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目覚める夢

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 ドタドタドタ、僕はその足音に気が付いた。
 振り返ろうかと思ったが、間もなく――。
 
 
「…っユンファさん、大丈夫ですか、…」
 
「……っあ、…っ?」
 
 ドゴッと後ろから軽くどつかれたかのような衝撃、だったが…どつかれたのではなく、僕は後ろから抱き締められたらしい、ソンジュさんに。
 ぴちょん、ぴちょ…と、僕の肩にしたたる水滴、シルク生地が弾いてキラキラと光りながら二の腕を伝い、僕の肘にたまった生地の皺に、染み込まず留まる、小さな水。
 
「遅くなってすみません、…っはぁ…」
 
「……、ソンジュさん…?」
 
 驚いた僕は目を丸くし、ふっと隣を見る。
 急いできたのか、ソンジュさんは少しだけ息を切らして、険しい顔――というか心配そうな、真剣な顔をして僕を見てくる。
 突然彼、僕を抱き締めて――しかも、これほどずぶ濡れのまま、となると――シャワーを浴びていた最中にも、僕のことを心配しては慌てて出てきて、わざわざ僕を抱き締めにきてくださったのだろうか。
 
「またパニックになっていたでしょう…? すみません、シャワーを浴びていたもので、濡れてしまったね……」
 
「……、…」
 
 いや…肩から下げたバスタオルで、濡れた僕の背中や肩、袖を拭くソンジュさんだが――どう考えても、今拭くのは僕のほうではない。まずは…しんなりと毛が重たく濡れて、なんなら足下にも水溜りができているほどびちょ濡れの、ご自分では…?
 
「……、はは…どうして、そんなに急いで……」
 
 僕はきょとんとしてしまったが、それが何か可笑しくて笑った。――しかしソンジュさんはそんな僕に、やや怒ったような顔をする。
 
「は? 何をおっしゃるんだ、急がないはずはありません。ユンファさんが泣いているというのに、…悠長にシャワーなんか浴びている場合じゃありませんよ、…ですが、すみません本当に…呑気に考え事をしながらシャワーを、その音でよく…もう少し早く気が付けたらよかったんだが……」
 
「……、…っふふ…、……っ」
 
 僕は、目を丸くした。
 そのあとすぐ、笑えた。――だが、結局泣いて顔を歪め、俯いた。
 
「……っ、…どうして、そんなに、…」
 
 どんどん好きになっていってしまうじゃないか。
 どんどん離れたくなくなってしまうじゃないか。
 一週間で離れなければならないというのに――最後の日にはこの人に嫌われなきゃいけないというのに、…叶うなら、ずっと…――駄目に決まってる。あり得ない。
 
「……ユンファさん…、一人で泣かないで。――辛くなったなら、俺のところに来てください」
 
「……、でも……」
 
 僕はふるふると顔を横に振った。
 そんなことはできないと、子供じゃないんだから、ご迷惑だ。――しかしソンジュさんはそんな僕の心を読んだのか、「そうして」と優しく言うと、俯いた僕の頭を優しく、する…する…と撫でてくれる。
 
「…俺が、そうしてほしい」
 
「…っはぁ……ですが、…」
 
「俺の望みだ。迷惑じゃない。…頼んでるんですよ、これでもね」
 
 優しく静かな声で、しかしきっぱりとそういうソンジュさんは、僕の後ろ髪を一筋取って…そこに口付ける。
 
「…それとも、俺が年下だとわかったから…頼れない、頼り甲斐のない男だとでも思われたのですか」
 
「……え…、いいえ、そういうことでは…」
 
「正直、言うかどうかは迷っていたんですよ…。成り行きでバレてしまいましたけれど…――自分より三歳も年下の男に、貴方のようなしっかりした男性は、まず頼らない。…むしろ年上の顔をして、よりしっかりしようとするんじゃないか、とね……」
 
 そう静かな声で言うソンジュさんは、優しく裏から僕の髪を、指で梳く。
 
「ましてや…三歳も年下…、恋愛感情を抱けるか否か、それも人それぞれといったところでしょうし……」
 
「…はは…、別に…そりゃあソンジュさんが三歳年下とわかったときは、僕も驚きましたけど……別に、貴方が年下だからといっても、何が変わるわけでは……」
 
 というか例えば、十歳も違えば対応にも変化が生まれるかもわからないが、たった三歳のことではないか。――それくらいの年齢差では、この年になってまで年上、年下、というのを強いて意識するほどのことでもない(先輩後輩のある年代ならまだしも)。
 
「それは、どうでしょうね…? 三歳年下の男に、ダンスに誘われても…踊らないでしょう、ユンファさんは。ふふふ……」
 
「……? いや、そもそも僕、ダンスなんて踊れませんから……」
 
 何を言う。僕はこの家に来たときも「踊れませんから」と断ったし、実際そのあとダンスをしたときの、僕の足取りにしてもそれが嘘じゃないことは明白だっただろう。
 
 僕は、そもそもダンスが踊れないのである。
 まあ高校の文化祭で一度だけ、フィナーレの舞踏会のため、多少は練習もした――近くの女子校も同日に文化祭であったので、フィナーレだけ合同であったのだ――が、それも十一年前のことでは…しかもそれ、毎回フィナーレがワルツだったわけではなく、あの日一度きりのことであった(誰か教員が血迷ったのだろう)。
 
「……そうですか…? じゃあ三歳年下でも俺は、ユンファさんの恋愛対象になり得る…?」
 
「まあ、はい…」
 
 いつものことながら、わざわざ言わせる。
 するとソンジュさんは、ふふ…と上擦った笑みをこぼしては、色っぽく低い声で。
 
「ユンファさん、俺嬉しいよ…。あぁ俺はなんて言ったらいいか…、ならとりあえず……」
 
「はい…?」
 
 ソンジュさんは僕の耳元で、こう、下手したてに出た調子で言った。
 
 
 
 
「それでも俺のこと大好きなどとおっしゃっていたことですし…そういえばユンファさん、婚姻届にサインをしてくださるという話でしたよね。俺がシャワーから出たらすぐにサイ…」
 
「しません」
 
 
 微妙に白けた。
 
 
 
 
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