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第1話

038. 初めての街です7

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 ガタンッ。
 荷車の木製の車輪がひときわ大きな音を立てて門をくぐった。

「これで、あと少しかな?」
「うん、もうちょっと行くと届け先の牛飼さんの家があるんだ」

 ここまでの道のりは決して長い時間や距離ではなかったが、ボクもハクも干し草まみれで着ている物もだいぶ汚れが目立った。

「もうちょっと、大きかったらこんな風に人様に頼ることもなかったんだろうけど」
「それはもう言わないのよ。
 正しい手続きで依頼をだして、私たちが受けたんだから」
「うん。そう言ってくれると助かります。
 今朝、家の前でいきなりおっ父と馬が野犬の群れに襲われてさー
 一時はどうなる事かと思ったよ」

 アハハと笑いながら麦わら帽の少年が荷車の進行方向を調整していた。

「野犬が人を襲うの?」
「そういうのは街に近いウチみたいなところには今までいなかったんだよなー」
「魔物じゃなくって?」
「魔物でも大人しい奴もいるし、獣でも人を襲うやつもいるから、難しいんだよな」

「「せーのっ!」」

 全員で荷車に勢いを付けるために息を合わせた。

「ありえない話じゃないけど、珍しいわね。
 獣が人を襲うなんて、よっぽどのことよ。
 腹を空かせすぎたか、身の危険があったか、とかね」

 なるほどねー、とここでもまた、ボクと麦わらの声が被った。

「ウチは貧乏な農家でさ。
 おっ母は家の仕事もあるから、おっ父と自分でなんとか畑をやってたんだけど、こんなことが続くようじゃ……難しいかなー」
「難しい、か。
 どこも簡単にはいかないよね」

 自分の今迄に置かれた環境と、照らし合わせての感想だった。

「この先だ」

 目の前にはゆるやかに高くなった丘があった。
 道も、傾斜も少し力を込めれば越えられそうだった。

「ん?
 なんだアレ?」

 先頭の麦わら帽の先がクイと持ち上げらえた。
 視線の先を目で追う。

「緑の丘だった先が、だんだん……
 黒くなっていってる……」
「どういうこと?
 草の色が変わってるの?」

「あれは、草だけじゃないわね」
「動いて……こっちに向かってくる!?」

 眼前に広がった草の丘を黒い波が大きくうねりながらこちらに滑り降りてきた。

うごめいてるのは……ネズミ!?」

 チュウチュウという聞き覚えのある鳴き声が、それこそ津波のように大きな塊となって進んでくる。
 まるで意志を持った一つの巨大な生物のように。

「こ、このままじゃ――
 飲み込まれちゃう!」

 ネズミの津波が矢じりのように尖った先端から襲い掛かってきた。

「きゃあああ!」

 恐怖で叫ぶ麦わら帽の少年に、思わず駆け寄った。
 考える間もなく、体が動いた。
 でも、それで何ができる訳でもない。
 ただ、ネズミに触れる順番が変わっただけなのだが。

「良くやったわ」

 その頭上をひらりと飛んだ影。
 荷車の横から飛翔ひしょうし、ボクと麦わらの依頼主の前にハクが降り立った。

「まずは依頼主を守る。
 それが私たちコンクエスターのやるべきことよ」

 そういって、ハクは真正面から大波に向くと裂帛の気合を放った。

 ハァッッ!

 ハクは声と共に手にしていたいつもの杖を振りかぶって、大きく地面に石突を突き立てた。

 カァン――!!

 何の変哲もない草地だったが、乾いた高い音がした。
 そして、ボクの目にはそこからビシビシと逆さまになったツララの様な氷が何本も立って壁のようにボクたちの周りを覆っていくように見えた。
 そしてそのツララの壁の先とネズミの大群の先兵が衝突すると列を裂き、ちょうどハクを先頭に黒い波が二つに分かれて通り過ぎて行った。

「無事かしら?」

 は、はは……

 ボクは笑うように答えることしかできなかった。

 それを聞いてハクがフッフフと笑う口元が見えた。

「あれ?
 氷……ツララの壁は?」
「何言ってんのよ。
 そんなものないわよ」

 あれはハクの気合が見せたイメージだったのかな。

「いたた、びっくりしたなー」

 どうやら依頼主の農夫も無事らしい。

「腰が抜けちゃったわ」

 振り向くとそこには、赤い髪を二本の三つ編みにした女の子が草の上に尻もちをつく形でこちらを見ていた。
 そばには見覚えのある麦わら帽子が落ちている。

「あれ、女の子……だったの?」

 年のころ13~4歳のあどけなさの残る少女だった。
 短い前髪とそばかすの見える健康的な女の子だった。

「そうだよ?
 言ってなかったっけ。
 アタイの名前はマイ。
 てっきり知ってるものだと思ってた」

 ハクの方へ振り向く。

「聞かれてないし、言う事でもないと思って。
 ネズミたちも行ってしまったし、さっさとお届けモノをしてしまいましょうか」

「ハクったら知ってたみたいね」

 エリィが荷物の上からこちらをのぞき込んできた。

「ワタシが車を支えてるから、イツキ。
 アナタがマイさんを荷台に乗せてあげて」

 わかったよ、と言いながら腰が抜けたというマイの手を掴んでゆっくりと立たせる。
 彼女の手は、硬さを覚えるほどに少し荒れていた。

「ありがとう」

 そのまま荷台に座らせるとマイの今までの仕事の重さと、彼女自身の体重の軽さに、すこしだけ、荷車を押す手に力がこもった。
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