上 下
7 / 574
月下美人はおかしな夢を見る

6

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
「…………」
 
「…………」
 
 そのふくよかな、艶のある美しい唇をそっと閉ざして黙り込んでは、僕の右手に触れて何かを確かめる、この美麗な紳士の――この行為の目的とは、いかに。
 
 彼、今はその大きな左手で、僕の右手の手の甲をそっとすくうように添えて軽く上げ、右手ではまた四本の指先で、今度は僕の手首の付け根から指先へと向かうように、つうぅ…と四本の指先を滑らせている。
 
 この男性の手は、もしかすると僕の手よりもやや大きいかもしれない。――男性的な太さの指は長く、その広い手のひらよりも、指のほうが長いように見える。
 BGMもない店内はやはりシーンと森閑として、僕たちの間に会話もなく、ほかのお客様も居ないために、妙な静けさが僕たちの間に漂っている。――というのも、このカフェの店内に開店時間までは流れていたジャスミュージックは、この男性の要望によって止められたのである。
 
 また僕の背後、通路を挟んだ先にあるカウンターの中に居るはずのケグリ氏も、言葉を発しないどころか物音一つ立てない。――ただ彼は、僕たちのことを固唾を呑んで見守っているような、そんな気配はする。
 
「…………」
 
「…………」
 
 まあ、少なくとも――僕はさして嫌な気分になっているということもない。…疑問には疑問だが、…普段この店に訪れるお客様にされることよりは、よっぽど優しい。言ってしまえば、ただ手を丁寧に触られているだけなのだ。
 
 何か熱心に僕の手を触っているこの男性の手は、指先まであたたかい。――僕の手が、先ほど念入りに手を洗ったために冷えているからか、緊張で冷えたからか、彼の手の指のぬくもりが、その指先が触れてくる箇所にじんわりと染み渡るよう、あたたかく伝わってくる。
 
 自分の手が緊張に汗ばんで震えているのは我ながら気に掛かるが、一方の彼はそのことを気に留めた様子もなく、今度は僕の手を、その大きな象牙色の両手のひらで包み込んできた。
 
「…………」
 
「……、…」
 
 とても…あたたかい。――ふんわりと僕の右手を包み込んでくるこの人の両手は、とても優しい。
 とはいっても正直…初めて会ったこの紳士と向かい合って座り、何も言葉を交わさないでただ片手を包み込まれている、触れられているというこの状況は、何か気まずいには気まずい。――ましてやだんだん、僕はこの行為の意図を知らないばかりに、疑問ばかりが浮かんでむしろ、“どういう目的なんですか”と聞きたくて仕方がなくなってきた。
 
「…………」
 
「…………」
 
 しかし、ここで僕が、彼に話しかけるのは迷惑だと思われるに違いない。――彼はなぜか、この行為にとても熱心なようなのだ。
 
 ところで…――セクハラめいたこと、とは。
 
 ただ僕の手を、擽ったいほど優しく触ってくるだけじゃないか。…こうして優しく、まるで懺悔者の罪を許す神父様のように、僕の右手を包み込んでくるだけじゃないか。
 
 もし人の手に触れるというだけでもセクハラとされるなら、人と握手を交わすことさえセクハラとなってしまうだろう。――いや、もしか女性相手ならばあるいはたしかに、こうして自分の手を、男性に念入りに触れられるというのは、セクハラだ、と言う人がいるかもわからない。
 ただとはいっても、僕は彼とは同性――男性同士であるため、この程度のことでは大してセクハラだ、などとは思わない。
 
「…………」
 
「…………」
 
 むしろ、仮にもこの行為がセクハラだとしても、これはセクハラだ、と声を大にして意思表示をするような気力は、今の僕にはないのだ――。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

【完結】紅く染まる夜の静寂に ~吸血鬼はハンターに溺愛される~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
 吸血鬼を倒すハンターである青年は、美しい吸血鬼に魅せられ囚われる。  若きハンターは、己のルーツを求めて『吸血鬼の純血種』を探していた。たどり着いた古城で、美しい黒髪の青年と出会う。彼は自らを純血の吸血鬼王だと名乗るが……。  対峙するはずの吸血鬼に魅せられたハンターは、吸血鬼王に血と愛を捧げた。  ハンター×吸血鬼、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血描写・吸血表現あり  ※印は性的表現あり 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 全89話+外伝3話、2019/11/29完

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

ドS×ドM

桜月
BL
玩具をつかってドSがドMちゃんを攻めます。 バイブ・エネマグラ・ローター・アナルパール・尿道責め・放置プレイ・射精管理・拘束・目隠し・中出し・スパンキング・おもらし・失禁・コスプレ・S字結腸・フェラ・イマラチオなどです。 2人は両思いです。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

処理中です...