上 下
40 / 111
第1話

047. 初めての街です16

しおりを挟む
「よぉ、キミタチ。
 もうかってるみたいだね」

 台の上に手を付いてきた一人の男は、なんだか胸のムカムカするような香水の匂いと一緒に馴れ馴れしくボクの肩に腕を回して言った。

「さっきの声、聞こえちゃった?
 ゴメンなぁ。
 でもさ、ボクタチも意地悪してるわけじゃないんだ。
 本当なんだもん」

 耳元でささやく声も、香水と同じで嫌なにおいがした。

「そんでよ。
 モノは相談だ。
 黙っててやるから、な?
 わかるだろ?」

 そういってもう一人の男が、ボクから買ったと思われる飲み物の入ったジョッキで台に置いてあるカゴを指し示した。
 大きめのドンブリほどのカゴには今日の売り上げが入っている。
 コインにして既に7割ほどの量だ。

「お金が目的、ですか?」
「オォーイオィ。
 人聞きの悪いこと言うなよな。
 ただ、な?
 目立つニンゲンてのは目ぇつけられるもんだ。
 かしこくやろうぜぇ」

 すかさずジョッキを手にした短髪の男が動く。
 ボクと香水の男のやり取りを客の列からは見えないように、その体でついたてにしたのだった。

「こんなのばっかりだ。
 弱い人に、真面目な人に――筋違いなことばかりをして……」
「なにブツブツ言ってんだ?
 さっさと寄こさねぇと、もっと叫んじまうぞぉ?」

 短髪が右手に持っていたジョッキを高々と上げた。

「みなっさぁ~ん!
 コレですよ!
 この店で買った、コレを飲んで――あれ?」

 彼がさらしものにしようとしたジョッキは、その右手の内にはいなかった。

「ふ~ん。
 これがねぇ……
 この少年から買ったっていうの?」

 見れば、男が持っていたはずの杯をその足元で黒猫が持っていた。
 中に手を入れ、何かを調べている。

「そ、そうだとも。
 正真正銘しょうしんしょうめい、ここで買った飲み物だ。
 返せよっ」
「おかしいわね。
 オレはさっきから列の整理をしてたけど、アンタの顔は見た覚えがないわ。
 それに、この中身、きっと別物ね」

 え?

 黒猫は、あえて大きな通る声で言ってのけた。

「な、何言って――」
「この中身、レモンの香りがしないもの。
 それに、卵も違う。
 この子が使ってるのは白いニワトリの卵。
 この器の中に入ってるのは茶色い卵みたいね?」

 そういって黒猫は器用に肉球でジョッキの中の茶色い殻をすくって見せた。
 声を聞いた大通りを歩く人からも、列から身を乗り出して騒ぎを見ていた人たちからも、ボクの屋台の横に積まれた卵の色が白いことは一目でわかった。

「いい加減なことを言いやがってッ――」

 短髪の男が足元の黒猫を蹴り上げる。
 しかし男の変に磨かれた革のブーツが黒猫に当たることはなかった。

「いい加減なことを言ってるのはアンタじゃないの」

 黒猫は、音もなく男の身体をよじ登り、黒い前脚から伸びる銀色に光る爪をその首筋に突き立てて言った。

「この、クソネコがっ。
 この小僧を……」

 そこまで言うと、香水クサイ男が悲鳴を上げた。

 イテテテテ。

「だめですよー。
 そんな汚い言葉を使っちゃ。
 それに、もうやめましょうね?」

 ボクの後ろに座って作業をしていたラギがボクの腕に回されていた腕を無造作につかんでいた。
 どうやら、見た目通りの怪力らしい。

「は、離せっ。
 離すんだ!
 おれ、折れるぅ!」

 ドシン、と音がすると香水の臭いの元は既にボクを離れていた。

 カァンッ。
 
「これにりたら、変な言いがかりをつけるのは辞めることね」

 通りに投げ飛ばされた香水男の頭のすぐ横に、木の杖の石突が突き立てられ、石畳いしだたみとぶつかって乾いた音が響いた。

「ハク!」
「ちょっと離れてる間に、楽しそうだったわね」
「楽しくなんて――
 大変だったんだから!」
「そうみたいね。
 ほら、アナタたちもさっさと逃げちゃいなさいな。
 次は、その頭をカチ割ってあげるわ」

 ハクが氷の笑顔で見下ろした先では、男がムカムカとする香水の匂いも流れ落ちるほど冷や汗をかいていた。
 黒猫も短髪男を解放すると、捨て台詞も残さずに二人は逃げて行った。
 
「材料が足りなくなると思って、追加で買い出しにいったんだけど……
 ゴメンナサイね」

 ハクが曳いてきた台車には大量の牛乳の桶と卵をはじめとした材料、ミルクセーキを入れるためのジョッキなどが積まれていた。

「さぁ、このお客さんの列がミルクセーキへの期待の表れ!
 味は飲んだ人に聞いて頂戴!
 どんどん作るから、どんどん買っていってくださいな!」

 ハクが手を打ち、拍子をつけると、御客の列はどっと増えた。
 先ほどコインをしまった女性も、改めて台にコインを置いてくれた。

 そして、4人。いや、三人と一匹で材料がなくなるまで、ミルクセーキを作って売り続けた。
 

 日が暮れると、後片付けをしながらハクが言った。

「頑張ったじゃない。
 すごいわよ」
「ボクだけじゃなくて、こっちのラギちゃんたちが助けてくれたから……」
「そうね。
 いつの間に仲良くなってたの?」

 え?

「ラギも、ジャコも、帰ってきてたなら言いなさいよ」
「そっかー
 イツキくんはハクの知り合いだったんだね」

 ラギが台替わりにしていた箱を片付けてクスクスと笑って言う。

「この味付けはもしかして、と思ったけど……
 やっぱりハクが一枚噛んでたって訳か」

 ジャコ、と呼ばれた黒猫も器用にごみを片付けながら言う。

「知り合いだったの!?」
「図らずも、ね」

 ハクがフッフフと笑って後片付けは終了した。

「仲間っていいものねぇ~」

 エリィがオレンジ色の夕陽を浴びてボクに言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

斬られ役、異世界を征く!! 弐!!

通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
 前作、『斬られ役、異世界を征く!!』から三年……復興が進むアナザワルド王国に邪悪なる『影』が迫る。  新たな脅威に、帰ってきたあの男が再び立ち上がる!!  前作に2倍のジャンプと3倍の回転を加えて綴る、4億2000万パワー超すっとこファンタジー、ここに開幕!! *この作品は『斬られ役、異世界を征く!!』の続編となっております。  前作を読んで頂いていなくても楽しんで頂けるような作品を目指して頑張りますが、前作を読んで頂けるとより楽しんで頂けるかと思いますので、良かったら前作も読んでみて下さいませ。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹
SF
「私達はそれを魔法と呼んだ」 学校を襲うゾンビの群れ! 突然のゾンビパンデミックに逃げ惑う女子高生の祷は、生き残りをかけてゾンビと戦う事を決意する。そんな彼女の手にはあるのは、異能の力だった。 先の読めない展開と張り巡らされた伏線、全ての謎をあなたは解けるか。異能力xゾンビ小説が此処に開幕!。 ※死、流血等のグロテスクな描写・過激ではない性的描写・肉体の腐敗等の嫌悪感を抱かせる描写・等を含みます。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

処理中です...