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「えーっと、これはどういうことですか?」

 己の置かれた立場を理解していないワキミズは誰にともなく問うた。
 場所は柳兎学園の教室のある校舎とは別の、体育館に併設されている錬武場。ここは主に剣道部が部活を行う場所だが、柳兎学園では体育の授業で選択武道があり、その内剣道を選んだ際にここで生徒が実技を受けることもある。
 彼はその錬武場の真ん中に立っていた。時刻は午後一番の授業がとっくに始まった頃。昼休みを終えたワキミズは突如現れたハクに拉致され、ここにやってきた。周りには騒ぎを聞き付けたエミィをはじめ、メィリオ、ユキシロ、ツクモとサムライ部が勢ぞろいだ。
 彼は再度質問を、今度は部長に向ける。

「部長、あの、これはどういう……何をするんですか?」

 これに対して、ハクはワキミズに一振りの棒を手渡す。

「これはー……握る部分は竹?
 竹刀を何かの皮袋でかぶせた様な……」

「ヒキハダシナイ、といっても今の剣道で使う竹刀とはまた少し違うんだがな。
 まぁ、おなじことだ。
 さぁ、始めるぞ」

「ストップ! まった! どういうことなんですか!?」
「ん~、ハクがオメェさんに稽古をつけてくれるんだとさ」

「エ? ちょ……ハイィッッ!?」

 ユキシロの言葉にワキミズが動転していると、部長ハクがいつの間にか間合いに踏み込んできていた。

 オワ――

 驚くのと同時に、ハクの放つ初太刀がワキミズの頭部を横に薙ぐ。首をすくませてこれを避けるも、空中に残った頭髪が数本、その勢いを持って刈り取られる。
 次いで逆袈裟の形で振り上げられる。ワキミズはこれを避けることはできず、したたかに腹部にヒキハダがめり込む。

 ――ッハ!

 内臓に相当な打撃が加わり、肺を握り潰されるかのような衝撃で中の空気を絞り吐く。
 続けざまに様々な方向から放たれる打撃を手にしたヒキハダで受けようと試みるも、目を覆うような乱撃。

「あーらら、ありゃヒドい。滅多打ちってやつだぁねぇ」
「おー、痛そうだわ」

 ケラケラとこれを笑う先輩二人。

「ど、どうしましょう、ワキミズさんが……
 あぁ~~」

 ハクは剣戟の手を休めずに声をあげる。

「どうした?
 剣は戦いの中でこそ生きるもの!
 打ち返して見せろ!」

 身をすくめ、少しでもダメージを減らそうと試みるばかりであった。

「そ、そんなこと……言ったって……」

 手にしたヒキハダでの剣術的な防御もままならない。こうなっては持っていなくても同じ、ただの棒である。

「ほら、そんなものか!」

 次第に打たれていくその姿勢が低くなる。

「あー、ハクの剣術ってのは剣道のそれとは違って、下半身、つまりは足にも容赦なく打ち込むから、立っていられなくなるんだよなぁ。それにしても――」
「あぁ、ちっと激しすぎるな。いつものアイツならこんな激しい攻撃は……」

 ハクの顔に微妙な心情の変化を読み取ったユキシロとツクモ。剣と同じく、なおもその『口撃』は勢いを増してゆく。

「オマエが今までやってきた修練はそんなものか!?
 自主練とやらも大したことはなかったのかっ?
 エミィと仲良く遊んでいただけなのか!?」

 この言葉がそれまでのどの打撃よりも重く、鋭くワキミズの心に響き、それは小さな火種となった。

「そんな……そんなことは……」
「どうしたっ?」

 火種は激しい打撃の雨をモノともせず、次の瞬間にはカーッと大きな炎となり燃え上がった。

「そんなことは――、そんなことはないッッ!」

 怒声と共に、手にした棒を右から一閃。
 ハクはコレを己のヒキハダで受け止めるも、その裂帛の気合を纏った一撃はハクの剣術の技量をもってしてもなお、彼女の体を5メートルほど吹き飛ばし、後退させた。

「ハイ、そこまでー。
 ハク、まずは合格ってところだろ?」

 ハクは止めの合図を入れたユキシロに一瞥(いちべつ)をくれ、荒くなった呼吸を整える。
 彼女の手にしたヒキハダは受けた部分でぽっきりと折れていた。

「……フン。やっと一撃だがな」

 それまでに雨のように打撃を受け、全身を痛みに震わせ片膝をつくワキミズに背を向ける。そしてそのまま錬武場を出ようとするハクがいた。そんな彼女に、ワキミズは痛みに軋む体を震わせて駆け寄り、そっと耳打ちをする。

(風呂で見た部長の秘密、パッドのことは誰にも言いませんから)

 他の部員達には聞こえなかったようだが、ハクはいつもの能面のように変わらぬ顔を耳まで赤く染める。
 そして壁に立てかけてあった白木の拵えの木刀に手を掛け、振り上げた!
「ありゃ、ヤベェ!
 ツクモ、エミィ、メィリオ!
 ハクを押さえろ!」
「アイヨ!」
「ムキー!」
「アハハ」
「お、落ち着いてください!」

 と、表情豊かに赤面したハクはボロ雑巾のような身体で逃げ回るワキミズを追いかけ、其の騒動を収めようとする部員達。
 この騒動はしばらく続いたようだった。
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