めない内にと、ちょっと急いで廊下を進む。なんだってこんなに馬鹿デカいかな、この城は。
「小さくしますか?」
「やめとく。ルードに悪いし。」
まあ、仕方ないよ。権威って奴も必要なんだしね。
「早速、なんか揉めてる?」
「バジャラッグとダールの様ですね。お仕置きしましょう。」
バカちんの中でも、飛び抜けたバカ二人が力比べでもしてるみたいだね~
城内だっての。
「アーテル、鎮圧ね。」
「はい。」
アーテルが扉を開けた途端に凍り付く二人。そして囃し立てていたバカ共。
遅い。
「ま、待て!話せば判る!!」
「暴力反対!」
「わ、私は関係ないゾ!」
「俺だって!」
「…ソ~っと…」
うん。
「逃がすかい。アーテル、バカ共全員同罪。」
「はい。お覚悟召されませ。」
とりあえず、神様騒動はこれで全部片付いたかな。
いやぁ、今回は動いた動いた。アーテルに丸投げしても良かったけど、やり過ぎちゃうとマズいしね。
完璧な美貌と、完璧な能力。
何故か気に入って良く着ている侍女服でさえ、どんな貴婦人のドレスより輝く、機械仕掛けのボクの女神。
いつか別れの時が来るのだろう。人の命には限りがあるのだから。
そう言ったら、不老不死にされたからなぁ…
あ、ルード。お疲れさま。
「…何があったんだい?この惨状は…」
「後で話したげるよ。アーテル、とりあえずお茶ね。あとお菓子♪」
「はい。お任せ下さい。お嬢様。」
「させません。」
放たれるべき雷は、しかし白くたおやかな腕の一振りで雨散霧消する。
『何故だ!何故!余の権能が消される!』
暴風と雷を持って全てを薙ぎ倒す『嵐の神』にして、神々の武を象徴する一柱。
腕力と体力の神。
猛々しき暴虐の王。
魔王を呑み込み、自らの姉である星神ミューエールすら斬り捨てた破壊者。
『嵐神ハーシャート』
荒ぶる巨神の姿は、しかし虚勢を張ってわめき散らすだけの子供にすら見えた。
姉神をも弑した宝剣ガナーフはへし折れ、如何なる矢も剣も槍も鎚も跳ね返す、霊盾ダーフィンは粉々に砕けて欠片が散らばるのみ。
四大精霊の力を奪い、己の意のままに操るハマドの冠は熔けて、今や残骸が髪に絡んでいる有り様。
栄光と共にその身を包む戦衣はかろうじて腰衣状に張り付いている。
如何なる傷も瞬く間に治る筈の肉体も、もはや満身創痍。
流れ出た血で川すら生まれそうな程だ。
『卑小なる人間とガラクタが、どうやって!』
「うるさいですよ。愚物。」
「アーテル、ひどっ!」
不機嫌さを隠そうともせずに、バッサリ切り捨てるアーテルに思わず突っ込んでしまう。
「まあ、ボクもアーテルをガラクタ呼ばわりは許せない。やっちゃえ!」
「はい!」
本当に、たかが嵐神の分際でアーテルをバカにするなんて。消えて当然。
散々迷惑を掛けられた相手だけど、一応主神クラスの、本物の神様だから手加減する様にと、言ってあげてたんだけどなぁ。
まあいいや。ミューエール様の仇討ちにもなるし。
『人の身で、神に逆らうなど!』
「逆らうも何も、先に仕掛けてきたのはそっちじゃん。バカな事してないで、ちゃんと神様やってりゃ良かったのに。」
「その通りです。自業自得。因果応報。因縁果報。退屈だからと世界を壊そうとしたのですから、その報いを受けなさい。」
『黙れ!神が人間を滅ぼして、何が悪い!』
「話になりません。姉神まで斬っておいて、何を今更。」
本当に。あ。
「アーテル!こいつの命とかで、ミューエール様生き返ったり出来ない?」
「必要ありません。既に必要な蘇生処置を施しました。蘇生までおよそ一時間です。」
流石、アーテル。抜かり無いなあ♪
『な、なんだと!?姉上が生き返る!?バカな!ガナーフで斬ったのだぞ!』
あ、怯えてる。
そーだよねー。
不意討ちだったから、斬り捨てられたけど、ミューエール様の方が強いもんね。
「大丈夫。ミューエール様が生き返るまで、お前が生きてないから。」
『な、』
「はい。これで終わりです。権能分離。解体執行。」
動揺してひきつった嵐神。だけど、もう遅いよ。
ボクのアーテルをバカにした段階で、こいつの未来は決まっているんだから。
それにしても。
思えば遠くに来たもんだ。
四年前、自宅裏の畑からアーテルを掘り出した時には、まさかこんな大冒険に出なきゃいけなくなるなんて、考えてなかったもんな。
アーテル曰く「運命の出会い」
ボクにとっても間違いなく運命の出会い。
ガジョロ芋にアーテルのヘッドパーツがくっついて出てきた時には、危うくひっくり返る所だったっけ。
控え目に見ても、喋る生首だったもんなぁ…
その生首の言うままにあっちを掘って、こっちを掘って…半年掛かって組み上げて。
アーテルは未だに怒っているけど、母さんと、庶子に過ぎないボクを、とりあえず田舎の別宅で庇護下に置いていた父上には、感謝している。それなりの教育を受けさせてくれていたから、アーテルを組み上げられた訳だしね。
顔も名前も知らない兄とか姉は、どうでも良いし。
そういや領主様のバカ息子、まだ生きてるのかなぁ。まあ、領主様は結構まともな方だったし、ルードに睨まれてたから、下手な事はしてないと思う。
そうそう、ナイダール商会も懐かしいね。顔も見たくないけど。
いい人だと、思ったんだけどなぁ…
青獅子団とか、自称ルガイア聖騎士団とか、ミルダのガマガエルみたいな伯爵とか、帝国の阿呆祭祀長とか…
考えてみたら、ろくでもないの結構潰したなぁ。
ボクの事になるとアーテルは容赦無いから。
逆に良い出会いの切欠になったりしたんだし、ボクとしてはあそこまでやらなくても良かったんだけど。
「あ、ミューテール様。」
『…こ、ここは…』
「魔王の城です。手近な所で神域に近い条件の場所が、ここしかありませんでした。」
『…魔王か…あの者にも可哀想な事をした…』
「問題ありません。愚神を解体した時に、魔王の要素はサルベージしました。既に再構築して現在、各国との調整等の政務に励んでいます。」
復活早々に全力で働かされて、可哀想ではあるけど、まあ、王様なんだから仕方ないよね。
『…』
「ミューエール様?どうされました?」
『…今、ハーシャートを、解体?』
「はい。依代となった愚者を捕縛しなければならなかったので。先程申し上げた魔王のサルベージの関係もありますが。」
「アーテル、愚者だなんて…あんなの一緒にしたら愚者に失礼だよ。」
「それもそうですね。ではナマモノと呼称いたしましょうか。」
うん。それなら適切かな?
『解体…解体…』
「あれ?ミューテール様?おーい?」
「ショックが強すぎた様ですね。」
まあ、自分の弟が解体されました。ってのは、神様でも衝撃的だろうからねぇ。仕方ないか。ちょっと待とう。
「あ、これ美味しい。」
「魔都の銘菓、切り刻み人形焼きですね。レシピを仕入れておきます。」
「うん。よろしく♪」
流石、アーテルは気が利くなあ。
うまうま。
甘味って、どうしてこんなに美味しいんだろう?キライって人がいるけど、信じられない。
そういやバジャラッグは辛くないと味がしないとか言ってたな。脳筋バカのマッチョ親父だとそうなるのかね。それともトロールの種族的特徴ってやつかな?
「トロールって、甘いのダメなのかな?」
「いえ、丁度このお菓子を作っている職人がトロールでしたので、そんな事は無いかと。」
「あ、そーなんだ。じゃあやっぱりバジャラッグがおかしいだけか。」
「そうですね。」
『バジャラッグとは、トロール族の勇者か?』
「そーだっけ?」
「一応、聖斧ギャッラクルを持っていますから、勇者で間違いないですね。」
とりあえず、復活したミューテール様にも美味しいお菓子を食べて貰おう。
幸せは、皆で分け合うもんだ。うん。
モグモグ
『…弟は、なぜ私を斬ったのか…何故、世界を壊そうなどと…』
神殿の天井画とか、三柱の主神は其々に役割とか色々あるみたいだけど、仲は良さそうだもんね。
世界を慈しみ、育てたのは紛れもなく三柱の主神と、付き従う神々。
弟を信じたいんだろうね。
うん。まあ、隠す意味もないしね。
「アーテル。」
「はい。こちらを。」
『これは…』
綺麗に澄んだ、蒼い宝珠。
「嵐神ハーシャート様の魂です。それから…」
これまた綺麗な宝珠。無色透明な中には嵐が吹き荒れ、稲妻が煌めく。
「嵐神の権能です。」
「どっちも綺麗だよね~」
『…弟の魂と、権能…』
「人間界には過ぎたる存在ですので、お返しいたします。」
ポカンと口を開けながら、手を出して受けとるミューテール様。
「神界にお持ち帰りください。」
「魂の方は神界に着いた時点で再生するはずだから、安心ですよ~」
ちゃーんと、復活出来る様に仕込んであるからね。
「なんかね、アーテルが解析したら、そんなに悪い神様じゃなかったみたいだったし。やっぱり弟が居なくなったら、ミューテール様だってダイモース様だって悲しいでしょ?」
そう思っていたから、無防備に背中を向けてしまったんだから。
神気っていうのかな。あの時の嵐神は、凄く澱んでいて。
一目見れば、あ、こいつヤバいって、判った筈なんだ。
なんだろね。神様って言っても、凄く人間臭い。きらいじゃないけど。
『しかし、弟は罪を犯した。多くの命が失われ、もっと多くの者が傷付いた。』
「そうだね。でも、滅んじゃいない。」
『は!?』
「人間なめちゃいけないですよ。今回の神のはっちゃけで、潰れた国は一つも無いし。」
「死亡した兵士、民間人の総数は約八万人。負傷者は二十万人超。倒壊家屋に水没した穀倉地帯も相当数に上りますが、正直毎年発生する天災と大差ありません。」
「むしろ少ないかもね。もっと端的に言うと、ちょくちょく勃発してる国同士のぶつかり合いの方が被害大きいよ。人間滅ぼすって言ってたけど、ぶっちゃけ全体の百分の一くらいだ。」
『…』
よくフリーズするなぁ。
「あと、今回狂った原因って、全部人間が元凶だったしね。」
「人の発する闘争の気が蓄積し、武の神でもあるハーシャート様に集中した為、また顕現する際に依代になったナマモノの歪みまくった選民思想と、肥大したプライドやら、際限の無い気持ち悪い欲望なども大きく作用しました。」
『バカな…神が人間に引き摺られるなど…』
まあ、そう思うよね。
「アーテルあれ。」
「はい。」
アーテルの掌には、赤い石がのっている。
「これが、ミューテール様の弟を狂わせた人の心。どう?」
『こ、これは…なんとおぞましい…』
「顔色が悪いですよ?アーテル、もういいよ~」
アーテルが愚神から分離精製したこの石は、ボクにとってはただの素材にしかならない代物だけど、精神生命体的側面を持った神様なんかは触るのも危険な物らしい。
理解していただけた様なので、またアーテルに持っておいて貰う。
棄てる?とんでもない。勿体無いし、正直アーテル以外が手にしたら、とっても危険だからね。
「ってな訳で、あんな物の影響が無ければ兄、姉想いの良い神様だったみたいですよ?」
『どういう意味かしら?』
「本来、人の闘争の気は戦争を司るダイモース神にこそ、集中するはずでした。また、個人の武勇を司るミューテール様にも向かったはずです。腕力などの肉体的な力を司るハーシャート様に集中する筈がありません。」
そう、神々の中で武に秀でているといったって愚神は肉体的な強さ…端的に言うと『喧嘩』の神様。
人の闘争の気が兄神、姉神に向かった時から、ずっと肩代わりして来たんだろう。
およそ、三千年の長きに渡ってこんな厄介な代物を一身に受けたんだから、大したもんだよ。実際。
「よっぽど、ダイモース様とミューテール様が大事だったんだね。やり方はバカだったけど、なかなか出来る事じゃ無いよ。」
『ハーシャート…』
しんみりしちゃったなぁ。
神界に帰ったら、褒めてやったら良いよね。
「さて、もう少し休んでて下さい。ボクはまだやる事があるので。」
『やる事?』
「まさか魔王に全部ぶん投げる訳いかないんで。勇者連中に事情説明してきます。まあ、連中ならホントの事話しても大丈夫だけど、一応釘刺しておくんで。」
あー、めんどくさい。
でもまあ、仕方ない…
『さっき、トロールの勇者バジャラッグの名が上がっていたが…あの者はたしかルーペール大陸の勇者であろう。ウェント大陸の者が、何故知っている?』
「別にバジャラッグだけじゃないよ?」
「人間の勇者ダイン、オーカスの勇者ラシュア、エルフの勇者リュースレーヌ。コルウスの勇者ダールとアードが現在、この魔王城に滞在しています。」
『各大陸は往き来が出来ない様に…』
「ああ、あれ?ボク、道に迷わないからね。」
無限迷宮だっけ?名前負けだよね~
「アーテルがルートにレール敷設したから、今なら列車で往き来できますよ~。チケット高いけど。」
「売っている本人が言いますか。」
『な、そんな!?』
列車走り始めたのって、もう二年前なんだけどな。まあ、仕方ないか。地上の事なんか一々気にしてたら、神様なんてやってられないよね。
「ちなみに、ウーヴァーとフォニア・ウルーカンには専用の転移陣設置。深海も天空もあんまり大勢で押し掛けるもんじゃないし。」
『世界を全て、繋げたと…』
「ギギルカンもね。大丈夫ですよ~。あそこは、ボクとアーテルしか知らないですから。」
先史文明の遺児達が、ひっそりと隠れ棲むギギルカン。下手な干渉は今の世界をまるごとひっくり返しかねない。それこそ神話と神様の概念ごとね。
『……何を望む?』
「別に~」
いやだなあ、ホントに何も望んでないってば。
「ボクの望みは、全部アーテルが叶えてくれる。」
「はい。」
ボクの甘えた発言に、アーテルが頷く。これは二人の中での、当然なのだから。
「神様は、神界で変わらずに人間界を見守ってて下さい。きっと、それで救われている人は大勢いますから。それじゃ、忙しいんで。」
『…感謝する。』
大袈裟だなぁ。そんな大した事じゃない…だけど、素直に頭を下げられる女神様は、これからも手助けしてあげたいな。ね、アーテル。
其々に癖の強い勇者達が喧嘩を始めない内にと、ちょっと急いで廊下を進む。なんだってこんなに馬鹿デカいかな、この城は。
「小さくしますか?」
「やめとく。ルードに悪いし。」
まあ、仕方ないよ。権威って奴も必要なんだしね。
「早速、なんか揉めてる?」
「バジャラッグとダールの様ですね。お仕置きしましょう。」
バカちんの中でも、飛び抜けたバカ二人が力比べでもしてるみたいだね~
城内だっての。
「アーテル、鎮圧ね。」
「はい。」
アーテルが扉を開けた途端に凍り付く二人。そして囃し立てていたバカ共。
遅い。
「ま、待て!話せば判る!!」
「暴力反対!」
「わ、私は関係ないゾ!」
「俺だって!」
「…ソ~っと…」
うん。
「逃がすかい。アーテル、バカ共全員同罪。」
「はい。お覚悟召されませ。」
とりあえず、神様騒動はこれで全部片付いたかな。
いやぁ、今回は動いた動いた。アーテルに丸投げしても良かったけど、やり過ぎちゃうとマズいしね。
完璧な美貌と、完璧な能力。
何故か気に入って良く着ている侍女服でさえ、どんな貴婦人のドレスより輝く、機械仕掛けのボクの女神。
いつか別れの時が来るのだろう。人の命には限りがあるのだから。
そう言ったら、不老不死にされたからなぁ…
あ、ルード。お疲れさま。
「…何があったんだい?この惨状は…」
「後で話したげるよ。アーテル、とりあえずお茶ね。あとお菓子♪」
「はい。お任せ下さい。お嬢様。」
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
召喚と同時に「嫌われた分だけ強くなる呪い」を掛けられました
東山レオ
ファンタジー
異世界に召喚された主人公フユキは嫌われたら強くなる呪いをかけられた!
この呪いを活かして魔王を殺せ! そうすれば元の世界に帰れる、とのことだが進んで人に嫌われるのは中々キッツい!
それでも元の世界に帰るためには手段を選んじゃいられない!……と思ってたけどやっぱ辛い。
※最初主人公は嫌われるために色々悪さをしますが、色んな出会いがあって徐々に心を取り戻していきます
宮廷魔術師のお仕事日誌
らる鳥
ファンタジー
宮廷魔術師のお仕事って何だろう?
国王陛下の隣で偉そうに頷いてたら良いのかな。
けれども実際になってみた宮廷魔術師の仕事は思っていたのと全然違って……。
この話は冒険者から宮廷魔術師になった少年が色んな人や事件に振り回されながら、少しずつ成長していくお話です。
古めのファンタジーやTRPGなんかの雰囲気を思い出して書いてみました。
団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました
毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作
『魔力掲示板』
特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。
平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。
今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――
母は姉ばかりを優先しますが肝心の姉が守ってくれて、母のコンプレックスの叔母さまが助けてくださるのですとっても幸せです。
下菊みこと
ファンタジー
産みの母に虐げられ、育ての母に愛されたお話。
親子って血の繋がりだけじゃないってお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです
しーしび
恋愛
「結婚しよう」
アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。
しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。
それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・
転生×召喚 ~職業は魔王らしいです~
黒羽 晃
ファンタジー
ごく普通の一般的な高校生、不知火炎真は、異世界に召喚される。
召喚主はまさかの邪神で、召喚されて早々告げられた言葉とは、「魔王になってくれ」。
炎真は授かったユニークスキルを使って、とにかく異世界で生き続ける。
尚、この作品は作者の趣味による投稿である。
一章、完結
二章、完結
三章、執筆中
『小説家になろう』様の方に、同内容のものを転載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
退会済ユーザのコメントです