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第10章 平穏
第325話 -If I Can't Have You 3-
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「………頭痛い」
「もうお昼よ?ご飯食べに行きましょ?」
アルスは豪華な部屋の豪華なソファの上で目を覚ます。耐性をカットしていたツケが来たのか、鈍痛が頭の中に響き渡る。普通ならば薬を飲み、薄れゆく二日酔いと過ごしながら1日を過ごすのだが、ここは魔法のある異世界だ。すぐさま状態回復の魔法を掛け、耐性をONにする。
「---っふぅ!」
「ほら、喉渇いてるでしょ?」
アルスが対処したのを見届けたマクネアは水の入ったコップを渡す。アルスは礼を言いながらそれを一気に飲み干し口を拭う。
「あぁーーーーー生き返るぅー」
「今度呑む時は少しくらいは耐性を残しておきなさいよ?全カットしてたなんて驚いたわ」
「0か100なんだよ俺は…」
『同じくらい呑んでいたはずのマクネアがなぜ…?』と思っていたアルスだったが、それはすぐに解決した。マクネアは酒に酔うという事を楽しむ為に抑えただけであり、アルスみたいに耐性無しにしたわけでは無いのだ。
「今日のお昼はちょっと高めのお店に行くからね?服は準備してるから入浴してきなさい」
「………一緒に風呂入る?」
まだ酔いが残っていたのか、普通ならば絶対言わない言葉をアルスは発する。それを言った瞬間に後悔が押し寄せ、先の発言を訂正しようとするが、マクネアの方が早かった。
「………考えとく」
アルスは脳内で絶叫しながら逃げる様に浴室へと駆け込む。そして自動で流れる水を桶一杯に汲むと何度も頭から被る。前世では水風呂が苦手だったアルスだが、この時ばかりは水風呂にダイブして膝を抱えて沈んでたいと思うほど恥ずかしかった。
(ああああああああああああああ!!!)
アルスは脳内絶叫しながらも身体と頭を綺麗に洗い、浴槽に浸かり坐禅を組み心を落ち着かせる。そして、先程の記憶を無理矢理脳の片隅へと追いやってから浴槽を出た。風呂から出るとタオルと着替えが用意されており、しっかりと身体を拭き、頭を魔法で乾燥させてから下着を履く。まだ身体が火照っているので風魔法を掛けて体温を下げてから用意された服を着る。
「………シャツとか久々に着たわ」
用意されていたのはチェインシャツでは無く、普通のシャツだった。風通しの良い素材の長袖シャツで胸元には金色の薔薇の刺繍があり、シンプルで上品であった。そしてズボンはスラックスに似たモノが準備されており、ベルトまで用意されていた。アルスは着せ替え人形の様に用意されていた服を着用すると部屋へと戻った。
「お待たせ」
「……………」
(……え?なに?似合ってない?)
部屋に入るとマクネアが無言でアルスを見つめる。あまりにも真剣な眼差しを感じたので、似合ってないのかと不安になったアルスだっだが、マクネアは軽く頷くと後ろの部屋へと移動した。
「……もしかして高い店のドレスコードじゃなかったとか?いや…でも準備されてたし……」
アルスは部屋にある姿見でチェックする。顔の造形は置いておいて、服装はどうなのかを考える。だが、私服のセンスが無いアルスはオシャレなのかさえも分からなかった。
(シャツでスラックスだから良いんじゃねーの?………あぁ、でもこっちの世界の正装はスーツじゃねぇもんな…)
そんな事を考えているとマクネアが戻ってきた。片手にはローブを持っていたが、それよりも違う所に注目した。
「あれ?服装………変わって---
先程までマクネアは水色のワンピースを着ていた。しかし、戻ってきた時には白色のワンピースに変わっていた。更にはワンピースの形状も変化していた。
「……ったくミリィったら油断も隙もありゃしないわ…」
何やらブツブツと言っていたが、あまりにも小さかった為、アルスには聞こえなかった。だが、アルスの視線は床を見ていた為、聞こえる云々の前に気付かなかっただろう。
「………マクネア。その格好はちょーーーっと……ね?」
「? どこか変かしら?」
「いやぁ……目のやり場に困ると言いますか……そこに注目しちゃうと言いますか……」
アルスは床を見ながら指摘する。アルスは名称を知らないが、マクネアが着ている服はチュニックに近いものだ。だが、胸元が菱形にくり抜かれており、露出していた。だからこそ、アルスは目を伏せていたのだ。
だが、アルスが言いたいのはそこだけでは無い。確かに男性を虜にする衣装であるが、整った顔立ちに漫画のキャラの様なスタイルは、まさに歩く20禁だ。多少、女性に免疫が出来たとは言え、童貞であるアルスには刺激が強過ぎる格好であった。
「似合ってない?」
マクネアはアルスが目を合わせない事に心配になる。準備されていたのを着用したが、恋敵が仕掛けた罠に焦りつつ、慌てて自前のを用意したからだった。
「似合ってる!!似合ってるんだけど………その……ね?俺には刺激が強いと言うか……息子がご機嫌になっちゃうと言いますか……へへへ」
キモい感想を述べるアルスにマクネアは思考を回転させる。重要なのは似合っているかどうかで、アルスの語気から察するに別な要因があるみたいだが、似合ってるのは間違いなさそうであった。
「良かった…。あ、そうそう。一応アルスにこれを渡しておくわ。それだけだと少し目立っちゃうから」
マクネアはアルスに灰色のテーラードジャケットを渡す。素材は通気性の良いモノでボタンの柄はマクネアの家紋が刻まれていた。そして、マクネアはアルスと同じ色のストールを羽織ると胸元を隠し、それを見たアルスは安心した。
「さ、行きましょ」
「ふぅ……オッケー、行こっか」
「……そのおっけーってどういう意味?」
「了解って意味だよ。まぁ……とりあえず返事とかにでも使える万能な言葉…かなぁ?」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「いらっしゃいませ」
店へと到着したアルスはマクネアの後を着いていく。この店はフルールで3本の指に入る名店で高級店でもある。アルスからすればべらぼうに高い店だが、金銭感覚が若干落ちつつあるマクネアからすれば少し高いという認識であった。
「これはこれはマクネア様。お久しぶりで御座います」
初老の男性が深々と頭を下げる。彼はここの入口で挨拶をするのが仕事であった。
「元気にしてたかしら?」
「ええ。とても元気で健康でございますよ」
「それは何よりだわ。いつもの席は空いてるかしら?」
「両方とも空いておりますが、どちらをご利用ですかな?」
「そうね……テラスの方で良いわ」
「承りました。では係の者に案内させます」
初老の男性は手を叩くと従業員を呼ぶ。今度は誰もが一目見て好感を得る青年がやって来るとマクネア達を席へと案内する。初老の男性はマクネア達の背を眺めながらふと考える。その内容は英雄が着用していたジャケットであり、それから導き出した答えに笑みを浮かべるのであった。
♦︎♢♦︎♢
「メインは魚で。ドリンクはドルド産のモノをお願い」
「承りました」
席へと案内され、着席すると同時にマクネアは頼む。従業員は一礼するとその場を離れていく。
「日当たり良好だなぁ」
地面は白と黒の石貼りになっており、一本の樹が丁度席に影を落とし、陽があたりつつも涼しげな雰囲気を醸し出していた。席は丸テーブルと丸椅子であったが、魔法具なのか座り心地はソファと代わり映えしなかった。サワサワと風の音色が響く中、マクネアは喋り出す。
「ここの料理はとっても美味しいから、アルスを連れてきたかったのよ」
「それはありがとう。ま、俺一人じゃこんな店に入ろうとは思わんなぁ」
「でしょうね…。アナタが行くお店って大体は活気のあるお店ばかりだし…」
受け取り方によっては非難しているように聞こえるが、マクネアにその様な感情は一切無い。アルスがキルリアにいる際、呑みに出る店は薄汚れて怒号や喧騒が飛び交っている店によく足を運んでいた。『入りやすい』というのが1番の理由だが、お高い店は騒ぐことが出来ないから遠慮していたのだ。マクネアや『あい君』からは『組合も良いですけど、他の高級店にも顔を出して』と小言を言われていたが、『マナーが分からんから嫌だ』という子どもじみた言い訳で躱されていたのだ。
なので、アルゼリアルに訪れたのだから、この機会にアルスに高級店の印象を良くしようと思い、マクネアは店を選んでいた。まぁ、別の理由もあるが、基本的にはアルスを慣れさせる為だ。
「苦手なんだよ高級感ってのがさ。値段もそうだけど………なんつーか、気品溢れる方々が黙々と食べるってイメージがあるんだよなぁ」
「…それは否定しないけれど、高級店も色々よ?組合みたいに騒げないけど、ある程度なら楽しめるお店だってあるのよ?」
「そりゃぁそうなんだろうけど……マナーとかあるでしょ?」
「あるわよ?けれども、それは一般的なモノで構わないの。マナーが厳しいのは王族との会食とかの場合よ」
「貴族間でも必要でしょ?」
「それはそうだけど、基礎が出来てなければ学ぶなんて出来ないわよ。だから、アルスが覚えればいいのは一般的なマナーだけよ」
「それは……フォークやナイフの順番とか、スープにはこのスプーンで、とかでしょー??」
「………え?なにそれ?そんなマナーがあるの?」
「えっ?!」
アルスの発言にマクネアは驚く。どうやらアルスのマナーとマクネアのマナーは違った様だ。アルスはうろ覚えな前世のマナーを説明するのを諦め、マクネアからこの世界でのマナーを教えてもらう。マクネアは難しいことは言わず、簡潔に説明してくれる。そして、それはアルスのマナーという固定概念を崩すモノでもあった。
「……えぇ?クソ簡単やんけ……」
説明を聞いたアルスは『前世のマナーはしっかりしてたんだなぁ…』と謎の尊敬の念を持つ。この世界のマナーを大雑把に説明すると『品があれば良い』であった。
「簡単なら覚えてくれる方が助かるわ。アルスもキルリアを代表する地位にいるのだから、呼ばれる機会はあるでしょうし」
「あー…うん、そうだよなぁ……。『あい君』ばっかりを働かせるのは忍びないし…」
「本来なら食事の場で上下を測るんだけど……あい君を上回る知者がいない限り無駄でしょうね。だから、殆どが友好を目的だと思う」
「裏表ないって感じ?」
「あるにはあると思う。けれど、大手を振れるモノではないと思うわ?小賢しく回りくどいアルスの嫌いな類ね」
アルスには少し難しい話をしていると、前菜が届いた。アルス達は料理に手を伸ばし、別の話題を出す。
「そう言えばさ、マクネア。『顔無し』って冒険者グループのこと知ってる?」
「ええ。知ってるわよ」
「なんかすげー強いらしいじゃん?スサノオさん公認って聞いてたんだけど、そいつらってギルドに行けば会えるかな?」
「『顔無し』はギルドに登録してないわよ?だから行っても無駄だと思うわ」
「あ…なんかそんな事『あい君』が言ってた気がするわ。んー………ならどこ行けば会えるんかなぁ?」
「気になるの?その『顔無し』パーティが」
「そりゃ気になるでしょ!素性も分からないが、無報酬で僻地に飛んで人々を救うって、正義のヒーローみたいじゃん!」
「ひーろー………あぁ、アルスの部屋にある本に出てくる言葉ね?まぁ……ヒーローと言えばヒーローね」
「格好いいよな!わざわざ僻地を選ぶっつーのも俺好みだね」
「俺好みってのは……タイプってこと?」
「……恋愛とかのタイプじゃないからね?」
「フフッ、分かってるわよ。アルスの持っている本を読んだけど、大抵の主人公が弱者を救っていたわね」
「ヒーロー系は大好きだからなぁ。説明は難しいけど、『顔無し』って奴等の行動はマジでヒーロー系のソレなんだよね」
「その様子じゃ色々と調べたみたいね」
「『あい君』から聞いた後にちょこっとね。結構業績あって驚いたよ。どーりで、ジルバさんが不貞腐れてた訳だ」
「ジルと連絡とったの?」
「うん。ジルバさんにも会いに行く予定だし、それを言うついでに聞いただけさ」
「…珍しいわね。そこまでするなんて」
「俺だって頭を使う事はあるんだよ?使わなきゃ脳みそがツルツルになっちまうからねー」
「それじゃこの後はジルの屋敷に行くのかしら?」
「行ってもいいし、明日でも大丈夫だよ。来る前に連絡くれって言われてるから」
「んー…なら明日にしましょ。今から連絡入れておけば準備も出来るでしょうし」
「……今すぐ行くって言ってもソルトさんなら完璧に出来そうな気がするけどなぁ」
「ソルトなら出来るでしょうね。けど、時間は必要よ?向こうだって予定があるかもしれないし」
「忙しいもんねジルバさんも。んなら食事の後にでも連絡しとくよ」
こんな話をしながらコース料理を食べ終えた2人は店を出る。味については文句無しであった。というより、高級店というバイアスが掛かり、不味いと思えなかったというのが正解であった。
「………んじゃ明後日伺いますっす!」
店を出た直後、アルスはジルバに念話を飛ばした。アルスからの一方的な念話に驚いたジルバであったが、相手がアルスだと分かると落ち着いた様であった。向こうは少し忙しそうだったので、アルスはササっと用件を伝えると、明後日なら空いているとの事だったので、明後日の午前中に伺う約束を取り付けた。
「明日は用事があるらしくて明後日ならいいよってさ」
「なら明後日行きましょう。やっぱり連絡して良かったわね」
「周りに凄い人物が揃い過ぎて感覚が麻痺ってたなぁ…。ジルバさんも大貴族なの忘れてたよ」
「以前よりも忙しくなったでしょうね。陛下も重用しているでしょうし」
「頭良すぎるもんなージルバさん。大臣とかになってもおかしくないよね?」
「そうねぇ………けれどもジルを中に入れるのは良くないわね。ジルは外で動かした方が輝くから」
「……マクネアがそう言うと、ジルバさんが可哀想に思えるよ」
アルスには王城の内部事情などチンプンカンプンである。だが、アルスの周りには多数の智者がおり、その智者がそう言うのであれば評価をした上でそこに配置しているのだと思っている。だからこそ、アルスはジルバの事を『有能が故に可哀想な立場』という認識を持っていた。
「仕方ないじゃない。ジルには一時期容疑が掛かってたんだし。それを取り払うって言ってんのに、『そのままの方が動き易い』とか悪い返事を返すから、こんな扱いをされるのよ」
「…ジルバさんが言いそうな返事だわソレ。でも、容疑は晴れてんでしょ?」
「一部は理解しているけど、まだまだ根深いのよね。………ま、私にはもう関係ないけれどね」
「…関係無いとか言う割には結構気にしてる癖に」
「……なによ?」
「なぁーんにも?……んじゃ、この後何するか決めますかー?買い物でもする?」
アルスは知っている。マクネアがアルゼリアルの事を気にして色々と手伝っている事を。マクネアは関係無いと言うが、そんな簡単に解消出来るような立場ではない。様々な条件でこちらに来ているのも知っているし、『あい君』が暗躍しているのも全て知っている。ただ、アルスは知らないフリをしているだけだ。本当に困っていたり、大変な時には全力で手伝うつもりだ。
上手ではない演技をしながら話題を無理矢理変えると、マクネアは笑みを浮かべて話を振る。
「それじゃ学園に行きましょ。今なら授業中でしょうし、迷惑にならないと思うわ」
「オッケー。なら……どっかで花買っていくかー」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「持ってて良かった身分証」
学園への入場を無事果たしたアルス達は花を抱えて歩く。アルスは前世の記憶から派手で無い花を、マクネアはこちらの世界で当たり前の派手な花を選んでいた。
「ちゃんと持ってたのね」
アルスの持つ皮袋は容量無限な為、整理をしない。探す時は念じるだけで取り出せるので入っていたかどうかは全く覚えてないのだ。
「……懐かしいなぁこの光景」
学園が見えてくると思い出が蘇ってくる。アーサーと歩き、ロニキスと共に歩いた道だ。しばらく歩いて食堂へと行けばアシュレイがいつも座っていた場所に辿り着くだろう。遠い過去だが簡単に思い出す事が出来た。
「こっちよアルス」
「?」
マクネアが手招きをし、少し外れた小道へと歩くと魔法陣があった。何の魔法陣かを尋ねると直通の魔法陣とのこと。アルス達はそのまま魔法陣へと乗り、ロニキス達の石碑へと移動する。視界が切り替わると目の前には色とりどりの華が供えられており、手入れがしっかりされているのかゴミひとつ落ちていなかった。
アルス達は無言で石碑へと花を供えると文面へと目を向ける。そこにはロニキス、アシュレイの他に犠牲となった生徒、教職員の名が刻まれていた。マクネアは石碑の前に座り込むと文面をなぞり始める。アルスは日が浅く、あまり関わりのない人が多かったが、マクネアは違う。彼女はここの長であり、全ての者と関わりがあった。だからこそ、マクネアの心境はアルスとは違うのだろう。2人は暫く無言のまま刻が過ぎていった。
「……………待たせたわね」
「いや…待ってないさ」
対話が終わったのかマクネアは腰を上げ尻を叩く。パラパラと砂が落ちると石碑を一瞥し、アルスへと向き直る。
「これからどうする?」
「久々に学園に来たからアーサー達の顔でも見るかな」
「フフッ、それは良いわね。アーサー達も驚くわ」
「?」
クスクスと笑うマクネアに『どこが面白かったのか』と疑問符が浮かぶが、学園でする事はもう終わった。ならばアーサー達の様子を見て帰ろうと思った。
「この時間なら……あの子達は訓練所に居るわね」
「この時間に訓練所?……学業はどーしたんだ?」
「アナタがそれを言うの?ただでさえ才能がある子達を磨いた張本人が?」
「……え?俺のせいなの?!」
「…その様子だと何も知らないみたいね。なら向かいながら説明するわ」
訓練所に向かう道中、アルスはマクネアから報告を聞かされる。アーサー、アリスの両名は旧キルリアの事件の時に才能が開花した。開花と言っても最強になった訳ではなく、命を奪い合う戦いを経験したことにより、学園で教えられる範囲を超えてしまったのだった。座学の部分は元々頭が良いので、授業を受けるだけでテストはほぼ完璧であり、更には独学で先を進むものだから、教える事が無くなっていた。この状況にマクネアの後継者は異例とも言える特別待遇をアーサー達に与え、その代わり生徒達に指導する条件を与えた。この待遇に他の貴族から反発があったが、アーサーとアリスの出自を理解しているので大きな問題にはならなかった。
勿論、生徒達の嫉妬も大きかったが、アーサー達の指導を受けると上達したと実感でき、その嫉妬やらは段々と薄れていった。才ある者はアーサー達との差がどれ程あるかを感じ取り、それに憧れるようになっていったのも、薄れていった要因でもあった。
「---とまぁこんな感じね。クロノス様経由でアーサー達の動向は聞いていたけど、目立った問題は無いみたいよ」
「はぇー……すっごい問題になってたんだなぁ…。てか、話を聞く限りじゃ相当強くなったんじゃない?嫉妬が無くなるって相当だよね?」
「『強さ』は男女共通の憧れだからよ。そう言う意味ではアルスもモテるのよ?」
「俺が?……実感わかねぇな。でもまぁ………モテるのは良いや」
「なんで?アナタの夢だったんじゃないの?」
「現状で満足だよ……。冷静に考えれば童貞の俺には酒池肉林ってのは妄想だけの話だったのさ」
「フフッ……満足してると受け取るわよ?」
そんな話をしていると懐かしき訓練所へと到着する。どの部屋を使っているのかを知らないのでアルスはマクネアの後に続いた。
「ここで稽古をしているわ」
「ふぅん………」
301と書かれた部屋から微かに音が漏れていた。防音設備はしっかりしているはずなので、中では相当激しい稽古をしているのだろうとアルスは思った。
「んじゃ、ちょっとしたサプライズをしますかね」
アルスは悪巧みを考えついたような表情を浮かべ、自分とマクネアに魔法を掛ける。その魔法はアルス達の存在を限りなく無にする魔法で、隠密が使う様な魔法であった。
「なにしたの?」
「俺たちに気付くかどうか試してやろうと思ってね。声を出したら魔法が解除されるから会話は念話でよろしく」
「……ハァ。子どもみたいな事しなくてもいいのに」
悪ガキのようなアルスに呆れつつもマクネアはドアをゆっくり開ける。そして、素早く中へと入ると激しい模擬戦を行なっているアーサー達が目に映るのであった。
「もうお昼よ?ご飯食べに行きましょ?」
アルスは豪華な部屋の豪華なソファの上で目を覚ます。耐性をカットしていたツケが来たのか、鈍痛が頭の中に響き渡る。普通ならば薬を飲み、薄れゆく二日酔いと過ごしながら1日を過ごすのだが、ここは魔法のある異世界だ。すぐさま状態回復の魔法を掛け、耐性をONにする。
「---っふぅ!」
「ほら、喉渇いてるでしょ?」
アルスが対処したのを見届けたマクネアは水の入ったコップを渡す。アルスは礼を言いながらそれを一気に飲み干し口を拭う。
「あぁーーーーー生き返るぅー」
「今度呑む時は少しくらいは耐性を残しておきなさいよ?全カットしてたなんて驚いたわ」
「0か100なんだよ俺は…」
『同じくらい呑んでいたはずのマクネアがなぜ…?』と思っていたアルスだったが、それはすぐに解決した。マクネアは酒に酔うという事を楽しむ為に抑えただけであり、アルスみたいに耐性無しにしたわけでは無いのだ。
「今日のお昼はちょっと高めのお店に行くからね?服は準備してるから入浴してきなさい」
「………一緒に風呂入る?」
まだ酔いが残っていたのか、普通ならば絶対言わない言葉をアルスは発する。それを言った瞬間に後悔が押し寄せ、先の発言を訂正しようとするが、マクネアの方が早かった。
「………考えとく」
アルスは脳内で絶叫しながら逃げる様に浴室へと駆け込む。そして自動で流れる水を桶一杯に汲むと何度も頭から被る。前世では水風呂が苦手だったアルスだが、この時ばかりは水風呂にダイブして膝を抱えて沈んでたいと思うほど恥ずかしかった。
(ああああああああああああああ!!!)
アルスは脳内絶叫しながらも身体と頭を綺麗に洗い、浴槽に浸かり坐禅を組み心を落ち着かせる。そして、先程の記憶を無理矢理脳の片隅へと追いやってから浴槽を出た。風呂から出るとタオルと着替えが用意されており、しっかりと身体を拭き、頭を魔法で乾燥させてから下着を履く。まだ身体が火照っているので風魔法を掛けて体温を下げてから用意された服を着る。
「………シャツとか久々に着たわ」
用意されていたのはチェインシャツでは無く、普通のシャツだった。風通しの良い素材の長袖シャツで胸元には金色の薔薇の刺繍があり、シンプルで上品であった。そしてズボンはスラックスに似たモノが準備されており、ベルトまで用意されていた。アルスは着せ替え人形の様に用意されていた服を着用すると部屋へと戻った。
「お待たせ」
「……………」
(……え?なに?似合ってない?)
部屋に入るとマクネアが無言でアルスを見つめる。あまりにも真剣な眼差しを感じたので、似合ってないのかと不安になったアルスだっだが、マクネアは軽く頷くと後ろの部屋へと移動した。
「……もしかして高い店のドレスコードじゃなかったとか?いや…でも準備されてたし……」
アルスは部屋にある姿見でチェックする。顔の造形は置いておいて、服装はどうなのかを考える。だが、私服のセンスが無いアルスはオシャレなのかさえも分からなかった。
(シャツでスラックスだから良いんじゃねーの?………あぁ、でもこっちの世界の正装はスーツじゃねぇもんな…)
そんな事を考えているとマクネアが戻ってきた。片手にはローブを持っていたが、それよりも違う所に注目した。
「あれ?服装………変わって---
先程までマクネアは水色のワンピースを着ていた。しかし、戻ってきた時には白色のワンピースに変わっていた。更にはワンピースの形状も変化していた。
「……ったくミリィったら油断も隙もありゃしないわ…」
何やらブツブツと言っていたが、あまりにも小さかった為、アルスには聞こえなかった。だが、アルスの視線は床を見ていた為、聞こえる云々の前に気付かなかっただろう。
「………マクネア。その格好はちょーーーっと……ね?」
「? どこか変かしら?」
「いやぁ……目のやり場に困ると言いますか……そこに注目しちゃうと言いますか……」
アルスは床を見ながら指摘する。アルスは名称を知らないが、マクネアが着ている服はチュニックに近いものだ。だが、胸元が菱形にくり抜かれており、露出していた。だからこそ、アルスは目を伏せていたのだ。
だが、アルスが言いたいのはそこだけでは無い。確かに男性を虜にする衣装であるが、整った顔立ちに漫画のキャラの様なスタイルは、まさに歩く20禁だ。多少、女性に免疫が出来たとは言え、童貞であるアルスには刺激が強過ぎる格好であった。
「似合ってない?」
マクネアはアルスが目を合わせない事に心配になる。準備されていたのを着用したが、恋敵が仕掛けた罠に焦りつつ、慌てて自前のを用意したからだった。
「似合ってる!!似合ってるんだけど………その……ね?俺には刺激が強いと言うか……息子がご機嫌になっちゃうと言いますか……へへへ」
キモい感想を述べるアルスにマクネアは思考を回転させる。重要なのは似合っているかどうかで、アルスの語気から察するに別な要因があるみたいだが、似合ってるのは間違いなさそうであった。
「良かった…。あ、そうそう。一応アルスにこれを渡しておくわ。それだけだと少し目立っちゃうから」
マクネアはアルスに灰色のテーラードジャケットを渡す。素材は通気性の良いモノでボタンの柄はマクネアの家紋が刻まれていた。そして、マクネアはアルスと同じ色のストールを羽織ると胸元を隠し、それを見たアルスは安心した。
「さ、行きましょ」
「ふぅ……オッケー、行こっか」
「……そのおっけーってどういう意味?」
「了解って意味だよ。まぁ……とりあえず返事とかにでも使える万能な言葉…かなぁ?」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「いらっしゃいませ」
店へと到着したアルスはマクネアの後を着いていく。この店はフルールで3本の指に入る名店で高級店でもある。アルスからすればべらぼうに高い店だが、金銭感覚が若干落ちつつあるマクネアからすれば少し高いという認識であった。
「これはこれはマクネア様。お久しぶりで御座います」
初老の男性が深々と頭を下げる。彼はここの入口で挨拶をするのが仕事であった。
「元気にしてたかしら?」
「ええ。とても元気で健康でございますよ」
「それは何よりだわ。いつもの席は空いてるかしら?」
「両方とも空いておりますが、どちらをご利用ですかな?」
「そうね……テラスの方で良いわ」
「承りました。では係の者に案内させます」
初老の男性は手を叩くと従業員を呼ぶ。今度は誰もが一目見て好感を得る青年がやって来るとマクネア達を席へと案内する。初老の男性はマクネア達の背を眺めながらふと考える。その内容は英雄が着用していたジャケットであり、それから導き出した答えに笑みを浮かべるのであった。
♦︎♢♦︎♢
「メインは魚で。ドリンクはドルド産のモノをお願い」
「承りました」
席へと案内され、着席すると同時にマクネアは頼む。従業員は一礼するとその場を離れていく。
「日当たり良好だなぁ」
地面は白と黒の石貼りになっており、一本の樹が丁度席に影を落とし、陽があたりつつも涼しげな雰囲気を醸し出していた。席は丸テーブルと丸椅子であったが、魔法具なのか座り心地はソファと代わり映えしなかった。サワサワと風の音色が響く中、マクネアは喋り出す。
「ここの料理はとっても美味しいから、アルスを連れてきたかったのよ」
「それはありがとう。ま、俺一人じゃこんな店に入ろうとは思わんなぁ」
「でしょうね…。アナタが行くお店って大体は活気のあるお店ばかりだし…」
受け取り方によっては非難しているように聞こえるが、マクネアにその様な感情は一切無い。アルスがキルリアにいる際、呑みに出る店は薄汚れて怒号や喧騒が飛び交っている店によく足を運んでいた。『入りやすい』というのが1番の理由だが、お高い店は騒ぐことが出来ないから遠慮していたのだ。マクネアや『あい君』からは『組合も良いですけど、他の高級店にも顔を出して』と小言を言われていたが、『マナーが分からんから嫌だ』という子どもじみた言い訳で躱されていたのだ。
なので、アルゼリアルに訪れたのだから、この機会にアルスに高級店の印象を良くしようと思い、マクネアは店を選んでいた。まぁ、別の理由もあるが、基本的にはアルスを慣れさせる為だ。
「苦手なんだよ高級感ってのがさ。値段もそうだけど………なんつーか、気品溢れる方々が黙々と食べるってイメージがあるんだよなぁ」
「…それは否定しないけれど、高級店も色々よ?組合みたいに騒げないけど、ある程度なら楽しめるお店だってあるのよ?」
「そりゃぁそうなんだろうけど……マナーとかあるでしょ?」
「あるわよ?けれども、それは一般的なモノで構わないの。マナーが厳しいのは王族との会食とかの場合よ」
「貴族間でも必要でしょ?」
「それはそうだけど、基礎が出来てなければ学ぶなんて出来ないわよ。だから、アルスが覚えればいいのは一般的なマナーだけよ」
「それは……フォークやナイフの順番とか、スープにはこのスプーンで、とかでしょー??」
「………え?なにそれ?そんなマナーがあるの?」
「えっ?!」
アルスの発言にマクネアは驚く。どうやらアルスのマナーとマクネアのマナーは違った様だ。アルスはうろ覚えな前世のマナーを説明するのを諦め、マクネアからこの世界でのマナーを教えてもらう。マクネアは難しいことは言わず、簡潔に説明してくれる。そして、それはアルスのマナーという固定概念を崩すモノでもあった。
「……えぇ?クソ簡単やんけ……」
説明を聞いたアルスは『前世のマナーはしっかりしてたんだなぁ…』と謎の尊敬の念を持つ。この世界のマナーを大雑把に説明すると『品があれば良い』であった。
「簡単なら覚えてくれる方が助かるわ。アルスもキルリアを代表する地位にいるのだから、呼ばれる機会はあるでしょうし」
「あー…うん、そうだよなぁ……。『あい君』ばっかりを働かせるのは忍びないし…」
「本来なら食事の場で上下を測るんだけど……あい君を上回る知者がいない限り無駄でしょうね。だから、殆どが友好を目的だと思う」
「裏表ないって感じ?」
「あるにはあると思う。けれど、大手を振れるモノではないと思うわ?小賢しく回りくどいアルスの嫌いな類ね」
アルスには少し難しい話をしていると、前菜が届いた。アルス達は料理に手を伸ばし、別の話題を出す。
「そう言えばさ、マクネア。『顔無し』って冒険者グループのこと知ってる?」
「ええ。知ってるわよ」
「なんかすげー強いらしいじゃん?スサノオさん公認って聞いてたんだけど、そいつらってギルドに行けば会えるかな?」
「『顔無し』はギルドに登録してないわよ?だから行っても無駄だと思うわ」
「あ…なんかそんな事『あい君』が言ってた気がするわ。んー………ならどこ行けば会えるんかなぁ?」
「気になるの?その『顔無し』パーティが」
「そりゃ気になるでしょ!素性も分からないが、無報酬で僻地に飛んで人々を救うって、正義のヒーローみたいじゃん!」
「ひーろー………あぁ、アルスの部屋にある本に出てくる言葉ね?まぁ……ヒーローと言えばヒーローね」
「格好いいよな!わざわざ僻地を選ぶっつーのも俺好みだね」
「俺好みってのは……タイプってこと?」
「……恋愛とかのタイプじゃないからね?」
「フフッ、分かってるわよ。アルスの持っている本を読んだけど、大抵の主人公が弱者を救っていたわね」
「ヒーロー系は大好きだからなぁ。説明は難しいけど、『顔無し』って奴等の行動はマジでヒーロー系のソレなんだよね」
「その様子じゃ色々と調べたみたいね」
「『あい君』から聞いた後にちょこっとね。結構業績あって驚いたよ。どーりで、ジルバさんが不貞腐れてた訳だ」
「ジルと連絡とったの?」
「うん。ジルバさんにも会いに行く予定だし、それを言うついでに聞いただけさ」
「…珍しいわね。そこまでするなんて」
「俺だって頭を使う事はあるんだよ?使わなきゃ脳みそがツルツルになっちまうからねー」
「それじゃこの後はジルの屋敷に行くのかしら?」
「行ってもいいし、明日でも大丈夫だよ。来る前に連絡くれって言われてるから」
「んー…なら明日にしましょ。今から連絡入れておけば準備も出来るでしょうし」
「……今すぐ行くって言ってもソルトさんなら完璧に出来そうな気がするけどなぁ」
「ソルトなら出来るでしょうね。けど、時間は必要よ?向こうだって予定があるかもしれないし」
「忙しいもんねジルバさんも。んなら食事の後にでも連絡しとくよ」
こんな話をしながらコース料理を食べ終えた2人は店を出る。味については文句無しであった。というより、高級店というバイアスが掛かり、不味いと思えなかったというのが正解であった。
「………んじゃ明後日伺いますっす!」
店を出た直後、アルスはジルバに念話を飛ばした。アルスからの一方的な念話に驚いたジルバであったが、相手がアルスだと分かると落ち着いた様であった。向こうは少し忙しそうだったので、アルスはササっと用件を伝えると、明後日なら空いているとの事だったので、明後日の午前中に伺う約束を取り付けた。
「明日は用事があるらしくて明後日ならいいよってさ」
「なら明後日行きましょう。やっぱり連絡して良かったわね」
「周りに凄い人物が揃い過ぎて感覚が麻痺ってたなぁ…。ジルバさんも大貴族なの忘れてたよ」
「以前よりも忙しくなったでしょうね。陛下も重用しているでしょうし」
「頭良すぎるもんなージルバさん。大臣とかになってもおかしくないよね?」
「そうねぇ………けれどもジルを中に入れるのは良くないわね。ジルは外で動かした方が輝くから」
「……マクネアがそう言うと、ジルバさんが可哀想に思えるよ」
アルスには王城の内部事情などチンプンカンプンである。だが、アルスの周りには多数の智者がおり、その智者がそう言うのであれば評価をした上でそこに配置しているのだと思っている。だからこそ、アルスはジルバの事を『有能が故に可哀想な立場』という認識を持っていた。
「仕方ないじゃない。ジルには一時期容疑が掛かってたんだし。それを取り払うって言ってんのに、『そのままの方が動き易い』とか悪い返事を返すから、こんな扱いをされるのよ」
「…ジルバさんが言いそうな返事だわソレ。でも、容疑は晴れてんでしょ?」
「一部は理解しているけど、まだまだ根深いのよね。………ま、私にはもう関係ないけれどね」
「…関係無いとか言う割には結構気にしてる癖に」
「……なによ?」
「なぁーんにも?……んじゃ、この後何するか決めますかー?買い物でもする?」
アルスは知っている。マクネアがアルゼリアルの事を気にして色々と手伝っている事を。マクネアは関係無いと言うが、そんな簡単に解消出来るような立場ではない。様々な条件でこちらに来ているのも知っているし、『あい君』が暗躍しているのも全て知っている。ただ、アルスは知らないフリをしているだけだ。本当に困っていたり、大変な時には全力で手伝うつもりだ。
上手ではない演技をしながら話題を無理矢理変えると、マクネアは笑みを浮かべて話を振る。
「それじゃ学園に行きましょ。今なら授業中でしょうし、迷惑にならないと思うわ」
「オッケー。なら……どっかで花買っていくかー」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「持ってて良かった身分証」
学園への入場を無事果たしたアルス達は花を抱えて歩く。アルスは前世の記憶から派手で無い花を、マクネアはこちらの世界で当たり前の派手な花を選んでいた。
「ちゃんと持ってたのね」
アルスの持つ皮袋は容量無限な為、整理をしない。探す時は念じるだけで取り出せるので入っていたかどうかは全く覚えてないのだ。
「……懐かしいなぁこの光景」
学園が見えてくると思い出が蘇ってくる。アーサーと歩き、ロニキスと共に歩いた道だ。しばらく歩いて食堂へと行けばアシュレイがいつも座っていた場所に辿り着くだろう。遠い過去だが簡単に思い出す事が出来た。
「こっちよアルス」
「?」
マクネアが手招きをし、少し外れた小道へと歩くと魔法陣があった。何の魔法陣かを尋ねると直通の魔法陣とのこと。アルス達はそのまま魔法陣へと乗り、ロニキス達の石碑へと移動する。視界が切り替わると目の前には色とりどりの華が供えられており、手入れがしっかりされているのかゴミひとつ落ちていなかった。
アルス達は無言で石碑へと花を供えると文面へと目を向ける。そこにはロニキス、アシュレイの他に犠牲となった生徒、教職員の名が刻まれていた。マクネアは石碑の前に座り込むと文面をなぞり始める。アルスは日が浅く、あまり関わりのない人が多かったが、マクネアは違う。彼女はここの長であり、全ての者と関わりがあった。だからこそ、マクネアの心境はアルスとは違うのだろう。2人は暫く無言のまま刻が過ぎていった。
「……………待たせたわね」
「いや…待ってないさ」
対話が終わったのかマクネアは腰を上げ尻を叩く。パラパラと砂が落ちると石碑を一瞥し、アルスへと向き直る。
「これからどうする?」
「久々に学園に来たからアーサー達の顔でも見るかな」
「フフッ、それは良いわね。アーサー達も驚くわ」
「?」
クスクスと笑うマクネアに『どこが面白かったのか』と疑問符が浮かぶが、学園でする事はもう終わった。ならばアーサー達の様子を見て帰ろうと思った。
「この時間なら……あの子達は訓練所に居るわね」
「この時間に訓練所?……学業はどーしたんだ?」
「アナタがそれを言うの?ただでさえ才能がある子達を磨いた張本人が?」
「……え?俺のせいなの?!」
「…その様子だと何も知らないみたいね。なら向かいながら説明するわ」
訓練所に向かう道中、アルスはマクネアから報告を聞かされる。アーサー、アリスの両名は旧キルリアの事件の時に才能が開花した。開花と言っても最強になった訳ではなく、命を奪い合う戦いを経験したことにより、学園で教えられる範囲を超えてしまったのだった。座学の部分は元々頭が良いので、授業を受けるだけでテストはほぼ完璧であり、更には独学で先を進むものだから、教える事が無くなっていた。この状況にマクネアの後継者は異例とも言える特別待遇をアーサー達に与え、その代わり生徒達に指導する条件を与えた。この待遇に他の貴族から反発があったが、アーサーとアリスの出自を理解しているので大きな問題にはならなかった。
勿論、生徒達の嫉妬も大きかったが、アーサー達の指導を受けると上達したと実感でき、その嫉妬やらは段々と薄れていった。才ある者はアーサー達との差がどれ程あるかを感じ取り、それに憧れるようになっていったのも、薄れていった要因でもあった。
「---とまぁこんな感じね。クロノス様経由でアーサー達の動向は聞いていたけど、目立った問題は無いみたいよ」
「はぇー……すっごい問題になってたんだなぁ…。てか、話を聞く限りじゃ相当強くなったんじゃない?嫉妬が無くなるって相当だよね?」
「『強さ』は男女共通の憧れだからよ。そう言う意味ではアルスもモテるのよ?」
「俺が?……実感わかねぇな。でもまぁ………モテるのは良いや」
「なんで?アナタの夢だったんじゃないの?」
「現状で満足だよ……。冷静に考えれば童貞の俺には酒池肉林ってのは妄想だけの話だったのさ」
「フフッ……満足してると受け取るわよ?」
そんな話をしていると懐かしき訓練所へと到着する。どの部屋を使っているのかを知らないのでアルスはマクネアの後に続いた。
「ここで稽古をしているわ」
「ふぅん………」
301と書かれた部屋から微かに音が漏れていた。防音設備はしっかりしているはずなので、中では相当激しい稽古をしているのだろうとアルスは思った。
「んじゃ、ちょっとしたサプライズをしますかね」
アルスは悪巧みを考えついたような表情を浮かべ、自分とマクネアに魔法を掛ける。その魔法はアルス達の存在を限りなく無にする魔法で、隠密が使う様な魔法であった。
「なにしたの?」
「俺たちに気付くかどうか試してやろうと思ってね。声を出したら魔法が解除されるから会話は念話でよろしく」
「……ハァ。子どもみたいな事しなくてもいいのに」
悪ガキのようなアルスに呆れつつもマクネアはドアをゆっくり開ける。そして、素早く中へと入ると激しい模擬戦を行なっているアーサー達が目に映るのであった。
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