転生チートで夢生活

にがよもぎ

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第3章 王宮学園 -前期-

第038話

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♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

「アルスさん、頑張ってね!」

「お、おふ……」

非常勤室でエドに優しく言われる。始業開始まであと20分。時計を見る頻度が多く、それと同時に緊張の波が押し寄せる。

「私も最初はそんな感じだったから大丈夫だって!」

よく分からない事を言いながら、エドは自分の準備をしている。

「あー………緊張するぅ……」

手は震え、じっとりと汗をかいている。何度も忘れ物がないかを確認し、紙に書いてある今日の流れに目を通す。

「アルスさん、そろそろ教室で待機してたら?もう少しで来ると思うから」

「…そうだね。早めに行って緊張をほぐすかなぁ…」

授業道具を持ち、エドに『行ってくる』と伝えてから部屋を出る。重い足取りで教室に着くと無意味に全ての窓を開ける。

ここで少し学園のシステムについて説明する。授業は教師が教室に移動するものでは無く、生徒達が移動するシステムで、分かりやすく説明するなら大学、海外の学校のようなものだ。生徒達の教室はしっかりとあるが、そこでは朝と夕方のHRぐらいでしか使用しない。

高学年となると選択式になり、自分で授業を選ぶのだが、低学年は学園が準備した時間割に従う事となる。特例として、有能な人材--いわゆる特待生--は初めから専門科目のみを受講する生徒がいるが。


また俺の様な『選択科目』の場合は、時に高学年の生徒が受講する場合がある。その時は事前に通知が来るので、その生徒用に別の資料も作らないといけない。だが、低学年用の授業は受けているはずなのでエド曰く『新しく興味を示した生徒か、復習のつもりで来る生徒ぐらい』という事だった。

「…換気は充分だな。窓を閉めるか」

窓を開ける行為は別に換気の意味でした訳ではない。ただジッと生徒達が来るのを緊張しながら待つよりも動いていた方が楽だったからである。

窓を閉め終わり、資料を右に置いたり左に置いたりと謎行動をしていると、外からガヤガヤとした声が聞こえてきた。

時計を見て5分前だと知る。声が近付くにつれ鼓動が早くなる。深呼吸を何度か繰り返し教室のドアが開くのを待つ。

「おはようございます」

「お、おはようございます」

しっかりと挨拶をしてから生徒達が続々と教室に入ってくる。その中には金髪縦ロールの生徒も居た。雪崩の様に入って来るので、俺はひたすらに挨拶を続けるロボットとなっていた。

100人ほどは入りそうな教室が大方埋まり、予鈴が鳴る。生徒達は各々空いてる席に座り、授業の準備をする。本鈴が鳴り、まずは自己紹介から始める。

「えー……皆さん初めまして。今日から『薬学』を担当するアルスと言います。1年間よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします」」」

「えっと……まず皆さんにはお聞きしたい事があります。前任の担当者がどこまで教えていたかを知りたいのですが、どなたかお答え出来ませんか?」

生徒達に問いかけると、金髪縦ロールの生徒が挙手する。

「えと…アリス…さんですね。どうぞ」

「はい。パロメデウス先生は教科書の55ページまでをご指導しておりましたわ」

「ありがとうございます。…では、皆さんには急な事だとは思いますが、復習がてらこちらの簡単なテストを受けてもらいたいと思います」

引き継ぎの時に聞いていたものと一緒だったため、次にどこまで理解しているかを確認する為に、生徒達にテスト用紙を配布する。

「これを後ろに回してください。……先に言っておきますが、このテストは確認の為なので成績に響くなどは一切ありません。そこは保証します」

オレがテストと言った為、生徒達はあからさまな表情を浮かべていたので、ちゃんと理由を説明する。

「時間は20分程度あれば終わると思いますので、書き終えた方は紙を裏返しにして終了までお待ち下さい。……では始めてください」

オレの開始の合図で生徒達は動き出す。俺は生徒達の書く動きを注意しながら見回す。

(……さて、どんな感じになるかな?)

10分ほど過ぎた辺りで生徒達の動きに差が出る。ペンを持ったまま動きを止める者や書き終えたのか紙を裏返しにする者。頭を掻き毟る者など多様な動きが見受けられた。

(……うん。復習の意味でさせたのは正解だったな。この時点で終わっている子が数名。進みが遅い子が1/3程度で、残りはまだ解答中か…)

カリカリと書く音だけが教室に響いている。チラリと時計を見ると残り3分程度となっていた。

「……はい。では時間となりましたのでペンを置いて下さい」

オレの声に若干驚いた生徒がいたが、おそらくビビリな子なんだろう。俺も前世ではたまに『ビクッ!!』ってした事があるし。

「では自分の用紙を前の人に。そのまま前列まで用紙を渡して下さい」

「「「???」」」

「あ、分かりづらかったですか?では一番後ろの方は自分の列のテスト用紙を回収して私の所に持ってきてください」

自分では当たり前の物だと思っていたが違ったのか??………ハッ!そうか!!ここは『貴族』の学校だった!庶民の俺なんかが通ってた学校とは仕組みが違うのかも!!

生徒達は若干戸惑いつつも、オレの言う通りに集め持って来てくれた。

「あ、ありがとうございます。…では、この時間は復習の時間とします。理解している方も居ると思いますが、復習の意味で取り組んで下さい。ではまず教科書の5ページを開いて下さい」

生徒達が教科書を開いたのを確認した後、オレは教科書と名簿片手に教室内を歩く。

「まず初めに『薬学の基礎』の行を読んで貰います。……えと、ガノンさん。そこを読んで貰えますか?」

オレに名前を呼ばれた男子生徒が返事をする。

「はい。『薬学の基礎は薬草学をベースにしたものであり、私達が使用する薬品は薬学を基にした品物である。今日こんにちでは回復薬などが一般的であるが、その他にも状態異常を回復したり、自分のチカラを増幅させたりする物も薬学によって作成されている』」

「はい、ありがとうございます。では皆さんに質問があります。『薬学』と『薬草学』の決定的な違いは何でしょう?誰か答えられる方はいますか?」

生徒達の近くを歩き回りながら、生徒達の教科書をチラチラと覗いていく。書き込みはされているが、罫線などは引かれていなかった。

「はい。アルス先生」

「えと……お名前を聞いても?」

「ボグナーです」

「ボグナーさん…ですね。お答えください」

「はい。『薬草学』はその名の通り『薬草』についての知識を学びます。『薬学』は『薬草学』の知識を応用した学問となっております」

「正解です。これはテストに必ず出るので教科書やノートに記述していた方がいいでしょう。教科書にも分かりやすく色付きで罫線を引いておくのも良いですね。……ほら、こんな風に」

そう言ってオレは自分の教科書を広げながら生徒達の中を歩く。ざわざわとする中、1人の生徒が挙手する。

「どうしましたか?アリスさん」

「先生。『教科書を汚すな』と私は言われているのですが、その場合どうすれば良いのでしょうか?」

(……出た!イレギュラーな質問!!そんなの準備してねぇよ!!)

『高速思考』でもっともらしい理由を探す。

「…そうですね。その場合はノートに『何々ページのどこどこ』と記述すると良いかも知れませんね。復習の時に遡れやすいですから」

「…ありがとうございます」

「…賛否両論あると思いますが、私は教科書には書き込んだ方が良いと思っております。の問題は教科書からしか出て来ませんからね」

「では、黒板に書かれる物は要らないと?」

アリスさんは何故かニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺に尋ねる。

「いえ。そのような事はありません。各先生方が、皆さんに分かりやすく、尚且つ重要な点をまとめておりますので、記述は必要ですね」

「では、理解しているなら不要だと?」

「理解しているのならば不要かも知れませんね。ただし、その場だけの理解だった場合は違いますけど。要は記述すると言う事は脳に直接刻む事と同義なんですね。書けば書くほど頭にも残りますし」

あくまでもこれは俺の自論だ。頭の良い人は分からないが、馬鹿だった俺は何度も書くことによって覚えていたのだ。

「先生。質問しても良いですか?」

「はい。どうぞ」

「僕は紙にまとめるのが苦手なんです。どうやったら綺麗にまとまるのでしょうか?」

「…そうですね。それは人によって違いますが、『意識して書く』というのが大事だと思いますよ?」

「『意識して書く』?どういう事ですか?」

「少し紙を見せていただいても?」

「は、はい……」

オレはその生徒の紙を見せてもらう。ざっと見た感じ、最初に思った事は『字が汚い』という事であった。ただ、中身はちゃんとまとめられており、復習する際には別に問題が無いように思えた。

「…ふむ。えーと……あなたのお名前を聞いても?」

「マーカスです」

「マーカスさんの場合、ゆっくり書くと良いかも知れませんね。あと、色付きのペンを使ったりして、大事な部分は色で分けた方が良いかと」

「そんなので綺麗になるんですか?」

「なりますとも。……ちょっと変な方向に話がズレましたが、少し皆さんに『薬学』っぽい質問をしてみましょうか。ちょっと前に注目してくださいね」

そう言って、オレは壇上へと移動し皮袋から、とある道具を取り出す。

「えー、まずこの赤い物を見てください。次にこちらの青い物と緑の物を見てください」

生徒達の目が3つの物に注がれる。

「この3つはどれも『薬品』となっております。……この中で一番危なさそうな物はどれでしょう?」

生徒達は近くの人と話し合う。これは別の用途に使うつもりで準備した物だが、丁度良かったのでこれを説明に使うことにした。

「えー……ではクリスさん。どれが一番危険だと思いますか?」

名簿を見ながら指名する。呼ばれた女子生徒が返事をする。

「はい。その赤いのが危険だと思います」

「意地悪な質問ですが、何故そう思いましたか?」

「えっと………赤いからです」

「そうですね。赤色は血の色に見えて危ない物だと思いますよね。では、安全そうな物はどれでしょう?」

「…緑色ですかね」

「赤色と比べると青や緑の方が比較的安全そうに見えますよね。……実はこの3つはどれも『飲料薬』なのです」

生徒達のざわめきが大きくなり、周囲と話す声が聞こえる。

「皆さんにはまだ早いですが、赤色が『解毒薬』、青色が『魔力回復薬』、緑色が『回復薬』となっております」

見やすいように机の端に薬品を置き、それぞれの説明をする。無関心そうな生徒もいたが、その生徒は知っていたという事だろう。

「危険そうに見えるのに実はこれは『解毒薬』なのです。知っている方も居ると思いますけど」

「先生。それと僕の質問にどう関係があるんですか?」

「実はこれが正解になってます。まぁ、皆さんに『薬学』に興味を持って貰うつもりでしたが、これは紙にまとめる時にも役立つんですよ」

「どういう意味ですか?」

「例えばマーカスさんの紙に、私が『ここテストに出ます』と言った単語を赤色で書いたとします。あとで見返した時に『あ!ここは重要な部分だ!』となるんですよ。マーカスさんの書き方は大変素晴らしいので、それだけでも十分に見やすくなると思いますよ」

「…そうですか。その色付きのペンは売店に売っているのでしょうか?」

「…どうでしょう?私が使っているのは持ち込んだものですし、売店は見た事が無いので分かりません。休み時間にでも見に行ってはいかがですか?」

「授業が終わった後に行ってみたいと思います」

「今日は特に記述も無いので、安心してください。…では続きをしましょうか」

言葉を締めくくり、生徒達の注目を集める。

「ではこちらにある『薬品』ですが、効能は名前の通りです。ちなみに、これらを飲んだ事のある方はいらっしゃいますか?」

生徒達に尋ねると数名手を挙げる。

「えーっと……そちらの方のお名前は?」

「ピニャです」

「ピニャさんはどれを飲んだ事がありますか?」

「私は『魔力回復薬』を飲んだ事があります」

「そうですか。ちなみにですが、その時は魔法の練習中に?」

「はい。そうです」

「では飲んだ時どのような状態になりましたか?」

「状態…ですか?……こう、カラダの芯から熱くなるような感じがしました」

「ふむふむ。…ではそちらの方のお名前を聞いても?」

「ワーグナーです」

「ワーグナーさん。貴方はどれを飲んだ事がありますか?」

「僕は『回復薬』を」

「稽古中ですか?」

「はい。…飲んだ時、疲れが癒えた気がしました」

生徒達は興味深そうに生徒の話を聞いていた。…まずは第1段階前まで来れたようだ。

「ふむ。どちらも『回復』させるものですから、カラダが反応しますよね。…では、『状態異常』を回復する場合はどうなるのでしょう?ちょっと近くの人同士で話し合ってみてください」

生徒達は隣同士でガヤガヤと話をする。しばらく時間を置き、生徒の大半が前に注目する。そのタイミングで喋り出す。

「はい。おそらく色々な話が出たと思いますが……実はこれに答えは無いんです」

生徒達の表情が呆気にとられたような物に変わる。

「ふふふ。実際に飲んでみないと分からないものなんですよ。人によって感じ方は変わりますからね」

チラリと時計を見て、残り時間を確認する。あと3分程度で終わるだろう。

「…この話は次回にしましょうか。テストの結果を元に皆さんの授業内容を決めますので、次回からは紙と筆記具、教科書を忘れないようにして下さいね」

にこやかに言った直後、就業の鐘が鳴る。

「では、今日の授業はこれで終わりとします」

そう言ってオレは早足で非常勤室へと戻る。部屋に着いた後荷物を机に置き、盛大に溜息を吐く。

「ぶはぁーー!緊張したぁー!!」

次の予定を確認し、それまでの時間をお茶を飲んで過ごす。初めての授業の感想だが……あれは素人がやるものでは無いな。うん。

「……分かりやすかったかな?いや、分かりやすいはず!『薬学』に興味を持ったはずだ!多分!!」

自分に言い聞かせ、とりあえずテストの確認する。『あい君』とスイッチし、採点をしてもらう。その時、どの部分が間違えているのかを別の用紙にまとめて貰う。これで、あのクラスの理解度がある程度分かるはずだ。

『あい君』は本当に良くやってくれる。テキパキと仕事を済ませ、が見やすいようにしてくれる。……ほんと、出来た子だよ。

ひとコマの空きがあった後、3連続で授業がある。同じ様な事を繰り返しその日を終える。

「んぁー……疲れたぁー!」

「お疲れアルスさん。最初の1日の感想を聞いてもいいかな?」

俺の横でエドがクスリと笑い、話しかける。

「とても疲れました」

「まぁそうだけどさ…。感触的にはどうなの?」

「……成功だったと思いたい。掴みは良かったんじゃ無いかな?」

「おー!それは良かったねぇ!」

小さくパチパチと拍手をもらい、少し照れてしまう。

「ありがと。…んじゃ、飯でも食いに行こうぜ」

「うん!!」

帰り支度を済ませ、エドと食堂へと向かう。注文を済ませた後、エドが思い出した様に話しかけた。

「あ、そうだ。アルスさんさ、今日の授業で変な話しなかった?」

「変な話??……そんな事言われると、全部が変だと思っちゃうんだけど…」

「ああ、違う違う。夕方にね、売店に筆記具を買いに行ったんだけど、何でか知らないんだけど殆ど売り切れてたんだ。売店の人に聞いたら『朝から生徒が大量に買っていった』って言ってたからさ、アルスさんの授業後だし、なんか話したのかなーって」

「あー……色付きのペンを使ったら見やすいよって話はしたなぁ…」

「あー…やっぱりアルスさんなんだ。私の授業でもやけにペンを持っている子がいたから、変だなーって思ってたの」

「…ま、ペンを使って学習意欲が上がるならいいんじゃね?遊んでるんじゃ無いわけだし」

「んー……でもみんな、やけに張り切ってたんだよなぁ。『ここは重要な部分ですか?!』って何度も聞かれたし…」

「え?…なんかごめん」

「別に邪魔してる訳じゃ無いから良いんだけどさ。ちょっと面食らったというか……」

予期せぬ所で俺の授業の弊害が出てしまったらしい。…んもー!しっかりしてよね!あい君!!

「……あんまり変な事は言わないようにするよ」

エドの言葉を心に刻み、前世でやっていた事は言うまいと固く誓うのであった。


余談ではあるが、アルスが授業を開始した日の売店の売り上げは過去最高を叩き出したとか。

このどうでもいい話がアルスにとっての問題になるとはアルス自身思いもよらないのであった。
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