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チュン、チチチュン……
入学式のあの朝、卵から孵ったスズメのヒナが巣立つころ。ここ、サムライ部の屋敷では新入部員三名が体術の基礎練習である、その場での突き蹴りから足を使っての移動稽古という形に昇格していた。
その三名の内、最も覚えが悪く、体力もなく、理解力に乏しく、何度も何度もその記憶装置を叩かれながら練習を積んでいった彼でさえも、流れる様にこなせるようになってきていた。
「おぅ、ワキミズ。なんとか形になってきたじゃないか」
毎日の部活の後、自主練習を重ねてきたおかげであろうか、確かに練習量は他の二名よりも多く、努力していた彼であった。
先輩ユキシロの言葉に、ジンワリと達成感と多幸感を噛みしめていると、今度は違う方向に己を磨いていく事となる。
「そろそろ、あー、なんだ。色々と作法の面でもやってみるかね?」
「と、いうと?」
「体力的なこともなんとか慣れてきたようだからな。今度はそれこそ文化的なこともやっていこうかなーっと、思ったわけよ」
――フゥム。と、おとがいに指を添えて、いつにもまして表情を変えずに考えにふける部長。そして、その会話を聞き付けたのは心躍らせるはエミィであった。
「ジャパンのブシのマナーですね!?」
その両の眼を燦然(さんぜん)と輝かせる彼女の熱い要望もあってか、その日の部活は――
「茶の湯?」
アァ、と頷き、広間に風呂敷包みを運び、茶の湯の道具を広げるユキシロ。
「しかし、なんだってまた、お茶なんて……アレでしょ? こう、仰々しく御茶碗をクルクルってやるヤツですよね?」
ワキミズの問いに答えたのか、現れたのは、普段は派手なアロハシャツか忍者装束しか見せたことのないツクモがしっかりとした着物を身にまとってのことだった。
「まぁ、そういうのが現代の世間一般の常識なんだろうなぁ」
「な、なんすか?
やっぱりそういうかしこまった正装とかしたほうがいいんですか?」
アセるワキミズに、あっけらかんとする面々。
「ん~、インじゃない? 別にどっかに正式に招かれたわけでもないんだし」
ハァ……と気の抜けた返事を返すのみだった。そこに花を持って入ってくるは、これまた自身が一輪の気高い華のように凛とした着物姿の部長。
「まぁ、ツクモのいうようにかしこまった場所でもなし、そのままでも、な」
などと言っているうちに準備は整い、ワキミズは普段の稽古着のまま臨むこととなった。
「なんでボクばっかり、こんなみすぼらしい格好で……」
などと若者は口中で文句を列ねていた。
「まずは、お茶をたてるその場の『主』、今日は私がやるが、その場に呼ばれた所から茶の湯の場所は始まっているんだ」
と、言うは部長、ハク ウツヒト。
ワキミズにその説明がなされた後、シズシズと部屋に入ってきたのはエミィ。
華やかなその着物は初夏を印象付けるものだろうか、明るい生地にムラサキの花らしき柄が表現されている。
ほぇ~……
一瞬にして目を奪われ、しばしの間は己の呼吸ですら忘れてしまっていたワキミズは、自身の脳が酸欠を訴えるまで彼女を凝視してしまった。
美というものを具現化すれば正に彼女のことであろう。
彼女の個性的な蒼い髪が相まって、入ってきたその部屋の空気を一気に高山の澄んだ空気に変えてしまった。
「エーット、キモノ、初めて着てみたんですが……動きづらいですねー」
入学式のあの朝、卵から孵ったスズメのヒナが巣立つころ。ここ、サムライ部の屋敷では新入部員三名が体術の基礎練習である、その場での突き蹴りから足を使っての移動稽古という形に昇格していた。
その三名の内、最も覚えが悪く、体力もなく、理解力に乏しく、何度も何度もその記憶装置を叩かれながら練習を積んでいった彼でさえも、流れる様にこなせるようになってきていた。
「おぅ、ワキミズ。なんとか形になってきたじゃないか」
毎日の部活の後、自主練習を重ねてきたおかげであろうか、確かに練習量は他の二名よりも多く、努力していた彼であった。
先輩ユキシロの言葉に、ジンワリと達成感と多幸感を噛みしめていると、今度は違う方向に己を磨いていく事となる。
「そろそろ、あー、なんだ。色々と作法の面でもやってみるかね?」
「と、いうと?」
「体力的なこともなんとか慣れてきたようだからな。今度はそれこそ文化的なこともやっていこうかなーっと、思ったわけよ」
――フゥム。と、おとがいに指を添えて、いつにもまして表情を変えずに考えにふける部長。そして、その会話を聞き付けたのは心躍らせるはエミィであった。
「ジャパンのブシのマナーですね!?」
その両の眼を燦然(さんぜん)と輝かせる彼女の熱い要望もあってか、その日の部活は――
「茶の湯?」
アァ、と頷き、広間に風呂敷包みを運び、茶の湯の道具を広げるユキシロ。
「しかし、なんだってまた、お茶なんて……アレでしょ? こう、仰々しく御茶碗をクルクルってやるヤツですよね?」
ワキミズの問いに答えたのか、現れたのは、普段は派手なアロハシャツか忍者装束しか見せたことのないツクモがしっかりとした着物を身にまとってのことだった。
「まぁ、そういうのが現代の世間一般の常識なんだろうなぁ」
「な、なんすか?
やっぱりそういうかしこまった正装とかしたほうがいいんですか?」
アセるワキミズに、あっけらかんとする面々。
「ん~、インじゃない? 別にどっかに正式に招かれたわけでもないんだし」
ハァ……と気の抜けた返事を返すのみだった。そこに花を持って入ってくるは、これまた自身が一輪の気高い華のように凛とした着物姿の部長。
「まぁ、ツクモのいうようにかしこまった場所でもなし、そのままでも、な」
などと言っているうちに準備は整い、ワキミズは普段の稽古着のまま臨むこととなった。
「なんでボクばっかり、こんなみすぼらしい格好で……」
などと若者は口中で文句を列ねていた。
「まずは、お茶をたてるその場の『主』、今日は私がやるが、その場に呼ばれた所から茶の湯の場所は始まっているんだ」
と、言うは部長、ハク ウツヒト。
ワキミズにその説明がなされた後、シズシズと部屋に入ってきたのはエミィ。
華やかなその着物は初夏を印象付けるものだろうか、明るい生地にムラサキの花らしき柄が表現されている。
ほぇ~……
一瞬にして目を奪われ、しばしの間は己の呼吸ですら忘れてしまっていたワキミズは、自身の脳が酸欠を訴えるまで彼女を凝視してしまった。
美というものを具現化すれば正に彼女のことであろう。
彼女の個性的な蒼い髪が相まって、入ってきたその部屋の空気を一気に高山の澄んだ空気に変えてしまった。
「エーット、キモノ、初めて着てみたんですが……動きづらいですねー」
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