上 下
38 / 145

38. ニコル・カスタネット(1)

しおりを挟む
 
 本当に、俺の腹違いの弟、トトは昔から信じられない事を連発でする弟だった。

 母や長男のカークは、腹違いの弟であるトトの事を、無能と罵るが、決してそんな事はない。

 だって、まだ小さかった10歳の時に、母に井戸を掘れと命令され、僅か3年で30メートルの深さもある井戸を掘ってしまったのだ。
 結局、井戸から水は出なかったけど、普通、子供一人で、井戸など掘れるものじゃない。

 それも、知識も何もない状態から、1人で試行錯誤して掘ってしまうのだから、本当に頭が下がる。
 自分の力で掘れない深さになると、井戸を掘る為の道具を開発してたりもしてた。

 そんな実は凄い弟が、攻撃的スキルじゃなくて、『握手』スキルとかいう、ただ握手すると人の名前しか分からないスキルを、女神様から授かって、物凄くガッカリしてるのを見た時は、本当に可哀想だった。

 トトは、攻撃的なスキルを授かったら、冒険者になって旅に出るのが夢だと、よく俺に語っていたのだ。

 それなのに、握手して人の名前が分かるだけのスキルしか授かれなかったなんて……

 人の運命って、こんなにもスキルの善し悪しで決まってしまうのかと……想像以上に世界ってのは、厳しく、世知辛いものだと思ってしまった。

 だけれど、事件は起こる。
 何故か分からないが、いきなりトトが街で手相占いを始めたのだ。

 ちょっと自暴自棄になりおかしくなってしまったかと思ったのだが、そうではなかった。

 話を聞いてみると、『握手』スキルのレベルが上がって、名前以外にも色々な事が分かるようになって、鑑定スキルみたいな事が出来るようになったとか。
 この事を聞いた時、俺は、本当に良かったと安心した。
 だって、鑑定スキルと同等のスキルなら、食って行くには困らないからね。

 とか、思ってたのも、たった数週間だけ。
 トトの『握手』スキルは、またまたレベルが上がって、どうやら握った人の手荒れを治す能力を得たみたいだと、家の使用人の女の子に聞いたのだ。

 しかも、街で手相占いを始めてから、ずっと、ほったらかしにしてた井戸掘りを急に始めたと思ったら、その日のうちに水を掘り当てて、水汲みが楽になったという話だった。

 そして、極めつけは、ヤッパリ手相占い。
 余りに人気になり過ぎて、今やトトに手相占いをして貰いたくて、わざわざ王都から、ド田舎であるカスタネット準男爵領に訪れる人が続出。街自体が空前の好景気に。

 王都に住んでいて、わざわざ手相占いだけをしにこんなド田舎まで来るような人達って、余裕がある裕福な人達ばかりなので、街にもたくさんお金を落として行くみたい。

 王都からカスタネット準男爵領に来る為には、絶対に泊まりになるから、宿屋や飲食店が大繁盛。

 カスタネット準男爵領の税収も増えるし、母はウホウホ。基本、お金が大好きな人だから、もう、トトをカスタネット家から逃がさないようにする為に、トトに対する嫌がらせも止めてたりする。

 なんか、ずっと、トトと仲直りがしたくて、喋る機会を伺ってるし。
 どうやら自分も、手荒れや肌荒れを治してもらいたいみたい。
 そして、父はというと、いつもと変わらない。

 父は、昔ながらの考えの人なので、貴族は国を護る為に攻撃的スキルが必要で、攻撃的なスキルを持たざる者は貴族では無いという考えの人なのだ。

 トトもそれに漏れずに、例えどんなに凄いスキルを得てたとしても、攻撃的スキルを得られなかった時点で、父からは絶対に、貴族の子息だとは認められないのである。

 そんな事情もありつつ、好景気が続くカスタネット領で、ある日、事件が起こったのだ。

 手相占い中、トトが攫われしまうという、大事件が。

 現場を見ていた目撃者によると、家紋が塗り潰されたお貴族様の馬車が来て、トトを連れ去ってしまったとの事。

 もう、母とリーナは大慌て!

 リーナは、「トトお兄ちゃんー!!」と、エンエン泣き叫ぶは、母は母で、「誰が私のトトを奪ったの!」て、あれほどイジメ抜いてたのに、無かった事になってるし、本当に、もう大変。
 父と俺は領兵を率いて捜し回ったが、余っ程、足が速い馬を使ってたのか、見付け出す事が出来なかったのだ。

 ん?長男カークは?まあ、長男カークは、トトが攫われて嬉しそうだった。
 きっと高位の貴族に攫われて、一生、お貴族様の手荒れを治すのに使われんだろ!て、笑ってたし。
 本当に最低な長男で、この男と同じ血が流れてると思うと、虫唾が走る。

 そして、トトが街で攫われてから1週間後。
 この事件の真相が解る事となる。

 その日、カスタネット準男爵家に、フルート侯爵家の使いの者が訪れたのだ。

 なんでも、フルート侯爵の奥様が、お忍びでカスタネット領まで、トトの手相占いをしにやってきて、その余りの占いの精度と、手荒れや、肌荒れまで治す能力に感動し、思わず攫ってしまったとか。

 ちょっと、思わず拐うって、大貴族様がやる事はどうかと思うが、だけれどもトトの『握手』スキルの能力は本物。
 旦那であるフルート侯爵も、トトの能力に惚れ込んでしまい、トトをフルート侯爵家の養子にしてはどうかという連絡が来たのである。

 そして、ゆくゆくは、フルート侯爵家の娘のうちの誰かと結婚させる予定だという話であった。

「何ですって!」

 もう、母は大慌て、すぐに金ヅルであるトトを奪い返さなきゃと、フルート侯爵に文句を言いに王都に向かおうとするし、リーナもリーナで、

「え~ん。お兄ちゃんを取られちゃったよ~」

 と、大泣き。

 父だけは、直立不動で、フルート侯爵の使いの話を聞き終わると、ただ一言。

「愚息でありますが、トトの事をよしなに」

 と、深々と頭を下げたのであった。

「えー! 何言ってんのよ! アナタ! トトはカスタネット家の人間なのよ!そんな大事な息子を、タダでフルート侯爵家にあげてしまうなんて、何考えてるのよ!」

 母は、絶叫。

 だけれども、父は、

「黙れ! 侯爵様の遣いの者の前で失礼だ!」

 父は、貴族らしい貴族。
 爵位の上の者には、絶対に服従しないといけないと思ってるのだ。
 実際、そんな貴族などいないのだけど。
 普通の貴族は、何か見返りやら、対価を要求するものだと思うけど。

 だけれども、父は異国の武士のような考えを持った人で、主君や上司には絶対に服従し、忍び仕える事こそが、騎士道だと思ってるタイプの人間なのである。

 これには、母も黙り込んでしまう。
 厳格な父が、こうと決めた事は、絶対に覆らないと分かっているのだ。

 そして、トトがこの家の子では無くなってしまってから数週間後。
 また、フルート侯爵家からの使いの者が、来訪したのだった。

 ーーー

 面白かったら、お気に入りにいれてね!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編の予定&完結まで書いてから投稿予定でしたがコ⚪︎ナで書ききれませんでした。 苦手なのですが出来るだけ端折って(?)早々に決着というか完結の予定です。 ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいですm(_ _)m *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

大嫌いな聖女候補があまりにも無能なせいで、闇属性の私が聖女と呼ばれるようになりました。

井藤 美樹
ファンタジー
 たぶん、私は異世界転生をしたんだと思う。  うっすらと覚えているのは、魔法の代わりに科学が支配する平和な世界で生きていたこと。あとは、オタクじゃないけど陰キャで、性別は女だったことぐらいかな。確か……アキって呼ばれていたのも覚えている。特に役立ちそうなことは覚えてないわね。  そんな私が転生したのは、科学の代わりに魔法が主流の世界。魔力の有無と量で一生が決まる無慈悲な世界だった。  そして、魔物や野盗、人攫いや奴隷が普通にいる世界だったの。この世界は、常に危険に満ちている。死と隣り合わせの世界なのだから。  そんな世界に、私は生まれたの。  ゲンジュール聖王国、ゲンジュ公爵家の長女アルキアとしてね。  ただ……私は公爵令嬢としては生きていない。  魔族と同じ赤い瞳をしているからと、生まれた瞬間両親にポイッと捨てられたから。でも、全然平気。私には親代わりの乳母と兄代わりの息子が一緒だから。  この理不尽な世界、生き抜いてみせる。  そう決意した瞬間、捨てられた少女の下剋上が始まった!!  それはやがて、ゲンジュール聖王国を大きく巻き込んでいくことになる――

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

結婚三年、私たちは既に離婚していますよ?

杉本凪咲
恋愛
離婚しろとパーティー会場で叫ぶ彼。 しかし私は、既に離婚をしていると言葉を返して……

処理中です...