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「ふぅ、結構疲れたな……ったく、何度も何度も投げやがって……
 オーイ、そっちはどうなったよ?」

 ユキシロはどっかとその場に腰をおろし、ツクモへと声を掛けた。

「あー? こっちはそれどころじゃぁねーんだよ!」

 右に左に、時にはフェイントを織り交ぜながら身を翻し、ツクモは『的』に向かって手裏剣を放つ。

「ッカー!
 これだけオレが投げても奴の体には刺さらない!
 なんでだぁ?」

 それは別段、ユキシロに向かって言ったわけでも、『的』に対して言葉を向けたわけでも無かった。
 彼の命中精度をもってしても、ここまで標的に当たらないことを奇異に思ってのことだった。

「ハッハー!
 そろそろ、他の事もして見せろ!
 なんならこのまま、テメェの首を噛みちぎってやってもいいんだぜ?」

 『的』が吠える。

「しかし、なんだってオレの手裏剣が奴のマフラーごときで弾かれるんだ?
 あんなの布だか毛糸だかの織物だろう?
 手裏剣って言ったって鉄の塊だぞ?」
「どうよ、わっしの――このミツクさまのブラザーはスゲェだろうが」

 キィンッ。またひとつ硬いもの同士の衝突する音と共に、マフラーが意思を持った生き物のように動き、ツクモの投げた手裏剣を叩き落とす。

「ふぅむ……埒が明かないな」
「そうだろ、そうだろう?」

 ミツクはカチカチと大仰に歯をかみ合わせる様を見せつけ、ツクモを威嚇する。

「んじゃあ――」

 ツクモはピンポン玉の様なものを懐から取り出し左右の手で2個ずつ投げつける。
 弧を描いてミツクに向かったピンポン玉は、またもマフラーで叩き落とされた。

「っハ!
 ムダ!
 ム――!?」

 マフラーが玉に触れた次の瞬間、炸裂音と共に煙と炎が巻き起こる。炎自体はそれほどでもない大きさだったのだが、煙はまるで蛇のようにミツクに絡まり、その姿を覆ってしまった。

「オーオー、火薬玉なんて軽々しく扱うんじゃねぇ!
 危ないだろうが!」

 とは、ユキシロの弁。

「ったく……ん?」

 あれだけの炎と煙の中から、ミツクが現れる。また一段と大きくマフラーがはためきながら、その顔は炎すら楽しんでいるようだった。

「ッハ! 
 このわっしが!
 この程度で!
 くたばると思ったのか?
 まだまだ温(ぬる)いぜ?」

 上着のポケットから櫛をとりだし自慢のリーゼントを整える。派手な色の頭髪が炎によって更に明るく、紅く熱を帯びているようであった。

「こんなのはどうだ?」

 ナニ?

 とミツクが唸った時には、既にツクモが彼の背後をとり、其の首筋に苦無の刃を当てていた。

「どうだい?
 そろそろ、御仕舞にしねぇか?」
「そんなこと、一旦火のついたわっしの魂に言うことか?」
「じゃあ、仕方ない事だ……な!」

 ツクモがその手に握った苦無に力を込める。
 ギィンッ!!
 それまでに数度、そう、手裏剣がマフラーによって叩き落とされた時と同様の硬いモノ同士の擦れる音。

「オイオイ、なんだよこりゃあ……」

 ツクモが握っていた苦無で反射的に受けたのは牙。それも大きな顎(あぎと)の獣の牙。
 ギキキッ。苦無と牙の擦れる音。その顎からはだらだらとよだれが滴り落ちる。

「どうよ、わっしのブラザーはっ」
「ブラザーだと?」

 視線を目の前の牙からその顎の持ち主、そしてミツクに移す。その顎は犬の、それもとても大きな犬のものであると見て取れた。そしてその首はミツクの長いマフラーの先から生えていたのだった。

「あぁ、正真正銘、わっしの兄弟(ブラザー)だ。いや、正確にはわっし自身か?」
「オメェ……オメェもバケモノか」
「アタリ。わっしはケルベロス。そう、地獄の番犬といえば通った名前だろう?」
「ってぇことは……」
「そう、御察しの通りさ――」

 ミツクの言葉が早いか、「もう一つの首」がツクモを直撃。そのまま右腕に食らいつき彼の身体を宙に浮かせてしまった。

「わっしの首は三つ、この二人のブラザーが今までわっしを守ってくれていたのさ」

 犬の顎が食らいついた右腕にはツクモの全体重がかかり、牙は袖を、皮膚を破り肉に食い込む。血はボタボタと滴り落ちるが、その拘束が緩むことはない。
 兄弟と呼ばれた犬の首は鮮血の匂いに興奮しているのか、生臭い鼻息が荒くなっているのをツクモは感じ取っていた。
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