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第2章 城塞都市グラードバッハ編
30. 悲劇
しおりを挟む勇者リクトと大魔法使いマジルカは、マリアの体が腐る呪いを解くため、グラードバッハ山脈の中で一番標高が高い山、月見山の山頂に、月蝕草を取りに向かった。
同じパーティーメンバーであるシリカ姫と、魔法剣士アレクサンダーも誘ったが、魔王討伐以外は自分達の仕事じゃないと、嫌な顔をして断られた。
月蝕は2週間後。それまでに月見山の山頂まで登らないといけない。
本来なら、グラードバッハ山脈の月見山の麓に着くまでに1ヶ月は掛かる工程なのだ。
それを登頂も含めて、2週間で行うなど無茶な話である。だけれども、不可能を可能にする勇者リクトは、それをやり遂げたのだ。
まあ、下山も大変で、結局、グラードバッハ城塞都市に戻るのに1ヶ月間も掛かってしまったのだが、その間、グラードバッハ城塞都市で留守番していたシリカ姫とアレクサンダーは、やらかしていたのだ。
シリカ姫は、宿泊先のグラードバッハ城で贅沢三昧。街に出れば、グラードバッハ辺境伯のツケで買い物しまくり、平民を見下し罵倒する。
そして、アレクサンダーも街に出て、ナンパ三昧。断られると女の子でも平気で殴り倒して、ブス死ねと罵倒する。見かねた街の人々が注意すると、逆ギレして大立ち回りの大暴れ。
毎回、グラードバッハ辺境伯が、わざわざ街に出てきて調停しないといけない始末。
グラードバッハ城塞都市に住む住人からもクレームの嵐。
ここまで来ると、例え勇者リクトに月蝕草を取りに行ってもらっている弱みがあるといえ、グラードバッハ辺境伯も、シリカ姫とアレクサンダーの蛮行を放置出来なくなってくる。
頼むから城の中に居てくれと、頭を下げて、シリカ姫とアレクサンダーを城の中の幽閉に成功したのだが、それが間違いの始まりだったのだ。
シリカ姫もアレクサンダーも、自分達がこんな目に会うのは、勇者リクトとマジルカが魔王討伐という大義があるというのに、たかが地方領主の娘を助ける為に寄り道して、自分達を、こんな田舎の地方都市に何十日間も待たせるのがいけないと、悪口の言い合いで意気投合。
お互いに、自分の気持ちをこんなに分かってくれる人は居ないと、愛し合うようになってしまったのだ。
まあ、その気の迷いが一回限りの過ちなら良かったのだが、毎日毎日、一度の交わりで何発も。
余っ程相性が良かったのか、グラードバッハ城に、昼夜問わず、アッハンアッハン絶叫がこだまするほどだったのだ。
勇者リクトとシリカ姫の婚約を知っていたグラードバッハ辺境伯は、自分の犯してしまった過ちに毎日、懺悔する羽目に。
シリカ姫は、下手に王族なので咎める訳にはいかないし。
そして、勇者リクトとマジルカが、見事、月蝕草を取って戻ってきて、娘マリアの呪いが解けて、元通りの可愛いマリアになったというのに心から喜べない日々。
結局、勇者一行が、グラードバッハ城塞都市から出て行くその日まで、自分がグラードバッハ城にシリカ姫とアレクサンダーを閉じ込めた事により関係を持ってしまった事を、勇者リクトに言えなかったのである。
そして、あの悲劇が起こってしまったのだ。
娘の大恩人である、勇者リクトと大魔法使いマジルカの処刑という悲劇が……
ーーー
本文に戻り、クロメが卍様の通訳をつとめ、マリアに質問する場面に戻る。
「娘! 何でお前は、シリカ姫の記憶改ざんスキルが効いてないのだ! と、卍様が仰られている!」
「それは、勇者リクト様により、全ての呪いをリジェクトするという、伝説の月蝕草のお薬を飲ませて頂いたからでございます」
クロメの質問に、マリアからまさかの答えが返ってきた。
『ここで、勇者リクトが出てくるのかよ!』
俺は、正直にビビる。まさかの勇者リクト。やはり運命イタズラなのか。ここまで来ると、俺は勇者リクトの怨念に導かれてるようにしか思えなくなってくる。
だって、ピンポイントで、ミノタウロスの力こぶ亭の女将といい、この子といい、勇者リクトと関係があり、シリカ姫の記憶改ざんスキルが効いていない人物に会うなんて……
「卍様……」
俺の心の乱れが、クロメに伝わってしまったようである。
『ああ。じゃあ、俺が元、勇者の左目だと教えてやれ。後で、何かの拍子にバレたら説明するのが面倒くさいからな。そっちの方が話もスムーズに進むだろ。勇者リクトは、その子の恩人である訳だし。俺達の目的も勇者リクトの敵討ちみたいなもんだからな』
俺に言われて、クロメはカクカクシカシカ、グラードバッハの娘に説明する。
そして、分かった事は、この娘の名前。グラードバッハ辺境伯の一人娘のマリア・グラードバッハというらしい。
そして、俺達の勇者リクトの敵討ちを、是非手伝いたいという事だった。
何でも、グラードバッハ辺境伯は、勇者リクトと大魔法使いマジリカが処刑されるという噂を聞くと、すぐに勇者リクトとマジルカを助ける為に兵を率いて、王都に向かったらしいのだが、王都に着くとすぐにトンボ返りでグラードバッハ城塞都市に戻ってきて、勇者リクトと大魔法使いマジリカは国家転覆を狙う大罪人でけしからん!と、考えが180度変わってしまっていたらしい。
『間違いなく、記憶改ざんスキルのせいだな……』
「ですね。卍様。では、すぐにでもビッチシリカとバカ王アレクサンダーを殺しに行きましょう!」
なんか、マリアにこれまでの話を聞いた為か、クロメは鼻息荒くヤル気になっている。
『何で、そうなるんだ?まず、グラードバッハ辺境伯の記憶を元に戻すのが先だろ?』
「すみません。卍様。ただ、卍様のお力なら、ビッチシリカもバカ王アレクサンダーも難なく倒せると思いますし」
『だから、倒すのは簡単だけど、そのせいでクロメが王族を倒した大罪人だと思われたくないだろ!
俺は、倒した後の事も考えて動いてるの!クロメが、シリカとアレクサンダーを倒した後、匿って貰える場所が必要だろ?』
「クックックックックッ、何を仰いますか?矮小な人間共など、卍様と私の敵ではありません! 向かってきたら、道端のアリンコのように踏みつぶしてやるだけです!」
『だから、そういう考え方よくないからね! 人間は1人では生きていけないから!』
「クロメは、ずっと1人で生きてきましたが?」
そうだった。クロメはずっと森で1人で生きてきてた。だからといって、1人きりじゃ寂しいじゃん。なんやかんや女将の店でアルバイトしてた時とか、クロメはイキイキしてたし。
客や女将と接するのが、相当楽しかったのだろう。
自分では分かってないと思うが、クロメは人と接するのが好きなタイプなのだ。今迄、誰ともあまり接してこなかったので、その反動で今、人と接するのがとても楽しい時期なのかもしれない。
『兎に角、これは命令だ!グラードバッハ辺境伯の記憶を元に戻すぞ!』
「御意!」
クロメは命令すると、片膝を付き素直に頭を下げた。
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