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36.大仙、回顧する
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【とりあえず、他にも居ないか見て参ります。先にお戻り下さい】
「判ったわ、先に帰るわね」
「シュ…」
「まあまあ、出来る様になったかの」
「前よりはマシだナ」
稀華とコルノは気付かなかったが、実際には最初から事の次第を見ていた大仙達にスルスルと近寄ってきた玉鱗が礼を取る。
【天の庁への届けは如何しましょう】
新生命体は、いずれ仙人等に至る可能性がある故に、見つけ次第天の庁へ届け出て記録する必要がある。
これは所謂進化論的な新種の発見とは些か定義がちがう。
人工的に環境が整えられた洞天では、新種の動植物が発生しやすい。
だが、それは洞天の外では環境差から死滅や再度の環境適応進化をしていく為、天の庁での記録には載る事はない。
あくまでも、既存の生命体以外の存在と認められる生命体だけが対象となる。
それは進化の原点であり、いずれ知恵をも身につける可能性があるものだ。
本来、既存の環境を作り出す洞天でそれを発生させるなど、永き時を生き、森羅万象を知る大仙でもおよそ聞いたことがない話である。
天仙である稀華、又はこの洞天の作成者である蛇乱が早急に届け出るべき事案と言える。
だが、今現在この世界は管理者である四女神が外界との接触を絶ち切り、閉じられてしまっていた。
実力が桁違いである大仙達だからこそ、気軽に出入りできている有り様である。
「そうさの、まあ急ぐ必要もあるまい」
「鉱物生命体は珍しい」
「クリオネに似ているナ」
術で拘束されたソレを掌中の玉に取り込むと、『百万畳の』大仙はふむと首を傾げた。
「どうした?」
「いや、今度は普通の命を生みよったな、と思うてな」
「今度ハ?」
「その辺りは、風呂と飯の後で話すとするかの。玉鱗、支度しておくれ」
【畏まりました】
風呂と食事を済ませ、おのおの寛いだ格好で集まる。
【稀華様はお呼びしますか?】
「いや、まだ話してやれる事は無いからの、お前達精が知っておれば良い」
【畏まりました】
『百万畳の』『燭蜂の』『八天の』大仙達、そして礎の間に詰める午の精を除く全ての精が集められる。馬駘と馬明にしても声は届くので問題ない話だ。
「で?どういう事だ?」
「ふむ。実はの、蛇乱めが洞天で生命を生み出したのは、これで二回目なのよ」
「それは……」
「聞いた事ガ無いナ……」
「じゃろうな」
頷くと、『百万畳の』大仙は、おもむろに袂から二つの玉を取り出して並べた。
一つは先程のガラスクリオネもどきが入った玉だ。
そしてもう一つは一回り小さく、黒く見える玉。
「……これは?」
「…………」
覗き込んだ『八天の』大仙が絶句する。
「おい、どうした?八天の……?」
凍り付いた『八天の』大仙を訝しげに窺う『燭蜂の』大仙。
精達も困惑する中で、『百万畳の』大仙は問われず語り始めた。
三百年前、帝に拝謁した儂に託されたのは、見事な蛇紋の甕じゃった。
それは帝がかつて、蛮夷平定の際に手に入れたものでの。
永く宝物庫に納められ、北海黒龍王に護られていた物だという。
覚えておるかの?
三百年前に、龍王の眷属が亡くなった事があったじゃろう。それに関係する代物であったんじゃ。
あの事件は暫く天を騒がせたから、燭蜂のと八天の、も聞いておったろう?
宝物庫の警備をしておった若い龍が、酒の甕と間違うて毒を呷ったあの話よ。
本来なら龍には如何なる毒も効かぬ筈。じゃが、甕は蛮夷共が蠱毒に用いた物で、しかも宝物庫の中で毒が完成していた。
亡くなった龍は融け腐れ、触れる事も出来ず、死して尚、苦しみにのたうつばかり。
北海黒龍王の力をもってしても、完全に殺しきる迄に十日も掛かったそうじゃ。
その甕こそ、蛇乱よ。
その騒ぎまで蛮夷の甕に命は宿っておらなんだが、龍王の力に十日も曝されたせいか、はたまた呪毒で亡くなった龍の魂でも取り込んだのか、とにかく気がつけば甕に命が芽生え、仙の気配を発していたと。
「帝は仰有られた。例え生まれが悲劇であったとしても、仙の気を宿したならば我が子であると」
だが、天に置く訳にもいかぬ。
故に儂に託してくだされたのじゃ。
そうして共に地に降り、蛇紋に因んで名をつけた。
蛇乱は優秀じゃったよ。目付きはアレじゃったがな。
基礎の術はたったの五年で使いこなしよった。そして洞天を作ったのは百歳の時じゃ。
その初めての洞天が生み出したのが、それじゃよ。
「……災龍だナ」
「なんだと!?」
一度目覚めれば星を喰らう破壊の権化。
大仙クラスでも、下手をすれば返り討ちにあう程の謂わば破壊神だ。
発生すれば世界そのものが危機に戦く。
『八天の』から引ったくる様に玉を覗き込んだ『燭蜂の』大仙は、目を見張った。
巨大な一つ目の龍が星に囓りつき、巻き付いて咀嚼している。
だが……
「星が再生しているのか?」
「そうじゃ
玉の中には七つ星があり、災龍が星を平らげる度に新しく生まれる。
そしてどの星も常に再生もしておる。
災龍からエナジーを奪いながらな。
そして、この玉を作ったのも蛇乱じゃ。彼奴は自ら生み出した災龍を、完全に捕らえよった。
じゃから……」
災龍の玉を袂にしまいながら、『百万畳の』大仙は弟子の二つ名を呼ぶ。
「あやつの名は『絶界の』蛇乱なのよ」
「判ったわ、先に帰るわね」
「シュ…」
「まあまあ、出来る様になったかの」
「前よりはマシだナ」
稀華とコルノは気付かなかったが、実際には最初から事の次第を見ていた大仙達にスルスルと近寄ってきた玉鱗が礼を取る。
【天の庁への届けは如何しましょう】
新生命体は、いずれ仙人等に至る可能性がある故に、見つけ次第天の庁へ届け出て記録する必要がある。
これは所謂進化論的な新種の発見とは些か定義がちがう。
人工的に環境が整えられた洞天では、新種の動植物が発生しやすい。
だが、それは洞天の外では環境差から死滅や再度の環境適応進化をしていく為、天の庁での記録には載る事はない。
あくまでも、既存の生命体以外の存在と認められる生命体だけが対象となる。
それは進化の原点であり、いずれ知恵をも身につける可能性があるものだ。
本来、既存の環境を作り出す洞天でそれを発生させるなど、永き時を生き、森羅万象を知る大仙でもおよそ聞いたことがない話である。
天仙である稀華、又はこの洞天の作成者である蛇乱が早急に届け出るべき事案と言える。
だが、今現在この世界は管理者である四女神が外界との接触を絶ち切り、閉じられてしまっていた。
実力が桁違いである大仙達だからこそ、気軽に出入りできている有り様である。
「そうさの、まあ急ぐ必要もあるまい」
「鉱物生命体は珍しい」
「クリオネに似ているナ」
術で拘束されたソレを掌中の玉に取り込むと、『百万畳の』大仙はふむと首を傾げた。
「どうした?」
「いや、今度は普通の命を生みよったな、と思うてな」
「今度ハ?」
「その辺りは、風呂と飯の後で話すとするかの。玉鱗、支度しておくれ」
【畏まりました】
風呂と食事を済ませ、おのおの寛いだ格好で集まる。
【稀華様はお呼びしますか?】
「いや、まだ話してやれる事は無いからの、お前達精が知っておれば良い」
【畏まりました】
『百万畳の』『燭蜂の』『八天の』大仙達、そして礎の間に詰める午の精を除く全ての精が集められる。馬駘と馬明にしても声は届くので問題ない話だ。
「で?どういう事だ?」
「ふむ。実はの、蛇乱めが洞天で生命を生み出したのは、これで二回目なのよ」
「それは……」
「聞いた事ガ無いナ……」
「じゃろうな」
頷くと、『百万畳の』大仙は、おもむろに袂から二つの玉を取り出して並べた。
一つは先程のガラスクリオネもどきが入った玉だ。
そしてもう一つは一回り小さく、黒く見える玉。
「……これは?」
「…………」
覗き込んだ『八天の』大仙が絶句する。
「おい、どうした?八天の……?」
凍り付いた『八天の』大仙を訝しげに窺う『燭蜂の』大仙。
精達も困惑する中で、『百万畳の』大仙は問われず語り始めた。
三百年前、帝に拝謁した儂に託されたのは、見事な蛇紋の甕じゃった。
それは帝がかつて、蛮夷平定の際に手に入れたものでの。
永く宝物庫に納められ、北海黒龍王に護られていた物だという。
覚えておるかの?
三百年前に、龍王の眷属が亡くなった事があったじゃろう。それに関係する代物であったんじゃ。
あの事件は暫く天を騒がせたから、燭蜂のと八天の、も聞いておったろう?
宝物庫の警備をしておった若い龍が、酒の甕と間違うて毒を呷ったあの話よ。
本来なら龍には如何なる毒も効かぬ筈。じゃが、甕は蛮夷共が蠱毒に用いた物で、しかも宝物庫の中で毒が完成していた。
亡くなった龍は融け腐れ、触れる事も出来ず、死して尚、苦しみにのたうつばかり。
北海黒龍王の力をもってしても、完全に殺しきる迄に十日も掛かったそうじゃ。
その甕こそ、蛇乱よ。
その騒ぎまで蛮夷の甕に命は宿っておらなんだが、龍王の力に十日も曝されたせいか、はたまた呪毒で亡くなった龍の魂でも取り込んだのか、とにかく気がつけば甕に命が芽生え、仙の気配を発していたと。
「帝は仰有られた。例え生まれが悲劇であったとしても、仙の気を宿したならば我が子であると」
だが、天に置く訳にもいかぬ。
故に儂に託してくだされたのじゃ。
そうして共に地に降り、蛇紋に因んで名をつけた。
蛇乱は優秀じゃったよ。目付きはアレじゃったがな。
基礎の術はたったの五年で使いこなしよった。そして洞天を作ったのは百歳の時じゃ。
その初めての洞天が生み出したのが、それじゃよ。
「……災龍だナ」
「なんだと!?」
一度目覚めれば星を喰らう破壊の権化。
大仙クラスでも、下手をすれば返り討ちにあう程の謂わば破壊神だ。
発生すれば世界そのものが危機に戦く。
『八天の』から引ったくる様に玉を覗き込んだ『燭蜂の』大仙は、目を見張った。
巨大な一つ目の龍が星に囓りつき、巻き付いて咀嚼している。
だが……
「星が再生しているのか?」
「そうじゃ
玉の中には七つ星があり、災龍が星を平らげる度に新しく生まれる。
そしてどの星も常に再生もしておる。
災龍からエナジーを奪いながらな。
そして、この玉を作ったのも蛇乱じゃ。彼奴は自ら生み出した災龍を、完全に捕らえよった。
じゃから……」
災龍の玉を袂にしまいながら、『百万畳の』大仙は弟子の二つ名を呼ぶ。
「あやつの名は『絶界の』蛇乱なのよ」
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