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買出し
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「お疲れ様でした」
時計の針がてっぺんまで来た頃ラストオーダーになり、最後の客を見送る。
仕事も3日目となればそれなりに余裕もでてきてお客さんの事も見えてくるようになった。
ここに来るお客さんはだいたい2パターンいる。
この世界、地球のどこかで暮らしている人。そして異世界の人。
それぞれ文化も言葉も違うはずなのに何故かこの店では共通の言葉で聞こえるし、皆文字を読んでメニューを理解している。まあ、メニューの中身までは分からない人もいるけど、そこは説明すればなんとか分かってもらえるレベルだ。
唯一不思議に思うことはお会計の事。そこはマスターが1人で行っているし、お客さんからお金を受け取っているところを見れば問題はないのだろう。どこの国のお金だかは置いといて。
「マスター、ちょっと気になる事があるんですけど」
「俺?彼女ならいないよ」
「…………そうじゃなくて」
私はマスターの彼女になるつもりも彼女候補を紹介するつもりもさらさらございません。
洗浄機から取り出した湯気のたったグラスを布巾で拭きながら店長にたずねると、拭き終わった皿を棚に戻しながら店長は冗談めかして返してくる。
「なんで異世界なんですか?」
ぴたっ。
あ、店長の動きが止まった。
「うーん……それはちょっと説明できないかな」
「内緒ってことですか」
これ以上聞くなと言われれば、私だって詮索はしない。したとしても多分それは分からないことだからだ。
「そうじゃなくて、俺も知らないんだよね。気がついたらそうだったっていうか」
店長なら知ってるのかな。
「でも美幸ちゃん、バイト募集の貼り紙見えたんでしょ?なら、選ばれたって事なんじゃない?」
「それってどういう…」
最初に店長と話した時に見たバイト募集の貼り紙。ずいぶんと年季が入ったもので色褪せていたけど、今はその貼り紙自体撤去されている。
「今までさ、あの貼り紙見た人いないんだよ。昼間普通に営業してるけど誰も気付かないし、夜間営業してることすら皆知らない」
マスター曰く表向きは昼間だけひっそりと営業している個人店だという。
「時給が高いのは目を引く為ってのもあったし、この間の美幸ちゃんのした行動あったじゃん?お客さんに私物をあげること。あれ、実は俺も結構やってたんだよね」
「それでお小遣いなくなっちゃったとか……ですか?」
「そうそう。それ意外と大事だから」
何だかんだ言ってもマスターは優しいのかもしれない。現に隅々まで目を行き届かせ、私に給仕のタイミングを教えてくれる。
「それと美幸ちゃん、明日と明後日休みだからよろしくね」
突然話題を変えられ、ハッとする。
この店、喫茶店フェリシアは昼間の営業は土日はお休みとなっている。だから夜も土日は休み。マスターがそう決めていたことだからそうなんだろう。会社勤めのサラリーマンやOLも来ない土日は、逆に奥様方や家族連れが来るかと思ってしまうが、でも大体はそんなこともなかったりする。だから個人店は行き先候補から自ずと離れるのだそうだ。
だったらそのスケジュール通り、休みをありがたくいただくのが一番だろう。
「分かりました。それじゃ、週明けまたよろしくお願いします」
「俺は休みの間、予定あいてるから」
「お疲れ様でーす」
はいはい。聞こえない聞こえない。
そんなこんなでありがたーく週末をいただいたばかりのお給料(とくに希望がないということで週払いになった)で買い物ざんまいを満喫し、週明けの夕方5時。
4時で昼の部はクローズになる店の前で小さな動物がうずくまっていた。
「えっ、どうしたのこの子…」
見たことのない白銀の毛をしたうさぎ。白いうさぎなんて小さい時ペットとして飼っていたけど、この子はそんなうさぎより毛質が違う。きっと近所のペットが脱走かなんかしてここまで来ちゃったのだろう。近くに公園もあるし、もしかしたらまだ飼い主が探してるかもしれない。
「おい」
とりあえず怪我はないよね?
「おい。さわるな」
さわさわと触れて確認していたら、やっぱり声がした。
「さわるなって言ってるでしょー!」
腕の中でもがいたうさぎはピョンと一蹴りし、私の腕から逃げ地面に着地した。
「に、にににに、に、二足歩行ぉ!?」
「誰の許しを得て人にベタベタさわってるんだ!失礼だろ!せくはらだろ!」
びしっと指をさし、二足歩行で間合いをつめてくるうさぎ。気迫がないけどなんか怒ってる?
大きいルビーみたいな目のちょっと上、額あたりにこれまた立派な宝石が飾られている。
「せくはらするやつは言いつけてやるんだからな!」
びしっ!びしっ!
短く手と指で何度も指をさしてくる。やばい。ちょっとかわいいかも。
そう思っているとファンタジー慣れし始めていることに改めてびっくりする。
「おや。久しぶりですね。ずいぶんと見なかったようですが」
中からマスター…じゃなかった、店長が声を聞いてか出てきた。
「あ、おはようございます」
ぺこりと頭を下げて挨拶。
出勤したらまずは挨拶よね。
「あ、じじい!聞いてよ。この人間せくはらしてきたんだぞ!」
「おやおや」
店長、これは聞いていないな。慣れた様で聞き流している。大人の対応すぎる。
「せくはらは犯罪だ。犯罪には罰だ!転ばせてもいいよな!」
「それはちょっと困るのでやめて下さいね」
「けちー!」
なんだろう。このやりとりは。この店は店外でもこういう事が多いのだろうか。
すっかり休日を満喫しきっちゃって非日常な職場な事を忘れていたわ。
「うっせーぞ!カーバンクル。いきなりいなくなったと思ったらギャーギャーと」
ガランと乱暴なドアベルの音と共にマスターが出てきてはカーバンクルと呼ばれた二足歩行のうさぎにオーバーなゲンコツを食らわせていた。
マスター曰く、カーバンクルは勝手に店番をしている聖獣らしい。一般人には見えないらしいし、もちろん声も聞こえないみたい。
たまに子供がカーバンクルを見えたりして撫でてかえるそうだけど、もちろん親には見えないみたいだし、カーバンクル自体もじっとしている。
私の場合いきなり抱き上げたってこともあってせくはら女と罵られたけど。これはしばらくレッテル貼られたままだろうなぁ。
そうこうしている間にもうオープンの時間だ。テーブルを念入りに拭き、お客さんの入店を待つ。
「なんだ小動物。生きてたのか」
「げっ!まだ入り浸ってたのかよ!三流バンドマン」
ドア越しに聞こえるこのやりとり。
きっとリクさんなんだろうなぁと思っていたら、やっぱりリクさんだった。
「いらっしゃいませ!」
「おう。今日は時間に余裕が出来たから来てやったぜ」
そんなこと言っても少なくとも3回は顔を見てるってことは、毎日来てますよね。
心で思って口には出さない。あくまでもポーカーフェイスで席へ案内する。
まぁ、この時間はお好きなお席へどうぞ。なんだけどね。
「今日は何になさいますか?」
「そうだなー」
表紙を別にして4ページくらいしかないメニューをめくっては視線を右左させる。
「なー、豪。肉ねーの?肉」
顔を上げてカウンター内にいるマスターにそう問いかけると、マスターはマスターで嫌そうな顔をして答える。
「うちは定食屋じゃねーっての」
「でも買出しできんだろ?」
ちらっと私を見る。
そういう事ね。はい。買出しでも何でも行ってきますよ。
「うーん。じゃ、悪いんだけどさ、美幸ちゃん。買出し頼まれてくれない?」
「はい。分かりました」
「電話で注文しとくから、受け取るだけで良いよ」
それだけ言うとマスターはケータイを取り出し近くの商店街に電話をした。
コールの最中に「カーバンクルを連れてってね」と言い、すぐに「もしもし」と始まったから返事はし損ねてしまう。
その間に水を出し終え「ごゆっくりどうぞ」
と営業スマイルをし外にでた。
この時期は6時になってもまだ明るい。商店街はもうすぐ閉まる頃だろうから早めに行ってこないと。
「ついてってやってもいいぞ」
「お願いね」
もっと素直になれば可愛いんだろうけど。何やら自信満々でふんぞり返られたら、ちょっと生意気でもそれなりに可愛く見えてしまう。
商店街は駅を挟んで東と西である。
西口は近代化で大きなビルやテナントがいくつもあるが、東口は昔ながらのこじんまりとした店舗が幾つもある。
私の働いていた元職場、デザイン事務所は西口にあったけど、家が東口方面なためよく行き来した道だった。
私はこの街で生まれてずっとここにいる。でもフェリシアのこともあったし、まだまだこの街を知った口では話せない。
「お肉屋さんは、ここでいいのかな」
オレンジの日避けがついた昔ながらのお肉屋。こういうお店は駅前のお肉屋さんと比べるとちょっと高かったりするけど、たまにとんでもない掘り出し物や見たことのない部位も置いてたりする。
「うん。ここだね」
「あ、ちょっと!」
言うが早いかカーバンクルはカラカラと引き戸を開ける。いくら人には見えないからってこれは焦る。
「いらっしゃいませ」
店主の娘さんだろうか。三角巾と割烹着をまとった中学生くらいの女の子が大人しそうな笑顔を振りまき歓迎してくれた。
「あの、注文していたフェリシアの者です」
「準備しておきましたよ。
それと……これ。父よりオマケだそうです」
頼んでいた袋とは別に小袋の持ち手側を向けてお肉のショーウィンドウの上に置く。
足元で「にしししっ」と含み笑いしているカーバンクルがちょっと気持ち悪い。
「いいんですか?ありがとう」
「頼まれてたお肉、今準備しますね」
それだけ言い残すと奥へ行き、そして何故かお店の入口からまた入ってきた。
その額にはうっすらと汗まで滲んでいる。
「でも持てますか?こんなに……」
「えっ…………どんだけあるのよ」
そこにあったのは大きな段ボール2つ分。これを持って帰るには相当大変だ。キャリーか何か運べるものを貸して貰わないと。
「大丈夫。ぼくが運べるから」
この量にがっかりしていると足元で鼻息を荒くし胸をはっている小動物。本当に大丈夫なの?
「なんとかしてみます。ありがとう」
あくまで私が運ぶ体で店を出て、改めて荷物を見る。
両手いっぱいに広げても、ぎりぎり持てるかどうか怪しい段ボール。しかもそれが2つ分で中身も入っているときた。普通なら持てないだろう。というか、あの子外までこれ運んで来たのよね。
それだけでうわぁと思ってしまう。
「ちょっと離れててね」
すうっと小さく息を吸うとカーバンクルはピョンっと高めに跳ね上がり額の宝石を荷物に向かって掲げた。
するとその宝石から光が漏れ始め、やがてその光の粒が段ボールを覆う。一瞬の間、赤く燃え上がるような光が極限まで強くなり、そして消える。
「す、すごいのね」
「そーでしょ!もっと褒めたたえてくれてもいいんだよ」
うん。これは良い荷物持ちになるな。
「そういうことだから帰ろうか」
すぐさま切り替えると、何か文句言いたげに口を尖らせてぴょんと跳ねた。
「うわっ」
そのまま私の頭の上に乗りぺしぺしと肉球がついているだろう手で軽く頭を叩かれる。
「れっつごーぅ!」
決して重たくないカーバンクル。あんな重そうな段ボールは異次元にでもいったのかな。そう思いつつ店へと急いだ。
今頃きっとリクさんお腹好かせてるんだろうな。ほかのお客さんが来ていないといいけど。
長居していた太陽が沈んでいく。今日の営業はまだ始まったばかり。気持ちを切り替えてはりきっていこう!
時計の針がてっぺんまで来た頃ラストオーダーになり、最後の客を見送る。
仕事も3日目となればそれなりに余裕もでてきてお客さんの事も見えてくるようになった。
ここに来るお客さんはだいたい2パターンいる。
この世界、地球のどこかで暮らしている人。そして異世界の人。
それぞれ文化も言葉も違うはずなのに何故かこの店では共通の言葉で聞こえるし、皆文字を読んでメニューを理解している。まあ、メニューの中身までは分からない人もいるけど、そこは説明すればなんとか分かってもらえるレベルだ。
唯一不思議に思うことはお会計の事。そこはマスターが1人で行っているし、お客さんからお金を受け取っているところを見れば問題はないのだろう。どこの国のお金だかは置いといて。
「マスター、ちょっと気になる事があるんですけど」
「俺?彼女ならいないよ」
「…………そうじゃなくて」
私はマスターの彼女になるつもりも彼女候補を紹介するつもりもさらさらございません。
洗浄機から取り出した湯気のたったグラスを布巾で拭きながら店長にたずねると、拭き終わった皿を棚に戻しながら店長は冗談めかして返してくる。
「なんで異世界なんですか?」
ぴたっ。
あ、店長の動きが止まった。
「うーん……それはちょっと説明できないかな」
「内緒ってことですか」
これ以上聞くなと言われれば、私だって詮索はしない。したとしても多分それは分からないことだからだ。
「そうじゃなくて、俺も知らないんだよね。気がついたらそうだったっていうか」
店長なら知ってるのかな。
「でも美幸ちゃん、バイト募集の貼り紙見えたんでしょ?なら、選ばれたって事なんじゃない?」
「それってどういう…」
最初に店長と話した時に見たバイト募集の貼り紙。ずいぶんと年季が入ったもので色褪せていたけど、今はその貼り紙自体撤去されている。
「今までさ、あの貼り紙見た人いないんだよ。昼間普通に営業してるけど誰も気付かないし、夜間営業してることすら皆知らない」
マスター曰く表向きは昼間だけひっそりと営業している個人店だという。
「時給が高いのは目を引く為ってのもあったし、この間の美幸ちゃんのした行動あったじゃん?お客さんに私物をあげること。あれ、実は俺も結構やってたんだよね」
「それでお小遣いなくなっちゃったとか……ですか?」
「そうそう。それ意外と大事だから」
何だかんだ言ってもマスターは優しいのかもしれない。現に隅々まで目を行き届かせ、私に給仕のタイミングを教えてくれる。
「それと美幸ちゃん、明日と明後日休みだからよろしくね」
突然話題を変えられ、ハッとする。
この店、喫茶店フェリシアは昼間の営業は土日はお休みとなっている。だから夜も土日は休み。マスターがそう決めていたことだからそうなんだろう。会社勤めのサラリーマンやOLも来ない土日は、逆に奥様方や家族連れが来るかと思ってしまうが、でも大体はそんなこともなかったりする。だから個人店は行き先候補から自ずと離れるのだそうだ。
だったらそのスケジュール通り、休みをありがたくいただくのが一番だろう。
「分かりました。それじゃ、週明けまたよろしくお願いします」
「俺は休みの間、予定あいてるから」
「お疲れ様でーす」
はいはい。聞こえない聞こえない。
そんなこんなでありがたーく週末をいただいたばかりのお給料(とくに希望がないということで週払いになった)で買い物ざんまいを満喫し、週明けの夕方5時。
4時で昼の部はクローズになる店の前で小さな動物がうずくまっていた。
「えっ、どうしたのこの子…」
見たことのない白銀の毛をしたうさぎ。白いうさぎなんて小さい時ペットとして飼っていたけど、この子はそんなうさぎより毛質が違う。きっと近所のペットが脱走かなんかしてここまで来ちゃったのだろう。近くに公園もあるし、もしかしたらまだ飼い主が探してるかもしれない。
「おい」
とりあえず怪我はないよね?
「おい。さわるな」
さわさわと触れて確認していたら、やっぱり声がした。
「さわるなって言ってるでしょー!」
腕の中でもがいたうさぎはピョンと一蹴りし、私の腕から逃げ地面に着地した。
「に、にににに、に、二足歩行ぉ!?」
「誰の許しを得て人にベタベタさわってるんだ!失礼だろ!せくはらだろ!」
びしっと指をさし、二足歩行で間合いをつめてくるうさぎ。気迫がないけどなんか怒ってる?
大きいルビーみたいな目のちょっと上、額あたりにこれまた立派な宝石が飾られている。
「せくはらするやつは言いつけてやるんだからな!」
びしっ!びしっ!
短く手と指で何度も指をさしてくる。やばい。ちょっとかわいいかも。
そう思っているとファンタジー慣れし始めていることに改めてびっくりする。
「おや。久しぶりですね。ずいぶんと見なかったようですが」
中からマスター…じゃなかった、店長が声を聞いてか出てきた。
「あ、おはようございます」
ぺこりと頭を下げて挨拶。
出勤したらまずは挨拶よね。
「あ、じじい!聞いてよ。この人間せくはらしてきたんだぞ!」
「おやおや」
店長、これは聞いていないな。慣れた様で聞き流している。大人の対応すぎる。
「せくはらは犯罪だ。犯罪には罰だ!転ばせてもいいよな!」
「それはちょっと困るのでやめて下さいね」
「けちー!」
なんだろう。このやりとりは。この店は店外でもこういう事が多いのだろうか。
すっかり休日を満喫しきっちゃって非日常な職場な事を忘れていたわ。
「うっせーぞ!カーバンクル。いきなりいなくなったと思ったらギャーギャーと」
ガランと乱暴なドアベルの音と共にマスターが出てきてはカーバンクルと呼ばれた二足歩行のうさぎにオーバーなゲンコツを食らわせていた。
マスター曰く、カーバンクルは勝手に店番をしている聖獣らしい。一般人には見えないらしいし、もちろん声も聞こえないみたい。
たまに子供がカーバンクルを見えたりして撫でてかえるそうだけど、もちろん親には見えないみたいだし、カーバンクル自体もじっとしている。
私の場合いきなり抱き上げたってこともあってせくはら女と罵られたけど。これはしばらくレッテル貼られたままだろうなぁ。
そうこうしている間にもうオープンの時間だ。テーブルを念入りに拭き、お客さんの入店を待つ。
「なんだ小動物。生きてたのか」
「げっ!まだ入り浸ってたのかよ!三流バンドマン」
ドア越しに聞こえるこのやりとり。
きっとリクさんなんだろうなぁと思っていたら、やっぱりリクさんだった。
「いらっしゃいませ!」
「おう。今日は時間に余裕が出来たから来てやったぜ」
そんなこと言っても少なくとも3回は顔を見てるってことは、毎日来てますよね。
心で思って口には出さない。あくまでもポーカーフェイスで席へ案内する。
まぁ、この時間はお好きなお席へどうぞ。なんだけどね。
「今日は何になさいますか?」
「そうだなー」
表紙を別にして4ページくらいしかないメニューをめくっては視線を右左させる。
「なー、豪。肉ねーの?肉」
顔を上げてカウンター内にいるマスターにそう問いかけると、マスターはマスターで嫌そうな顔をして答える。
「うちは定食屋じゃねーっての」
「でも買出しできんだろ?」
ちらっと私を見る。
そういう事ね。はい。買出しでも何でも行ってきますよ。
「うーん。じゃ、悪いんだけどさ、美幸ちゃん。買出し頼まれてくれない?」
「はい。分かりました」
「電話で注文しとくから、受け取るだけで良いよ」
それだけ言うとマスターはケータイを取り出し近くの商店街に電話をした。
コールの最中に「カーバンクルを連れてってね」と言い、すぐに「もしもし」と始まったから返事はし損ねてしまう。
その間に水を出し終え「ごゆっくりどうぞ」
と営業スマイルをし外にでた。
この時期は6時になってもまだ明るい。商店街はもうすぐ閉まる頃だろうから早めに行ってこないと。
「ついてってやってもいいぞ」
「お願いね」
もっと素直になれば可愛いんだろうけど。何やら自信満々でふんぞり返られたら、ちょっと生意気でもそれなりに可愛く見えてしまう。
商店街は駅を挟んで東と西である。
西口は近代化で大きなビルやテナントがいくつもあるが、東口は昔ながらのこじんまりとした店舗が幾つもある。
私の働いていた元職場、デザイン事務所は西口にあったけど、家が東口方面なためよく行き来した道だった。
私はこの街で生まれてずっとここにいる。でもフェリシアのこともあったし、まだまだこの街を知った口では話せない。
「お肉屋さんは、ここでいいのかな」
オレンジの日避けがついた昔ながらのお肉屋。こういうお店は駅前のお肉屋さんと比べるとちょっと高かったりするけど、たまにとんでもない掘り出し物や見たことのない部位も置いてたりする。
「うん。ここだね」
「あ、ちょっと!」
言うが早いかカーバンクルはカラカラと引き戸を開ける。いくら人には見えないからってこれは焦る。
「いらっしゃいませ」
店主の娘さんだろうか。三角巾と割烹着をまとった中学生くらいの女の子が大人しそうな笑顔を振りまき歓迎してくれた。
「あの、注文していたフェリシアの者です」
「準備しておきましたよ。
それと……これ。父よりオマケだそうです」
頼んでいた袋とは別に小袋の持ち手側を向けてお肉のショーウィンドウの上に置く。
足元で「にしししっ」と含み笑いしているカーバンクルがちょっと気持ち悪い。
「いいんですか?ありがとう」
「頼まれてたお肉、今準備しますね」
それだけ言い残すと奥へ行き、そして何故かお店の入口からまた入ってきた。
その額にはうっすらと汗まで滲んでいる。
「でも持てますか?こんなに……」
「えっ…………どんだけあるのよ」
そこにあったのは大きな段ボール2つ分。これを持って帰るには相当大変だ。キャリーか何か運べるものを貸して貰わないと。
「大丈夫。ぼくが運べるから」
この量にがっかりしていると足元で鼻息を荒くし胸をはっている小動物。本当に大丈夫なの?
「なんとかしてみます。ありがとう」
あくまで私が運ぶ体で店を出て、改めて荷物を見る。
両手いっぱいに広げても、ぎりぎり持てるかどうか怪しい段ボール。しかもそれが2つ分で中身も入っているときた。普通なら持てないだろう。というか、あの子外までこれ運んで来たのよね。
それだけでうわぁと思ってしまう。
「ちょっと離れててね」
すうっと小さく息を吸うとカーバンクルはピョンっと高めに跳ね上がり額の宝石を荷物に向かって掲げた。
するとその宝石から光が漏れ始め、やがてその光の粒が段ボールを覆う。一瞬の間、赤く燃え上がるような光が極限まで強くなり、そして消える。
「す、すごいのね」
「そーでしょ!もっと褒めたたえてくれてもいいんだよ」
うん。これは良い荷物持ちになるな。
「そういうことだから帰ろうか」
すぐさま切り替えると、何か文句言いたげに口を尖らせてぴょんと跳ねた。
「うわっ」
そのまま私の頭の上に乗りぺしぺしと肉球がついているだろう手で軽く頭を叩かれる。
「れっつごーぅ!」
決して重たくないカーバンクル。あんな重そうな段ボールは異次元にでもいったのかな。そう思いつつ店へと急いだ。
今頃きっとリクさんお腹好かせてるんだろうな。ほかのお客さんが来ていないといいけど。
長居していた太陽が沈んでいく。今日の営業はまだ始まったばかり。気持ちを切り替えてはりきっていこう!
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