上 下
409 / 574
夢見る瞳

12

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕がコクコクと頷けばソンジュさんは、いくらかホッとしたのだろう。――そして彼は僕のことを後ろからぎゅうっとしてきながらも、明るい声となり。
 
「…ありがとうユンファさん、はぁ…よかった……」
 
「……いえ…」
 
 そしてソンジュさんは、「ごめん」と小さな声でひと言、僕の耳元で謝ってきた。――そしてするりと僕の背中から離れると、彼は僕の後ろで俯き、目元を覆った(鏡越しにその様子が見える)。
 
「すみません…危なかったよ今、また……」
 
 すんでのところで正気に戻ったらしいソンジュさんに、僕は安堵して微笑みながら、体ごと振り返る。
 
「…いえ、でも…僕も本当に、本当は…ソンジュさんから離れたくないんです。…チョーカーも、本当は外さなきゃいけないとはわかっているんですが…、外してしまうのが、正直怖くて……」
 
「……え…? あぁ…はは、いえ…その、それはユンファさんの首が荒れてしまうからというだけですよ。そのチョーカーを外されたところで、俺は別に……」
 
 目元を覆う手をずらしては僕を見下ろし、くすっと嬉しそうに破顔したソンジュさんの、その狼らしい顔を見て、僕も和やかに笑えたのだが。
 
「そう、ですよね…でも、なんだか怖くて…――正直に白状すると、このチョーカーを外したら…ソンジュさんに、捨てられてしまうような気がする……」
 
 目線を伏せ、自分の首元にあるチョーカーのタンザナイトを指先で触る。――つるつるとして、体温よりは冷たいが、何となく僕の体温がうつり、ぬるいような気もする。
 
「…僕、考えていたんです…――僕はずっとソンジュさんの側にいたい…だが、貴方のご両親に僕のことを認めていただくのは、やはり難しいんじゃないかと……」
 
 このタンザナイトに温度がある内は、まだ僕はソンジュさんに愛されている。――そういうことだと思っても、いいだろうか。いやきっと僕はもう、既にそう思っている。
 
「…本当は……いえ――愛人でも…というか、僕は愛人でいいです。ソンジュさんの愛人というポジションなら、あるいは普通に結婚してしまうより、貴方のご両親もまだ、僕のことを認めてくださるかもしれません」
 
「何をおっしゃるんだ…」
 
 ソンジュさんはなかば悲しげに、もうなかばは僕を咎めるような調子ではあったが、僕は目線を伏せたままふるりと顔を小さく横に振る。
 
「たまに抱いていただけるだけでも、僕は幸せだと思います。…むしろそのほうがまだ、身分相応かもしれないとさえ思っているんです…――叶わぬ人ですよ、どうしたって僕には、貴方は」
 
「…………」
 
 ソンジュさんはふぅ、と鼻から呆れたような静かなため息をついた。――卑屈だというのだろう。その彼の呆れの理由こそ僕もわかってはいるが、どうして性奴隷であった僕が堂々と、「僕は貴方に相応しい人だ」なんて胸を張れるだろうか。…僕には張れる胸もそびやかす肩もない。
 
「でも、どんな形であっても…ソンジュさんの側にいられるなら、僕なんかにとっては身に余るほどのことです。だから許される限り、僕は貴方の側にいます…、いえ、側にいさせてください。」
 
 僕は「例え周囲に反対をされても、形を変えてでも、どんな形でも貴方の側にいられたら僕は幸せだ、だから側にいます、僕も貴方の側にいたいんです(もう逃げ出したりしません)」ということをソンジュさんに伝えたかった。――先ほど心配していた彼のことを、これでも安心させたいと思ったのだ。――が。
 
「…何…?」
 
 途端にひんやりと低く、僕を脅すような声を出すソンジュさんに僕は、さあっと血の気が引いていった。――目が勝手に見開かれるが、僕は俯く。
 
「……?」
 
「…あっあの、だから、貴方が僕に飽きない限り、というか、…」
 
 はっきりと僕は間違えたようだ。
 余計なことを言ってしまった。焦りからまばたきが多くなってしまう。――いや、今思えば単に「側にいたいです」とだけ言えばよかったのかもしれない。だが、僕はどうも何かと説明的に付け加えてものを言ってしまうタチで、…失敗した。
 
「飽きる…? 俺が…? ユンファに…? ははは…馬鹿にしているの。」
 
「ち、違う、そうではなくて、……ぁ、…~~ッ♡♡♡」
 
 明らかに怒っている。また僕は失敗してしまったらしい。――するとにわかにソンジュさんは、うなだれてガラ空きだった僕のうなじに、つぷりと五本の爪を軽く立ててきた。
 
「…そんな心配をしてしまうくらいなら、やっぱりもうになろう、ユンファ…――にさえなってしまえば、俺はもう貴方しか抱けないようになるのだから……」
 
「…ん、♡ ……んぁ、?♡ ぁ、駄目、それは、…僕、も、もう少しちゃんと考えたい、僕、…聞いてください、あの…僕、僕は、オメガだから……」
 
 慌てた僕は俯きながら、目を白黒させながら、冷や汗をじっとりとかきつつ、とにかく取り繕う言葉を口にしてゆく。
 
「僕にとっては一生に一度きりのことなんです、だからあの、それに、そ、ソンジュさん、…お怒りなのはもう重々わかっています、ごめんなさい、そんな勝手な僕なんかが、こんなこと言ってはいけないとは思いますが、…その……」
 
「……何」
 
 僕は俯いたまま、きゅっと目を瞑った。
 どうしたって気後れから小さくしか唇は動かないが、とにかく必死に。
 
「…………だから、……なら、ロ…ロマンチ…ックに、つがい…して……す……」
 
 僕はこう言ったのだ。「折角一生に一度きりのことだから、どうせならロマンチックに、僕のことをつがいにしてほしいです」――僕は精一杯そう言ったつもりだった。だが、羞恥心と緊張にほとんど声にはならなかったし、また感じて吐息っぽい声さえも上擦っていた。鎖骨から上が熱すぎる。
 ――うなじはピリピリ、ナカもまたくねくねと蠢き、じんわりと子宮から痺れて濡れてくる。
 ちなみに、これはなかば本心であり――もうなかばは、時間稼ぎのためである。
 
「……か、…」
 
「……?」
 
 
 ――か…?
 
 
「…………」
 
「……、…」
 
 すると、ソンジュさんは妙な音を鳴らしたあと――そのあとは何も言わなかった。
 
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

【完結】紅く染まる夜の静寂に ~吸血鬼はハンターに溺愛される~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
 吸血鬼を倒すハンターである青年は、美しい吸血鬼に魅せられ囚われる。  若きハンターは、己のルーツを求めて『吸血鬼の純血種』を探していた。たどり着いた古城で、美しい黒髪の青年と出会う。彼は自らを純血の吸血鬼王だと名乗るが……。  対峙するはずの吸血鬼に魅せられたハンターは、吸血鬼王に血と愛を捧げた。  ハンター×吸血鬼、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血描写・吸血表現あり  ※印は性的表現あり 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 全89話+外伝3話、2019/11/29完

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

ドS×ドM

桜月
BL
玩具をつかってドSがドMちゃんを攻めます。 バイブ・エネマグラ・ローター・アナルパール・尿道責め・放置プレイ・射精管理・拘束・目隠し・中出し・スパンキング・おもらし・失禁・コスプレ・S字結腸・フェラ・イマラチオなどです。 2人は両思いです。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

処理中です...