転生チートで夢生活

にがよもぎ

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第10章 平穏

第328話 -If I Can't Have You 6-

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「ほらアルス起きて。アーサーのお父様に会いに行かないと」

翌日。同じベッドで寝る事に成功し、機嫌良く目覚めたマクネアはアルスを揺すって起こす。『次は手を繋ぐか腕枕してもらおう』と目標を掲げるマクネアは、寝起きの悪いアルスを放置し、朝の支度を済ませる事にした。魔道具により、丁度良い温度の湯浴みを終えたマクネアは髪の水滴をフカフカなタオルで吸い取っていく。普段の彼女であれば生まれたままの姿で部屋へと戻るが、アルスが起きているかも知れないので、下着を着用し部屋着へと着替えた。

「…………まだ寝てるのね」

タオルで髪を拭きながらベッドで丸くなっているアルスを優しく起こす。洗い立ての髪から垂れる滴でアルスはゆっくりと瞼を開けた。

「んぁ……」

夢から現実へと意識が変わりつつアルスの眼前に、濡れた髪に薄桃色に染まった頬、そして艶めかしい唇が飛び込んでくる。鼻腔には微かに甘い香りが届き、意識がハッキリするとマクネアと目が合った。

「おはようアルス」

「………………ぅお、おはよう…」

「?」

アルスは寝起きに最高峰の美を目の当たりにして言葉を失いかける。だが、挨拶はしっかりと返すことが出来た。

(うぉー……あまりにも美人過ぎて逆に冷静になったわ)

賢者童貞のメンタルにより、アルスは平常心を取り戻すことが出来た。だからこそ、挨拶をした後の行動は早かった。テントが立派に張られているのを見つからないように、『風呂入ってくるわー』と自然な一言を添えてアルスはその場を離脱した。そして、そそくさと浴室へと向かっていったアルスをマクネアはキョトンとして見送った。………だが。

(………フフフッ)

マクネアの魔眼はアルスの変化を見逃さない。…………いや、魔眼を持っていなくとも愛する男の変化を見逃すはずが無い。インクリジットによって知識面を教育されたマクネアは現状頭でっかちとなっており、経験の無さ故に知識で妄想を拡げていく。

(リジーからは夜の営みと聞いたけど、朝の営みも良いんじゃないかしら?夜はリジーもミリィも狙いたいでしょうし、そこは敢えて夜を辞退して朝に営むってのは良き考えだわ。………いや、朝じゃなくても寝起きでも良いわね。生理現象をそのまま活かす方法は手練れのリジーでも考え付かない筈よ。ならば先手でも後手でも私が朝という括りにしておけば………………いや、念を入れて寝起きという状態にしておきましょ。フフッ……戦略は常に変化するけど、落とし所が決まっているなら、私はそこに誘導するだけ。私が一手で抑えればミリィ達は残された所で争うしかない。つまり!!!私は最短で最善手を打つことが出来るわ!!!)

裏側では協定がある為、マクネアがアルスに手を出す事は禁止されている。別に誓いを立てた訳でもないが、3人ともそこだけはしっかりと話し合った。アルスから手を出されれば仕方ないが、その時は報告をしなければならない。3人とも好敵手であるがフェアプレーの精神を持ち合わせているのだ。

(フフフフフッ…………色仕掛けもアリと聞いているけど、そんな悪どい事はしないわ。そうなるかも知れないけど、それが『駆け引き』というモノよね?リジー)

マクネアのはバッチリだ。『あい君』の協力もあり、アルスの嗜好はリサーチ済みで、そこを選ぶように誘導する。それがマクネアの初夜の始発を狙う計画であった。

「………あら?何かしら?」

マクネアが妄想を拡げていると部屋をノックする音が聞こえた。マクネアはすぐさま魔法で髪を乾かすと、部屋着から一般的な服装へと着替えてからドアを開ける。

「おはようございますマクネア様。お手紙が届いております」

「手紙?誰からかしら?」

レイリーから手紙を渡されたマクネアは裏を見て誰が差出人なのかを理解する。そしてレイリーが準備していたペーパーナイフを使って封を開け、中身を読み始める。文字数はそこまで無く、アルスであってもササっと読める量で、流し読みをしたマクネアはレイリーへとナイフを返した。

「ありがとう。それとついでなんだけれど、朝食を準備してもらえるかしら?」

「承知しました」

レイリーはそれだけを言って扉を閉める。彼ほどの執事バトラーであればマクネア達が席に着いた瞬間に朝食を運んでくるのだ。だから、時間などを聞いたりはしない。

「……ハァ。貴重なデートなのにどうしてこうも横槍が入るのかしらねぇ。つまらない話であれば即刻部屋を出てやるわ」

マクネアは手紙をクシャクシャに丸めた後に炎の魔法で燃やし尽くす。別に重要な内容では無いので隠滅する必要は無いが、これはマクネアに染み付いている習慣なのである。

アルスが浴室から出て身支度を済ませた後、マクネア達は宿で朝食を済ませる。ちなみにメニューは産みたての卵と柔らかめのパンとポタージュスープとサラダで、メインは肉魚の好きなのを注文する形式だった。

朝食を済ませた後、アルス達は王城へと足を運ぶ。入場の際にマクネアが用件を伝え、アーサーの父親が居る場所まで案内してくれた。その道中、マクネアがアルスに『途中で席を外す』と伝え、アルスは返事だけを返し、兵士の後を着いて行った。

「失礼します!!!『英雄』アルス様とマクネア様をお連れしました!!!」

目的の場所へ着くと、兵士は大声で用件を伝える。すると、営業所の様にごちゃごちゃと机が並べてある部屋から返事が返ってくる。

「あー、悪いが外へ案内してくれ!ここじゃ話も碌にできん!バカ息子が居るだろうからそこに連れてってくれ!!」

「ハッ!!!!では稽古場へとご案内します」

兵士は室内にある魔法陣へと向かうとアルス達を転移させる。転移先は石畳が敷かれている広い場所であり、そこでは何十人の騎士達が研鑽を積んでいた。アルス達が転移してきた事にすぐさま気付いた有能な騎士はピタリと手を止め、アルスを注視する。その視線の中、兵士はアーサーバカ息子を探し当て、説明を済ませるとその場から立ち去った。

「おはよーございます先生!」

「おはよー。朝から元気だなぁ」

寝起きのアルスとは違い、アーサーは大量の汗をかいていた。服装も動き易く、汗をかいても大丈夫な稽古着を着用していた。

「そうっすか??ここじゃ普通っすけどね。ところで、親父との話は終わったんすか?」

「いや?向こうじゃ話が出来ないから外行けって言われたよ」

「………ははーん。つーことは、恒例のアレっすね?アレックスさん、木剣を先生に貸しても良いっすか?」

「ああ、構わないよ。……でも、アルス様にはちゃんと選んで貰った方がいいんじゃないかい?僕の癖が染み付いてるコレじゃ、使いづらいかも知れないし…」

「大丈夫っすよ!先生は何使っても平気っすから!」

「…………何の話してんの?」

嬉々として何かの準備をし始めるアーサーにアルスは眉を顰めるが、木剣を渡された時に何となく察した。そのタイミングで、アルス達が来た魔法陣から歴戦の猛者を思わせる屈強な戦士が現れる。

「ガハハ!すいませんな!ちょいと始末書に追われてまして!」

鷹のような鋭い目と、百獣の王を思わせる髪型、そして立派な口髭と顎髭を蓄えた戦士が豪快に笑いながらアルス達へと近付いた。

「初めまして『英雄』アルス殿!我輩の名はリチャード。王宮騎士団のまとめ役をさせて頂いております」

リチャードは右手を心臓の位置に当て、軽く頭を下げて挨拶をする。事前に『あい君』から聞いていたアルスは同じように返す。

「初めまして『守護者』リチャード様。正装でないことをお許し下さい」

「ガハハ!!公の場ではございませんからな!それよりも、我輩の事はリチャードとお呼び下さい」

「………いや、流石にそれは…」

「外野は知りませんが、騎士団は実力がモノを言う場所です。そこに歳は関係ありませんぞ!」

「………なら、私の事も呼び捨てでお願いします。それと、堅苦しい口調はおやめ下さい。アーサーと話すように普段通りでお願いいたします」

「そうか!わかった!!!」

「……………………」

先程まで堅苦しい口調だったリチャードがアッサリと崩した事にアルスは拍子抜けする。その様子をアーサーは声を押し殺して笑っていた。

「マクネア様は久し振りでございますなぁ!あいも変わらずお美しい!」

「久し振りねリチャード。貴方からお世辞が出るなんて、奥様は骨が折れたでしょうね」

「ガハハ!世辞ではありませんが、それを覚えろとは今でも口酸っぱく言われますなぁ!」

(……見た目とは裏腹に豪快なオッサンって感じだなぁ)

よく笑い、歯に衣着せぬ物言いをするリチャードにアルスは好感を抱く。その相手の懐にふんわりと入ってくる性格は父親から引き継いだのだろうと、アルスはアーサーをチラリと見ながら思った。

「親父、先生に木剣を握ってもらってるぞ。早く手合わせしろよなー!こっちは楽しみに待ってんだからよ!」

(あー……やっぱりねぇ)

いつの間にか人集りが出来ており、アーサーの発言に頷いていた。各々、ソワソワと隠しきれない興奮を抱いており、中にはヒソヒソと勝敗を賭けている者達もいた。

「大人には順序ってものがあるんだぞ?そんなセッカチだと、アリス嬢から嫌われるぞ?」

「んなっ!?」

「甘酸っぱい果実も時を重ねると酸っぱくなるんだぞ?はよ付き合えバカ息子」

「うるせー!!!」

騎士団の団員達はリチャードの言葉に爆笑する。顔を真っ赤にしたアーサーが揶揄ってくる団員に文句を飛ばしている中、リチャードが話し掛ける。

「……さてアルス殿。息子も言ってたが、手合わせ願おう。ただ、普通に戦っても面白くないので、騎士団式の手合わせをしないか?」

「騎士団式とは?」

「互いに1発ずつ全力の攻防をする。攻撃方法は上段下ろしだけで、防御はそれを受けるという方法だ。避けるのは禁止だぞ?」

「手っ取り早くて面白い手合わせっすね」

やや雰囲気が変わったリチャードが説明する。その手合わせは至ってシンプルで実力差を知るには効率の良いモノであった。

「だろう?…本来であれば我輩が防御するのだが、アルス殿相手なら我輩が攻撃からでも良いかな?」

「ええ、構いませんよ。俺はそれを受けきれば良いんすよね?」

アルスの言葉に団員達は騒つく。アルスがどの様な人物なのかは知っているが、騎士団の頂であるリチャードの実力は身に染みて理解しているからだ。そんな相手にアルスは連れションに行くような軽さで了承した事に驚いていたのだ。

「勿論だ。……ではこれ以上の言葉は要らないな」

雰囲気をガラリと変え、木剣を剣道の様に構えたリチャードが呼吸を整え始める。その威圧感は並大抵のものでは無く、対峙していないアーサー達が息を呑む程であった。それに対しアルスは木剣を軽く叩くと気構えせずに、リラックスした姿勢を取った。片方は重苦しい重圧、もう片方は散歩にでも出掛けそうな雰囲気で、その真逆の状態に団員達は戦士の眼を向ける。手合わせというが、始まりの合図は無い。一瞬でも気を抜けば見逃してしまうかもしれないと考える団員達は、集中して2人の様子を観察し続ける。………そして。

「-----ヌゥン!!!!」

リチャードがアルスとの距離を一瞬で詰め、その速度を加えた上段下ろしをアルスへと喰らわせる。団員達の中でも一握りの有能--勿論アーサーには見えている--だけが一挙一動を追うことが出来た。

そして、リチャードの力の込められた声と共に、石畳は大きくひび割れ轟音を立て、土煙が上がる。今まで見た事のないリチャードの全力を目の当たりにして団員達は息を呑み込んだ。そして、土煙が晴れた瞬間、団員達は呼吸をする事を忘れるほど驚愕した。

「………強過ぎるぜ」

『守護者』リチャードの全力の一撃を片手で受け止めたアルス。言葉とは裏腹に余裕が透けて見えたが、誰も言及はしなかった。……いや、しなかったでは無く、出来なかったのだ。あまりにも信じられない光景過ぎて。だが、それを理解していたのはこの場でたった2人。1人はアーサー、もう1人は攻撃したリチャードであった。

「………更なる頂か」

余裕で防がれてしまったリチャードに悲壮感は無く興奮しかなかった。彼ほどの歴戦の猛者であれば対峙しただけで力量差は理解していた。だからこそ、自分の全力を尽くして頂の高さを見たかったのだ。果たしてその頂は自分が踏む事の出来る資格があるかどうかを。

「……あー、やっぱり付与無しの木剣じゃ耐久値は無いよなぁ」

頂の高さを実感していると、アルスが頭をガシガシと掻いている姿が目に映る。そこには柄だけが残った木剣を握るアルスがおり、木剣受け止められたという事実が残っていた。

「…ま、いっか。んじゃ次は俺の番すね」

「アーサー、アルス殿に木剣を」

「あ、大丈夫っす。木剣は必要無いすよ」

「…………?」

得物が砕けたのでリチャードはアーサーに渡す様に指示したが、それをアルスは断った。『どういう事か?」と尋ねようとしたが、その前にアルスが説明をする。

「リチャードさんの実力は分かりました。なら、この『心剣』を体験する事が出来るでしょう」

「し………シンケン?」

アルスの言葉にリチャードは疑問符を浮かべる。シンケンとはどういう意味なのか全く分からなかったからだ。だが、アルスが柄だけが残った木剣を握りしめると、ゾクッとした悪寒のようなモノがリチャードの身体に走る。

(な、なんだコレは?)

側から見ればアルスは刃の無い木を握っているだけだ。だが、リチャードの眼にはアルスが剣を握っている姿が映っていた。

「……アーサー、お前はまだリチャードさんの域に達してない。日々の稽古だけでは何十年も掛かるだろう。だが、高みに近付きたいと思うのなら、誇りを捨てろ。成長という努力の才能は誰にでもあり、それに限界は無いんだからな」

アルスの心剣が視えているのはこの場ではリチャードのみ。だが、騎士団達の直感は眼に見えない脅威が有るのを感じ取っていた。それに気付いたアルスはアーサーを筆頭に助言する。騎士団というエリート部隊に選ばれたという誇りは成長の妨げであり障害であるという事を。

アルスの言葉を聞いた何人かの騎士団は意図に気付く。リチャードという高みを知り、アーサーという新人が来た事に『才能の差』という理由で自身に壁を作っていたのではないかと。それは即ち、自分で限界を作り現状で満足しているという、アルスの痛烈な皮肉であった。

「…………フッ。まさか指南までしてくれるとはな」

リチャードはアルスの言葉を嬉しく思う。それはリチャードが思っており、どうにか団員達に伝えられないかと考えていた事であった。だが、自分の立ち位置は団員達と近過ぎるのが原因で伝わらないと諦めていた。キツくいう事も可能だが、それは一方的な要求だ。自分で気付く事に意味があり、登山開始の一歩目となるのだ。

「勿体無いすからね。こんなに才能に溢れているのにそこで蓋するなんて。俺が言うのもアレっすけど、全員が伸び代もってるんすから」

アルスの言葉に偽りは無い。『あい君』ほどの洞察力は無いが、才能があるかどうかは見れば分かる。そして、大多数が成長を諦めていると言う事も。

「……アーサーは良き師に出逢えたな」

リチャードは素直な感想を漏らす。頂であると同時によく見ていてくれる師は中々居ない。是が非でもアルスを騎士団に欲しいと思うが、それは無理だという事も理解している。ならば、今の言葉を落とし込むしかない。

「全員、今の言葉を忘れるな。我々が強くなればなるほど、民達を救う事が出来る。逆に強くならなければ助けられる命も助けられない。王宮騎士団の一員として、妥協は恥だと心に刻め!」

「「「「ハッ!!!!」」」」

「……ではアルス殿。手合わせと戻ろうぞ」

団員達の気迫の込められた返事に満足気に頷くと話を元に戻す。今、この場にアルスが何をしているのかを少しでも解ろうとする者がいる事を信じて。

「それじゃ一応説明を。この『心剣』つてのは心に剣って書く受け売りの技だが、要は気力を具現化させた技だ。イメージとしては魔力に近いが、剣の達人になると持っていなくても物が斬れるそうだ」

アルスは説明するが、ポワッとした説明になる。漫画で読んだだけの未体験の話を説明しようとも無理だからだ。だが、話の相手は王国の剣士達。アルスの言わんとしている事が直感的に伝わりすんなりと納得した。

(………これ以上の説明はやめとこ。絶対にボロが出るし質問責めにあったら答えられる自信が無いからな)

団員達がアルスの言葉を待っている間、そんな事を考える。立派な事を言ったつもりだが、それは『創造』のチカラを使ったから出来る事であって、実際に出来るかどうかは分からないからだ。

「……………ま、百聞は一見に如かず、だ」

アルスは構える。それに対しリチャードは守護者の二つ名に恥じない姿勢を取る。アルスもまた、リチャードが実力者である事と、この『心剣』が視えているのを分かっているので、ある程度の放出は大丈夫だろうと考える。

「-----フンッ!!!」

リチャードと違い、アルスは距離を詰める事はせずにその場で心剣を振り落とす。ある程度のチカラで振るったので土埃が舞うが、団員達の眼はリチャードへと注がれていた。


「ヌゥゥゥウゥゥゥ!!!!!」

距離があり刃を持たないただの木の棒を振り落としただけなのに、リチャードの身体は何かに押し潰されていた。遅れてガツンっといった硬質な音を立て、バキンッとリチャードの持つ木剣が割れる音が響いた。

「ハァッハァッハァッ………」

リチャードは呼吸を整える。全身全霊のチカラを振り絞って防御に徹した。しかし、アルスの一撃はそれらを軽く上回っており、それに負けないように踏ん張っていたところ、リチャードは限界を超えることが出来た。それは頂を感じ取った者の第一歩目であり、成長に限界は無いと実感させられる一幕であった。

「おめでとうございます」

アルスはリチャードに治癒を掛けながら手を差し出す。それは王国式であれば無礼な振る舞いであるが、リチャードは一切気にしない。騎士団では実力が全てであるからだ。

「まさか…この歳になって殻を破れるとは」

「リチャードさんも才能の塊っすからね。なんてったって、アーサーの父親すから」

「……フフフ。言葉に表せられない感情が渦巻いているよ」

「……それで?高評価ってのは薄々感じてますけど、これからも俺に任せてもらっても大丈夫すかね?」

アルスはニカッと笑う。リチャードがアルスと話をしたいと聞かされた時、試したいという事ではないかと考え、自分で考えられる優秀な男の演技をしたのだ。もちろん、入念に調べた--『あい君』が--内容をそれっぽく喋っただけだが。

「構わん!むしろ我輩も含めた騎士団全員をお願いしたい所だが、それは贅沢で我儘な願いだろう。息子一人が教えを乞うと言うのは、武人としては羨ましいが、親としては嬉しい限りだ。それに、その息子が騎士団で活躍してくれるとなればな」

「ま、程々に稽古はしますよ。あんまり詰め込むと多方面から怒られるんでね」

多方面というのは主にヴァルキューレである。アルスが前世のモノを持ち込んだ事を『バランスがあああああ』と怒っていたのである。………ただ、食べ物に関しては結構甘く、ジャンジャン仕入れろと『あい君』に直訴していた。

「多方面からか……。まぁ確かにアルス殿はキルリア国の王族だからなぁ。陛下は何も言わないだろうが、貴族連中は良く思わないだろうな。他国に教えを乞うなど、とな」

「リチャードさんはそう感じないんすか?」

「全く。強くなればなるほど民が救われるからな。それに、そんな事言う割には貴族連中もキルリアの料理を気にしてるではないか。筒抜けだが、お抱えの料理人を派遣したりと、言ってる事とやっている事は似た様なモンさ」

「あー………だから最近組合が賑わってたのか」

キルリアの食に対する力の入れ具合は、他国よりも強い。アルスや『あい君』が持ち込んだ知識もあるが、食材の種類が豊富で安いというのが料理人達の垂涎の的なのかも知れない。

「……アルス。ちょっと悪いんだけど、まだここに居るかしら?」

「ん?あぁ……そう言えば用事があったんだっけ?」

「ええ。まだここに居るなら済ませてこようかと思って」

「んぁー……別に--
「マクネア様、ご用事と言うのは時間が掛かりそうですかな?」

アルスが曖昧な返事をしようとした時、リチャードが話を遮る。

「んー……そこまでは掛からないと思うけれども、最低でも2時間は掛かると思うわ?」

「ならば、アルス殿に騎士団の稽古をお願いしても宜しいですかな?先程の手合わせを見て、興奮を押し切れない者達が多いので」

「あら、それは助かるわ。勝手に出歩く癖があるからどうしようかと思っていたのよ」

「ガハハ!こちらこそ助かりますからな!稽古が早い段階で終わりましたら、宿にお連れしておきますね」

「あ、その時は銀燭の--いや、その時はリチャード達がよく呑みに行くお店に連れて行って貰えるかしら?後から合流するから、誰か使いを王城に寄越してちょうだい」

「……確かに行きつけの店はありますが、マクネア様の様な身分の方が行く店では無いですぞ?」

「大丈夫よ。これでもキルリアでは結構呑み歩いているから。じゃ、後の事はよろしくね。ささっと終わらせてくるから」

そう言い残すとマクネアは颯爽とその場から出て行った。残されたアルスとリチャード、騎士団員達には暫し静寂が訪れた。

「……アルス殿、マクネア様が言った『呑み歩いてる』とは……その、我輩達の様な感じ……なのか?」

「あー、まぁ呑み歩いてるというか、俺が振り回しているというか…………。キルリアじゃ結構みんな……市民って言えば良いんかな?みんなとワイワイ呑んでるんすよ。それもフツーの店で。高級店なんて行かないっすからね俺は」

「マ、マクネア様が平民と靴輪を並べて呑んでいると?!」

「そうっすね。堅苦しいのが苦手って言うのと、地位に関係無く楽しい事はみんなで楽しみたいってのが本音っすね」

「地位に関係無く?………なにか深い理由がありそうだな」

「深い理由は無いっすよ。しいて言うなら、俺は地位に興味無いってことぐらいすかねー。まぁ便宜上無いとダメってのは口酸っぱく言われてるから分かってるんすけど、元々はただの平民ですし、いきなり驚くぐらいの権力持ったとしても俺には活用する方法なんて全く微塵も思い付かないすからねー。勝手気ままに生きたいんすよ俺は」

「………………」

リチャードはアルスの言葉を信じられない様な顔付きで脳へと落とし込む。1つは、強大な力を持つ猛者が権力や地位を必要としない事。そして、もう1つはその理由がモノであったからだ。

「ま、まぁ……時に地位は民衆と壁を作ってしまうからなぁ…」

リチャードにはある言葉が浮かび上がったが、無礼だと思いそれは口にしなかった。としてなら、その考えは好感を持てるが、としては不満である言葉であった。

「いやー……まぁ自分でも自覚はしてますけどね。しょーもない理由だなってね?普通にダメ男だなぁとは思うんすけど、綺麗事言うなら争いは嫌いなんすよ」

「……」

リチャードは見透かされたのかと思いドキッと鼓動を鳴らす。戦果は別として、アルスの内面は非常に宜しくないと評価していたからだ。この短い期間でそう感じ取れるのは団長として長い間、色々な部下を請け負ってきたからだろう。

「………まぁ、自発的に動かないっすけど、そろそろ『なぁなぁ』で過ごす時期は終わりを迎えるだろうなぁと思ってますね」

「ンンッ……。それはどういう事か尋ねてもよろしいかな?」

「あー…別に害ある行動はするつもりないっすからね?俺が言いたいのはそろそろケジメをつけるというか、真面目にならないといけないなぁって……。行動に移すまでは時間が掛かりますけどね」

リチャードは先程のアルスに対する評価を取り消す。『優柔不断で芯のない男』という評価から『読めない男』へと変更した。なぜそう思ったのかは理由はない。ただ、直感的にそう思っただけなのだ。なんというか、アルスの行動、言動で判断してはいけないと勘が訴えるのだ。

「……我輩は聡明でないから分からないが、アルス殿も色々と悩みがあるのだな」

「そうっすよ。最近っつーか、最初からの大きな悩みなんすけど、なんでこんなダメ男を好きになるんかなーって思ってます。俺だったらお断りっすよこんな物件。リチャードさんはどう思います?ハッキリ言っちゃってくださいよ」

「………それはアルス殿をって事か?だとすると……我輩も同じ意見だな。白黒ハッキリさせない男は好みでは無いからな」

「ですよね!!!」

アルスは喰い気味でリチャードの意見に賛同する。その返事にリチャードは複雑な感情を抱く。『自覚あるのにその態度で通しているのか?』と。

(……いやはや、全く読めない男だ。こんな男が英雄と称されているのに少しばかり落胆したが……実力は本物だからな。天は二物を与えずというが、アルス殿もその例に当て嵌まるのだろう。幸運なのはアルス殿が性格破綻者で無かったという所だな)

リチャードは答えの出ない思考の沼に浸かっていると、アルスによって救い出される。

「さてと。話は戻りますけど、稽古を付けて行きますか。どんな感じに教えれば良いっすかね?」

「む……?そうだな、まずはアーサーにどんな事を教えているのかを見せて欲しいな」

「良いっすよ。んじゃ、アーサー。とりあえず手合わせすっか」

「準備出来てるっすよ!魔法無しのいつもので良いんすよね?」

「俺はカウンターだけするから頭を働かせろよー」

それからアルス達は稽古にドップリと浸かる。エリート揃いとだけあって、アルスの指導をすぐに吸収していく。中にはアルスの考えをあまり好ましく思わない者もいたが、その者にはしっかりと理由を聞き、アルスにしては珍しくしっかりと質疑応答をして教えを広めていった。そして、マクネアが用事を済ませて帰ってくる頃には、目をキラキラとさせ、楽しそうに稽古に励む騎士団員達が出来上がっていたのだった。
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