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翳目 ※
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しおりを挟む「…………」
そして、僕はソンジュさんに抱えられたまま、階段下の、ゲストルームという部屋へと入った。
部屋に入ってすぐ僕を下ろしたソンジュさん、彼によってパチリ、壁にあるスイッチで電気が灯されると――パッと、部屋全体が明るくなる。
そうして部屋が明るくなると、ソンジュさんも何か目が覚めたように、突然しおらしい声を小さく出すのだ。
「…ユンファさん、その…先ほどはすみませんでした…――俺は今すぐに無理やり、貴方のことをつがいにするつもりはありません。本当です。」
「…………」
断じて、というように強く言う彼だが、それを信じられるかと言われたら正直、僕は信じられないでいる。…それは今僕にオメガ排卵期がきているからなのか、あるいはソンジュさんのことを本当に信じられないでいるのかは、正直なところわかっていない。
ぼんやりとその場に立ち竦む僕は、この小さな部屋を眺めてみる。
小さな、とはいったものの、ソンジュさんの寝室やあのダンスホールくらい広いリビングに比べれば、という感じだが。――おそらくは八畳くらいあるだろうか、まあ普通といえば普通の広さである。
そして、この部屋の雰囲気を一言でいえば、さながら高級ホテルのシングルルーム、といったところだろうか。
清潔感のある白と、高級感のあるアンティークの茶色。
壁紙は白に、ちらほらと薄桃色の花がらが控えめに散り、白ながらも証明に艶めく素材での縦のストライプ模様が入っている。――そして、部屋の扉から見て左手側には革張り、二人掛けのシックな茶色のソファ、背もたれには白く円形らしいレースの飾りが掛かって半分見えている。
ソファの後ろには、やはり同系色の茶色、アンティーク風のクロゼットがあり――右手側には、大きく白基調のベッドがある。
茶色いソファの前には、それと同系色の丸いテーブル――白いレースのテーブルクロスがかけられ、中央には、花の活けられていないガラスの花瓶が置かれている――それを挟んでまた、二人掛けの同じソファがもう一つ。なお、この部屋に窓はない代わりか、左手側の壁に無難げな花の油絵が飾られている。
「そもそもきちんとお話しもしないで、先走ったことを言ってしまいましたね…――申し訳ありません。」
僕の腰をするりと撫でながらソンジュさんは、先に部屋の中へと進んでゆく。――僕はどこか呆然として立ちすくんでいるが、彼はクロゼットのところまでゆくと、それの両開きの扉をパカリ、開け。
「……すみません…これで俺は、実は結構、焦っているんですよ、――先ほどユンファさんに逃げられてしまったというのもあってね……」
そう沈んだ声で言いながら、ソンジュさんは一着のローブを取り出した。…そしてシルクらしい、艶のある深緑色のそれを羽織り始めた彼に、僕はあっと気がついた。
思えばソンジュさん…――一応いま、全裸なのだ。
ただ今は“狼化”しており、長く豊かなホワイトブロンドの体毛が、彼の大きな体全体を覆っているために僕は、そういった感じがまるでしていなかった。――そもそもなのだが彼、お尻にしても人間のお尻、というようではない。
ふさふさの大きな尻尾が尾骨あたりから生え(ちなみにちょっと、柴犬のようにカールしている)、お尻の膨らみにしても、どちらかというと毛によるふわふわの膨らみというようで、さながら今は犬のようなお尻である。
また男性器においても実は、その長毛で隠れているのか、あるいは犬のように目立たないようであった(気がするが、そもそもジロジロ見ていないのでそれが確かなのかは自信がない)。
それにしてもやはり、元の186センチから20センチも大きくなったソンジュさんでは――おそらく普通の男性サイズだろうローブが、…いわばつんつるてんというようだ。
僕はぼんやりと、ソンジュさんがシルクのローブを着込んでゆく背中を眺めていたが、彼は焦ったような乾いた声でこう言うのだ。
「…今は冷静です、本当に…ですから今は本当に、ユンファさんのことを無理やりつがいにするような真似はいたしませんし、――……、俺の中には、時折…その、時折暴れ出して、自分でもコントロールができなくなる、…いわば悪魔がいるんだと思います…。ただ、今は本当に冷静ですから……」
「…………」
爆弾を抱えているような人であることは、僕も気が付いている。――ある意味では今更の告白というようだ。
「…自分でも恐ろしいんだ…。突然激しく湧き起こってくる衝動が、どうしても抑え切れないときがあって…――いや、被害者面するつもりなんかないんだ、…でも…いつか俺、あるいはユンファさんを……」
「…………」
殺してしまうかもしれない。
あるいは、どうしてしまうかもわからない。
僕はなぜかそうわかっていても、ソンジュさんのその広く大きな背中を、落ち着いて眺めていた。――それでも…ということなのかもしれない。
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