上 下
30 / 43

30

しおりを挟む
 ちょうどそのころ、お座敷ではイオリの三味線の音と共に、オユリの舞いが区切られたところであった。その場に膝をつき、扇子を己の手前に置く。この動作でこの世のものではない舞の世界と現世の間を取り持つという、儀式の様なものである。

「うむ、見事であった。
 ささ、こっちに来て御酌をしてさしあげるんだ」

 深々と頭を下げ、主賓のそばによりサカズキに酒を注ぐ。
 この部屋にはイオリとオユリ以外に、二人、店の主人と、その客がいた。
 主人は見るからににこやかな笑顔を絶やさず、恵比寿様のような顔で媚びへつらっている。客は相当に身分の高いものなのか、町人や商人ではまず袖を通すことのできないような着物に身を包み、ふんぞり返っていた。
 不敵な笑みを浮かべ、注がれるままに酒を口にする。
 一口、二口と盃をあおると、呼気に酒を混ぜ大きく息を吐く。

「フゥ~…… 
 玉木屋よ、酒もいいが、アレはどうなんだ。酒の『サカナ』は」
「ヘヘェ、まずはただの刀はどういう切れ味なのか、それをご覧になってからアレを、と思っております。比べればその性能のほどがよぅくお分かりになることでしょう」

 どうやら、このお大尽のいう酒のサカナというのは、口にする料理のようなモノのことではなさそうである。

「今宵はいつものように動かぬ、巻き藁のようなものではございません。特上のアテをご用意させていただきましたので……」

 恵比須顔からキヒヒと下卑た笑みがこぼれおちたとき、イオリの直感が危機を感じ取っていた。

「オユリさん、逃げるんだッ!」

 オユリの手を取り、障子を突き破って庭へと飛び出したイオリ。しかしそこにもすでに魔の手は伸びていた。

「――遅かったかっ!」

 イオリとオユリが飛び出した玉砂利の敷きつめてある庭には既にこの店の人間と思われる男達、両の手に少しあまるほどの人数がグルリと囲み、出迎えていた。
 各々が手に刀や槍を携えてである。
 玉木屋の主人がお大尽をつれ、ゆっくりと縁側に出てくる。

「キヒヒ、今宵の試し切りは、趣向を凝らしました、『娘斬り』などいかがでしょう。若干幼くもあるようですが、この美しい娘を斬り、もう片方はアレの的にしてみるというのは面白いものかと」
「ウム、面白いな。あのやわ肌を切り裂くというのは興味深いが、その後はどうする?
 あんななりでも、ジブンの店の芸子が死んだとなれば置屋が何と言うか分かったモノではないぞ?」
「大丈夫です。このあたりでは最近、辻斬りが出るといいます。そいつのせいにすれば、例え死体が見つかってもどうということも無いでしょう」

 キッヒッヒ。
 ガッハッハ。

 オヌシモワルヨノウ。
 イエ、オダイジンサマホドデハ。

 実に分かりやすい悪党の図を見て、呆けているオユリと、その隙を突いてなんとか状況を打破できないものかと思考を巡らせるイオリであったが、二人を囲む男たちの半円はじりじりと狭まって行く。

「コレは、チョット危ないですね」

 敷きつめられた玉砂利を、汗でにじむ土ふまずで踏みしめながら呟く。
 その言葉が唯一、耳に入る距離にいたオユリ。

 ――あぁ、どうしよう。こんなところで斬られて、痛くて痛くて、死体はそこら辺に投げ出されて、店のご主人や女将さんは泣いちゃって、谷屋さんでは唯でさえ人手が足りないって言うのに……あぁ、実家のおっかさんやおとっつぁんは元気かなぁ、弟のタローはもうすぐ十歳になるころだし、あぁ、そういえば隣の家のおじさんはたまに、私たちに飴をくれてたけど、今頃どうしてるんだろう――

 絶望的な現実を目の前にし、思考が逃避を始めてしまった。

「ささ、お大尽様、まずは従来通りの刀での試し切りをご覧ください」

 ポンポンと手を叩くと、それを合図に男たちが四人、イオリとオユリをあっという間に捕縛してしまった。

「さて、どうしたものでしょうか……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

おばけ長屋へようこそっ!!

晴海りく
歴史・時代
「一ツ柳長屋ってさ、昔おばけ長屋って言われてたけど…全然おばけ出ないよね?」 「むしろ、あの長屋の住人になりたいくらいよ!」 長屋の住人は、みんなそれぞれ訳ありな人々。 知りたい?秘密? ─じゃあ、長屋へ遊びに来てよ?─

富嶽を駆けよ

有馬桓次郎
歴史・時代
★☆★ 第10回歴史・時代小説大賞〈あの時代の名脇役賞〉受賞作 ★☆★ https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/853000200  天保三年。  尾張藩江戸屋敷の奥女中を勤めていた辰は、身長五尺七寸の大女。  嫁入りが決まって奉公も明けていたが、女人禁足の山・富士の山頂に立つという夢のため、養父と衝突しつつもなお深川で一人暮らしを続けている。  許婚の万次郎の口利きで富士講の大先達・小谷三志と面会した辰は、小谷翁の手引きで遂に富士山への登拝を決行する。  しかし人目を避けるために選ばれたその日程は、閉山から一ヶ月が経った長月二十六日。人跡の絶えた富士山は、五合目から上が完全に真冬となっていた。  逆巻く暴風、身を切る寒気、そして高山病……数多の試練を乗り越え、無事に富士山頂へ辿りつくことができた辰であったが──。  江戸後期、史上初の富士山女性登頂者「高山たつ」の挑戦を描く冒険記。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

時雨太夫

歴史・時代
江戸・吉原。 大見世喜瀬屋の太夫時雨が自分の見世が巻き込まれた事件を解決する物語です。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

処理中です...